37.h.
2014 / 10 / 30 ( Thu )
「罪人であっても罪を償うことはできます!」
 少女は声を荒げて反論した。
「いいや、無駄だ。一度道を踏み外した人間は二度と元には戻れない。他人が何をしても、本人がどれだけ努力してもだ。私の父だって――……その話は今は関係ないが」
 女の瞳がゲズゥへと焦点を移した。

「それにしても! 本当に憶えてないのか。貴様が殺した、私の以前のパートナーは私の師でもあった。任務には常に師匠と二人で当たった。私を憶えていて、師匠を忘れたのはどういう了見だ……!?」
 ゲズゥは二度瞬いた。それは自分でも気になり、考えあぐねていた問題だ。憎悪をほとばしらせる女の顔から目を逸らし、武器の山を瞥見した。昨日は女の武器を見た時に思い出したはずだ。

 刹那、左の上腕が痺れるような感覚を訴えた。
 唐突にわかってしまう。

「……憶えていたのはお前自身じゃなく、鉄球だ。不意打ちで砕かれた骨の痛みを、俺は記憶していた」
 ゲズゥは、拷問されたエピソードとやらを本当に全く思い出せない。それが女の妄言だったとすれば謎は解ける。

 が、あのスパイクの生えた鉄球は違う。攻撃を喰らったのは一度きりだったが、それだけで醜い傷跡が残った。肉は裂かれ、骨は砕かれた。利き手でなかったのが良かったが、完治までに幾月もかかったのをよく憶えている。
 あの怪我を引きずった状態で脱獄にも臨んだのだった。自由の身になり、腕を動かせるようになっても、激痛はなかなか引かなかった――。

「ならばその痛み、もう一度味わえ!」
 女がモーニングスターの棒部分めがけて前に出た。伸ばされた腕がフォルトへに掴まれるのを認め、ゲズゥは特に動こうともしなかったが――
 視界の下の方に、ぼやけが生じた。ちょうど胸の前に栗色が散る。
「やめて下さい! 彼に手出しはさせません!」
 少女の澄んだ怒鳴り声で、ぼやけの実体が明らかになる。

 息が詰まるほどの激情が、一瞬でゲズゥの内側を焼いた。
 正体はわからなかった。苛立ちか、焦りか、それとも別の感情か。
 頭の中が真っ白になり――
 手足が勝手に動き出していた。
 少女の華奢な肩を後ろからしかと抱き寄せた。ぎょっとした顔が振り返る。

「お前は、いちいち、俺の前に、飛び出すな」
 一句一言が伝わるように区切って発音し、更には間違いなく鼓膜に響くよう、屈んで耳打ちした。
「ひっ!? ご、ごめんなさいっ」
 脳を揺さぶられる程度には伝わっただろうか。ミスリアが腕の中で大きく震えて身じろぎしたので、ゲズゥは満足した。

「危なっかしい」
 そう言ってゲズゥはミスリアを己の後ろに強引に押しやった。そうだ、何度目かはわからない。この聖女は何かと危険の方へ飛び出す節がある。
 よく思い出してみればいずれも自分を護る為だったのではないか。そう気付くと、益々腹立たしさが胃の奥底から湧き上がる。

「うん、護衛対象が護衛役を庇ってたらいけないよね。僕らには君の怪我を治す力も無いんだし」
 随分と楽しそうにリーデンが賛同した。もう一度、ごめんなさい、と謝るとミスリアは暑さにやられた花のように萎れた。それを観察する内に腹立たしさも治まった。
 前方では、組織の成員二人が揉めている。

「せーんーぱーいー! ダメですって! 一晩中二人で語り明かして決めた結論を無視しないで下さいよぉ」
「語り明かしてなどいない。お前の我儘に私が合わせているだけだ」
「そういうことでいいですよ、はいはい。も~、だから、事態をややこしくしないでくださいってば」
 はああああ、とフォルトへがやたら長いため息をついた。そして女から手を放し、懐を探ってハンカチを取り出した。「作戦通りに行きましょうよ、ね」

「もしかして」
 ゲズゥの背からひょっこり顔を出したミスリアが、ハンカチを指差す。
「お嬢さんにいただいた素敵な一枚ですよ~。速攻で洗って焚火の傍で乾かしましたからね!」
「は、はあ……」
 誇らしげなフォルトへに、苦笑するミスリア。

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