38.a.
2014 / 11 / 09 ( Sun )
 次の目的地に至るまでに抜けなければならない森は、これで最後だ。
 冷えた木陰が途絶え、日差しの温もりが旅人たちを迎える。何枚もの衣に包まれた肉体は一筋でも多くの陽光を吸収せんと、意味の無い背伸びをする。

 青年は急な明るさに応じて顔の前に右手をかざした。
 ふと、後ろからくぐもったくしゃみの音がした。振り返ると少女が袖の肘辺りに鼻を埋めていた。

「寒い? 大丈夫?」
 自分でも吃驚するほどに優しい声音で、リーデン・ユラス・クレインカティは少女に訊ねた。

(普段こういった気遣う台詞を吐く時は心がこもらないのに)
 恩人である聖女ミスリアを相手にする時は、無意識に例外となるらしい。そう自覚してしまうと、何やら愉快な気分になった。

「大丈夫ですよ」
 ハンカチで素早く鼻をかみ、ミスリアは何度か小さく咳をした。白い顔は、狐の毛に縁取られた大きめのフードの下に隠れ、ここからでは見えない。
「冬は乾燥がひどいからね。風邪に気を付けないとね」

「はい」
「さ、南門が見えてきたよ」
 リーデンは道のずっと先にそびえる建物を指差した。目測、歩いて三十分から一時間程度で着ける距離である。

 高地の頂上を占める巨大な城を中心に、都が広がっている。下町を含め、帝都は丸ごと城壁に囲まれていて、四方にそれぞれ厳重に警備された門がある。
 聖女ミスリアは小さく感嘆の声を上げた。

「リーデンさんは帝都に来たことが?」
「ん~。五、六回くらいかなぁ。ごちゃごちゃしてるけど、基本面白いトコだよ」
 と、そうリーデンが評するのは、人間観察が趣味だからである。ミスリアのような純粋そうな人間では何かと気疲れしそうな気はするが、今は指摘しないでおいた。

 一行は荷物持ちのロバを引き連れ、上り坂をゆっくりと進んだ。

「雪」
 ロバの更に後ろ、最後尾を歩くゲズゥ・スディル・クレインカティが一言だけ発した。ハッとなって、リーデンは空を仰いだ。
 目を凝らさねばわからないような、本当に雪結晶なのか疑わしくなるような、微かな白い点がふわふわと舞い降りてきている。

(冬に入ってから結構経つし、めっちゃ積もる日が来るのも時間の問題か)

 暦の上では、年を跨ぐまでに間もない。ミスリアと行動を共にするようになってから、既に何度も雪が降っている。しかも行路は北へと伸びるばかりだ。アルシュント大陸では基本的に北へ行けば行くほどに気候は過酷になる。

 ともすれば、聖獣が眠る場所は極寒の地だと思われる。

「このくらいの勢いの雪じゃあ積もったりしないとは思うけど、ちょっと急ごうか」

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