08.b.
2012 / 02 / 10 ( Fri )
 食後の片付けを終えて、カイルサィートはいつもの散歩に出かけるつもりで軽く身支度をした。七分袖のシャツを選び、多少汚れても気にならない薄茶色のズボンに着替える。ベルトを締め、剣を提げた。
 ずっと屋内に篭るのもよくないし、ミスリアとゲズゥも一緒にどうかと誘ったら、二つ返事で快諾された。

_______

「ここを進めば十五分くらいで隣町につくよ」

「意外と近いですね」
 ミスリアが目に手を翳して辺りを見渡した。

 隣のカイルが左手で指差す坂を下った先には、確かに十五分歩けばたどり着ける距離に町があった。数多くの建物が湖を囲うようにそびえる。湖面に、藻の緑色が浮かんでいるのがここからでもわかる。時折吹く風が波紋を作り、風がやめば波紋も次第に凪ぎ、そしてまた風が吹く。

 一見、のどかな風景に思えた。
 けれどよく考えればおかしい。午後のこんな早い時間に、人っ子一人として街中を歩いていない。

「下りて、様子を見たいとか思ってる?」
「え」
 思考を読まれた驚きにミスリアがカイルと目を合わせた。普段どおり明るい琥珀色の瞳はそれでも普段より真剣だった。

「やめたほうがいい。関わらないのが身のためだよ」
 有無を言わせぬ声色だった。
「でも……」
 困っている人たちがいるのに見て見ぬふりをするなんてできない、と言おうとして呑み込んだ。

 ミスリアは目をそらした。すると、数歩離れた位置から二人をじっと観察しているゲズゥの姿を見つけた。シャツの色以外はカイルと似た服装で、長剣を背負っている。彼の視線の先を注意深く探してみると、それが自分ではなくカイルに向いているとわかった。
 何を見定めているのだろう。

「君が気にすることじゃないよ。あの町や病のことは僕に任せて、ね?」
「――そうですね」
 視線を戻して、ミスリアは笑みを返した。確かに、旅人の身で他国の面倒ごとに巻き込まれても仕方ない。部外者がいきなりどうするよりも、町人と交流を持ち続けてきたカイルたちが動いた方が得策といえよう。

 ふと何かが引っかかったので、ミスリアは思考を巻き戻した。

(僕らに任せてじゃなくて、僕に任せて、って言ったってことは……神父アーヴォスの立場は一体……? 湖の町の人たちは神父アーヴォスが受け持つ教会で参拝するんじゃないの?)

 家族間の関係に口を出す気は無いが、これではカイルが叔父を信用してないとも解釈できる。先ほど言っていた「案件」に関連してそうだ。説明を待つしかないとわかっていても、気がかりだ。

 そろそろ引き返そう、とカイルが提案したのでミスリアも歩き出した。ゲズゥはさっさと先を歩いている。

「足元、気をつけてね」
「ありがとうございます」
 差し出された手を取った。
 石や動物が掘り返した土などによってでこぼことした地面は、慣れないミスリアにはバランスが取りにくい。手を引かれて、そっと歩を進める。

「明日は紫期日……週に一回の典礼の日か。欠席したらまずいな」
 半ば独り言のように、カイルが呟いた。ミスリアの手を引いたまま、どこか遠くを見ている。相槌を打つべきか迷う。
 
「今夜――何年もあった「忌み地」をいきなり僕らだけで収束させられるとは思ってないから。あんまり気張らないで、危険そうならすぐに逃げるからね。まずは様子見から」
 振り向きざまの気を遣うような優しい微笑みに、ミスリアは自然と微笑み返して承諾した。次にカイルは前方のゲズゥに訪ねた。

「君もそれでいいね?」
 カイルの呼びかけにゲズゥはゆっくり振り返り、うんともすんとも言わずにただじっとこちらを見た。

 黒曜石の右目と呪われた左目には、何の感情も映っていなかった。

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