38.e.
2014 / 11 / 24 ( Mon )
「現在教団の元を離れて旅している聖人聖女がたの名簿には確かに、ミスリア・ノイラートの名がある。だが本人であるかは、『奇跡の力』を見なければ判別できない」
 兵ではなく文官のような出で立ちの男がガサゴソと巻物を開いて確認している。

「見た目の記述くらい持ってないの? 聖女ミスリアと護衛その一はかなり見た目が独特だから間違いようが無いはずだけど」
 盗み見るように身を乗り出すリーデン。文官は慌てて巻物を背に隠した。

「そんな物は無い。我々が顔を知る者は楽に通せるが、それ以外は力で証明してもらわねばならない」
 文官も衛兵も頑なだった。仕方なくリーデンは引き下がった。
「どうしよっか、兄さん。まさか叩き起こして聖気を出させるわけには――」

 ゲズゥの決断を仰ごうと思って振り返る。兄はこちらのことに意識を向けておらず、隣の列をじっと見ていた。実際には列と呼んでいいのかわからない。並んでいる人間は二人しかいないからだ。

 一人目の学者風情の男は衛兵と短い会話を交わしただけであっさり扉を通った。二人目は裾の長い白装束を着込んでいた。衛兵の前に立って、フードを下ろすのが見えた。

「頻繁に出入りする者は向こうの扉から通れるのだ。顔が知れているから検査も短縮される」
 巻物を持った文官の補足する声で、リーデンは再び前を向いた。
「とにかく! その少女が貴様らの言う聖女ミスリアかどうか判断がつかない以上、身元を証明できる人間を呼ぶしかない。或いは、その子の調子が戻るまでだ。それまでは拘置所に入ってもらう」

「拘置所ねぇ。女の子が熱出してるのにかわいそうだと思わないの?」
 リーデンは背負われたままのミスリアに歩み寄り、額に手の甲を当てた。汗を吸った栗色の髪をそっと指先でどける。苦しそうな表情を見ていると、無意識にリーデンの眉根が寄った。

「ちゃんと安全で暖かい場所で休ませたいんだよね」
「ならさっさと身許を証明してくれる人間が現れるよう、祈っていろ」
 兵の面頬越しに、人を馬鹿にした顔が見えた。流石にカチンとくる。
 しかしここで強硬手段に出たら後々まずい。どうしたものかと思い悩みながら兄を一瞥すると、未だに彼は隣の列に視線を注いでいた。

(何をそんなに見て……)
 とりあえず自分も視線を向けてみた。真っ白な服装の細面の青年が、驚ききった顔でゲズゥを見つめ返している。
 二十歳くらいだろう。短く切り揃えられた優しげな亜麻色の髪と、琥珀色の瞳が特徴的だ。
 ふいに、青年が微笑んだ。秋に吹く風のような爽やかさを含んだ笑顔だった。

「あの、突然すみません」
 あろうことか青年が近付いて来た。
「いつもお疲れ様です。騒がしくしてすみません」
 文官が腰を低くして丁寧に礼をする。

「構いませんよ。それより、たった今聴こえた会話が気になりまして」
「はい?」
 不思議そうな衛兵らの前を通り過ぎ、青年はミスリアのすぐ傍まで来た。少女の額に右手をかざし、何かを呟いた。淡い黄金色の光を見て、ようやくリーデンは合点がいった。そうか、この男も聖職者か――。

「彼女は間違いなく聖女ミスリア・ノイラートですし、彼は護衛のゲズゥ・スディルに相違ありません。僕が保証します。この帝都に害をなしたりしないでしょう」
 聖気を閉じ、青年は衛兵らに笑いかけた。
「は、はい! 聖人様がそう仰るなら」

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