38.c.
2014 / 11 / 20 ( Thu )
「そうだっけ? じゃあマリちゃんにみっちり教えてもらおう。あ、でもそうしたらお喋りしづらいね」
 気付いて、リーデンはイマリナの表情を窺った。声が出せないだけで本当は他人と積極的に会話をしたがる性格なのを、よく知っているからだ。

 幼少時から口のきけない彼女は、かつて居た屋敷の奴隷たちが開発した独自の手話を駆使して「話」ができる。出会って間もない頃にリーデンは、それを時間と労力をかけてじっくり学んだのだった。心を開いた相手に対してなら、イマリナはどこにでもいる年相応の女性らしくお喋りだ。

『大丈夫。片方だけ、両手が塞がる』
「あ、そっか。普通のあやとりって一時(いっとき)に一人だけ紐を持ってるもんだったね」
 端的な返事からリーデンは意図を汲み取った。
 一応、一人でできる遊び方もあるらしいが、今は二人居るのでその知識は不要だ。

『うん』
 イマリナは自らの三つ編みを解き、紅褐色の髪に編み込まれていた飾り紐を一本抜き出した。それの端々を手早く結び合わせ、輪にする。次に紐を親指にかけたり、中指にかけたりなどして、最初の段階を完成させた。勿論、手袋は嵌めたままだ。

 一般的に「猫の揺りかご(キャッツ・クレイドル)」と呼ばれる形態に始まり、そこから応酬が延々と続く。
 次の人の番、との意思表示にイマリナはにこにこ笑って紐の絡まった両手をずいっと前に出した。

「まずは、バツ印を抓むんだっけね」
 やはり手袋に覆われたままの指先で、リーデンは紐が交わる二つの場所を引っ張り上げた。紐を抓んだまま輪を外から取り込むように回り、イマリナの手から紐をかっさらう。しかし思い描いた形にならず、左右非対称的な出来上がりになった。

「あっれー? いきなりなんか違うっぽい」
『やっぱり、へた』
「君が手先が器用なだけなんだよー」
『でもご主人様も、器用、なのに。あやとりだけ、だめ。なんで?』

 イマリナは解せないとでも言いたそうに眉間に皴を寄せる。紐をじっと見つめた後、一・二か所を直してなんとか本来の形に戻した。そうしてまた彼女の番となり、イマリナは素早く紐を操って次の段階に進めた。
 手が自由になったリーデンは、何となく掌を開いて雪の粒を捕まえた。

「思えば、このクソ寒いのに何であやとりなんかしてるんだろう。言い出したのは僕だけど」
 手袋に覆われているとはいえ、皮膚にはまだ痛いくらいの冷気が届く。ポケットに手を突っ込んでいた方が賢明なはずだ。
 そう言ってみたものの、リーデンは大人しく紐を抓んで次の段階へと進めた。輪の中が平行線四列になっている形から、中の二本の線を小指でそれぞれ引っ掻け交差させる――

 ――二人で何度かやり取りしている内に、何やら十五分以上は経っていた。
 すっかり雪は勢いを増し、枯れた草の間に白い粒がどんどん挟まっていく。

『たのしく、ない?』
 イマリナは眉を垂れ下げて問う。
「まさか。マリちゃんとなら何をしてても僕は楽しいよ」
 この言葉はちゃんと本心からである。

(それが君の役目だからね)
 不安そうな彼女の頬に口づけを落とした。
 しばらく二人は甘やかとも言える空気に浸っていたが、やがて叫び声によってそれは破られた。

「貴様ら―! いい加減にしろ!」
 城壁付近で、衛兵らしき武装した二人の男が複数の小さな影を追いかけ回している。リーデンたちの向いている位置からは右手の坂上である。

「都の周辺のパトロールか。さすがに帝国はマメだね」
 遠ざかる彼らを凝視してみた。なんと、後方から更に影が現れている。
「ん? ……壁の穴から子供?」
 城壁の隙間から捩れつつ出てきた影が、リーデンにはそう見えた。

「あ! また! 門を通れと言っとろーが! せっかく塞いだ穴がまた……!」
 衛兵の二人が振り返って気付いたらしい。
「やだねー! 門なんかめんどくさいし並ぶし時間かかるだろー! 穴なんか何回塞いだってまたあけちゃうよーだ!」

 すばしっこい何匹もの子供に翻弄され、衛兵たちは一人として捕まえることはかなわない。
 近頃の親は子供の管理も行き届いていないのか――そう考えて、リーデンは嘲笑した。親が居ると前提するのがまずおかしいのだろう。




子供の頃結構遊んだあやとりですが、今回特に描写に悩みました。
あやとりの動画とか画像を必死に漁る私の姿をどうぞ好きに想像してほくそ笑んでいてください。

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