35.h.
2014 / 08 / 30 ( Sat )
「そうなんですか」
 少し落胆して言う。
「聖女さんは雪が見たい? 好きなの?」
 リーデンはのんびりとした口調で問い返した。

 ミスリアは目を閉じ、瞼の裏に見慣れていた冬の景色を思い浮かべる。
 春夏秋冬、どの季節が好きかと問われても答えられないだろう。どの季節にも楽しみがあれば苦労もある。冬は他よりも苦労が重い分、より一層頑張って楽しみを追い求めたい季節だ。

「そうですね。心が洗われる気持ちになります。私の故郷は降らなかったんですが、教団に住み込んで修行をしていた頃は、朝一番に眺める純白の一面がとても好きでした」
「へえ、いいねぇ。教団の拠点って山の上かなんかにあったりする?」

「人里離れた高原にあります。生活は不便も多かったんですが……それはそれで、充実していました」
 他の見習いたちと共に雪かきに費やした長い時間を想って、くすりと笑う。
「僕も雪は結構好きだよ。どんな色にも染まる感じとか――」
 言いかけたままリーデンの声が途絶えた。
 どうしたのかと思ってミスリアは振り返り、彼の視線が斜め左を向いていることに気付く。

「アレって魔物狩り師連合の連中だよね」
 広い街道の反対側、ミスリアらとは逆方向に歩いて来る六人ほどの武装集団を指差している。着込んでいる装備に統一性が無いため、街の自警団とは違うだろう。何人かは怪我しているのか、所々包帯を巻いている。
 見知った顔は居ないかな、と考えてミスリアは集団をじっと見渡した。視線に気付いた彼らの方が手を振る。

「聖女ミスリア! それから、護衛の方」六人は通行人を避けつつ街道を横切る。「……えーと、ユラス氏でしたか」
「別に『護衛の人』でいいよー」
 にこやかにリーデンが応じた。ミスリアは座ったまま一礼する。知らない顔ばかりだけれど、向こうが覚えていても不思議はない。

 軽い挨拶と世間話を交わしてから数分、魔物狩り師の一人が前に出た。髪を短く剃った、首筋の大きな傷跡が特徴的な女性だ。

「聖女様、ちょうど良かった。貴女に預かって欲しい物があるのです」
「何でしょうか」
「これを」
 女性は懐から小包を取り出し、掌の上で包み紙を解いて見せた。

 現れたのは三本のナイフ。空気抵抗を最小限に抑える為の薄くてスリムなデザイン、ハンドルに覆われていない剥き出しの柄部分。見覚えのある投げナイフだった。

「レイ殿のロングソードは回収してすぐに聖女レティカに渡せたのですが、こちらのナイフは後になって見つけましたので。もしもお会いする予定なら、返してあげて下さい。家紋が刻まれていたあのロングソードと比べると価値の無いな物かもしれませんが、きっと持っていたいのではないかと」
 女性の表情は真剣そのものだった。元の持ち主がもう居ない以上「返す」という表現は少し違うが、意図は伝わった。

「……わかりました」
 ミスリアは壊れ物を扱うような慎重な手つきで小包を受け取る。
「では、我々はこれで」
 魔物狩り師たちは大聖堂の方に向かって雑踏の中に再び紛れた。
 直後、リーデンが車椅子を再び押し出した。

(遺品の受け渡し……本当にレイさんとエンリオさんは戻らないのね)
 寂しさと喪失感を胸に、ミスリアは手の中の小包を見下ろした。
「レイさんたちは、聖女レティカが新しい護衛を雇って前に進むことを望むでしょうか」
 呟きは街の音に消えそうなほど小さかった。が、リーデンはしっかりと拾って答えた。

「それは彼らの間の問題だから部外者の意見なんて無意味だけど。僕だったら、自分の犠牲を無駄にして欲しくないと思う」
 珍しく真剣な声が背後から降りかかる。かと思えば、くくっと笑う声がした。
「だってさ、この僕が死んでまで護り抜くんだ。やり遂げてくれなきゃ許さないよ」

「なる、ほど……?」
「兄さんも多分同じ考えだよ。いっぺん派手に泣いてくれればそれで充分。心おきなく、僕らの屍を踏み越えなよ」
「そ、そんなこと軽く言わないでください」
 困惑気味に振り返る。

「君の盾になる上での覚悟は決めてるよ」
 美青年の慈しむような微笑みは、頼もしいと同時にどこか恐ろしかった。
 彼の命を背負うからにはこの場はあしらってはいけないと感じた。

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