07.d.
2012 / 02 / 01 ( Wed )
 寝室は一部屋だけであり、その中に二段ベッドが三台並んでいる。
 聖女はかろうじて魔物の浄化を終えて結界を再現したもののすっかり上の空で、教会の中に戻ってくるなり一番奥の壁際の上段ベッドにのぼり、毛布にくるまって閉じこもったのである。

 それから数時間後。やっと、聖女のかすかな寝息が聴こえてきた。ずっと何かに怯えるように震えていたのが収まったらしい。
 何に怯えていたのかというとそれはもしかして自分かもしれないな、と廊下の壁に寄りかかって座るゲズゥは考える。

 どうしてそんなところで気配を消して聖女が寝付くのを待っていたのか、自分でもよくわからなかった。聖女が睡眠不足になっては明日の「忌み地」行きに支障が出たりしないかと、確かに心配だったが。心配したところでどうしようもない。まさか、子守唄を提供するわけにもいかない。

 何故だか、胸の奥にモヤモヤした感覚があった。思い当たる節はひとつ、さっきの魔物退治だ。
 ゲズゥにしてみれば、別に間違った行動も言動もしていない。むしろ聖女の甘ったれた主張の方が支離滅裂で、随分と無駄の多い生き方を選んでいるように思える。

 しかし効率が悪くてもそれはその者だけの生き方だ。

 生きた年数がたったの十九でも、ゲズゥにはよくわかっていた事があった。何が重要で何がそうでないかの線引きは人によってどうしても異なるという、事実だ。
 各々の価値観があると熟知していてなお、聖女のそれだけは看過できなかった。癪に障るといっても過言ではない。

 おそらくは身近にいて共に旅をしているからだろう、ということに今はしておこう。

 考えるのをやめてゲズゥは風呂場へ向かった。せっかくなので諸々の汚れを洗い落としたい。午後ずっと寝ていたからか、まだ眠くない。
 身体を流したあと、タイルの敷かれた床の上で何となく腕立て伏せをした。百ほどやって飽きた頃、腹筋を鍛える事にした。それに飽きたら服を着なおし、逆立ちをしてみる。

 逆さになった状態で風呂場を見渡した。蝋燭一本しか灯してないので当然、暗い。バスタブ近くにぜんまい仕掛けの時計を見つけ、時間を見ようと頑張ったが、逆さでは難しくて脳が混乱した。
 頭に血が上りつつある。身につけているシャツも少しずつ重力に屈して、顔にかかる。

 そんな時、少女の短く鋭い叫び声を聴いた。ゲズゥは逆立ちから半回転して人間の本来あるべき両脚立ちに戻った。
 予想では多分、悪夢に目が覚めたといったところか。
 面倒だと思いながらも、結局寝室へ行ってみた。

 廊下から寝室の入り口に立った途端――

「こないで」
 泣き出しそうな声だった。ゲズゥは部屋に入ると、聖女からもっとも離れた反対側の壁際の下段ベッドの上で胡坐をかいた。割と夜目のきく彼には、明かりのない部屋でも窓一つあるだけで大分見える。

 膝を抱えて蹲(うずくま)っている少女が一体どんな悪夢に魘(うな)されたか、想像できない。
 想像できないので、とりあえず訊ねた。

「何の夢だ?」
「………………あまりうまく説明できる気がしません……」
 答える義務など何処にもないのに、聖女がか細く呟いた。悪夢だったのは間違いないらしい。

「そうか」
 ゲズゥの発する言葉のひとつひとつに、聖女はぴくりと身体を震わせている。やはり、怯えている。だが女子供に怖がられるのはよくあることなので、どう思うことも無い。軽く腕を組んで、ゲズゥは不動でいた。

 寝室に沈黙が降りた。
 
 ――カチ、カチ、カチ……。
 一秒おきに繰り返される音が近い。部屋のどこかに時計があると考えられる。しばらくは秒針の音と、聖女の吐息だけに耳を澄ました。

 ほとんど無意識からその疑問を口にした。

「何で、俺だった?」
 暗闇の中で、聖女の驚きを気配として感じ取った。質問の意味はちゃんと伝わっているだろう。

「……言いたくありません……」
 聖女は膝に顔を埋(うず)めた。

 自分に聞く権利ぐらいあると思うが、まあ、言いたくないのなら仕方ない。

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14:30:58 | 小説 | トラックバック() | コメント(0) | page top↑
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