31.f.
2014 / 04 / 27 ( Sun )
「……お前こそ」
 別にゲズゥの「肩書」を知っていて言っているのではないのだろう、そう直感した。
「ボクは人間を手にかけたのは護衛になってからが初めてです。殺す以外のアレコレならしてましたけどね」
 片手を胸に当て、片手をしなやかに翻して、エンリオはパフォーマーみたいな一礼をしてみせた。そして何を思ったのか、一歩近付いてひそひそと話した。

「同じ人殺しでも、『罪人』と兵士や騎士の違いって何だと思います? 罪人には、代わりに背負ってくれる人が居ないんですよ。自分の罪は全部自分の責任、死ぬまで一生、向き合って生きるしかできない。いいえ、死んでも逃れられないのかもしれない。何せ魔物は――」

 ゲズゥは話を聴きつつも裾が引っ張られるのを感じた。視線を向けなくとも、ミスリアの仕業だろうとわかった。

「この話は不要でしたか。知ってますよね。とにかく『摂理』はともかく、社会の目は背負ってくれる人が居るのと居ないのとでは全然違ってきますし、気の持ちようも変わるんです」
 エンリオは一歩後ろに下がった。その表情は建物の影に隠れてよく見えない。

 昔、似たようなことを言われた覚えがある。かつて多くを教えてくれたあの男だ。

 ――大義名分を口実に戦という状況下で千や万の位に達する数の命を奪っても、大量虐殺を罪に問われないどころか、吟遊詩人の歌の中で永遠に美化されて語られ続ける人物もいるという。何故、己や身近な人間のために一人二人殺したくらいで罪人になる? くだらん正義さえ唱えれば非道も正当化される人の世というのは、実に理不尽だ。だが、そんな世の中でも、我々の生き方が間違っているとは思わない――

「白昼堂々となんつー話をしてるんだって感じですね。今のはレティカ様には内緒にしてください」
 ゲズゥたちは相槌を打たなかった。ただ、この男は生きづらい世の中に揉まれ慣れていそうだ、と脳内に記しておいた。

「レティカ様と言えば……いけない、油を売ってる場合じゃなかった」
「何かご予定があるのですね」
「下見をしなきゃならないんです。そうそう、もしお暇でしたら、ボクの用事に付き合ってもらえませんか? 他の人も居た方が色んなことに気が付くでしょうし。貴女がたにも無関係ではありませんよ、明日討伐に行きますからね」

「では下見と言うのは討伐予定の場所へ?」
 ミスリアが問いかけた。
「そうです、際どい時間帯に行くのがポイントです。詳細の説明は歩きがてらで」

 一度、ミスリアが気遣うような眼差しでこちらを見上げる。ゲズゥは小さく頷きを返した。

「決まりですね。じゃああっちへ向かいます」
 エンリオは北西の空を指差して言った。

_______

 曰く、イマリナ=タユスという町は二つの河と縁があるらしい。正確には片方が本流でもう片方はそちらから分岐する派川であり、分岐点は町よりもずっと北に位置しているという。
 より広く大きい本流は街の東側に接している方の河で、町が河沿いの都と称される所以である。

 派川の方は北西の野田を通り抜け、所によっては狭くなったり浅くなったりと舟を通すのに不向きで、小川と呼べる規模に該当する。昨晩はよくわかっていなかったが、魔物退治しに行ったのは本流ではなく派川の方だった。

 最近まさにこの周辺で魔物が多く目撃されているらしい。
 本日の目的の場所は昨日行った河のほとりに近い位置、その更に上流を辿った辺りにあった。

 魔物が最も多く出現する場所は分岐点の手前だそうで、近頃は範囲がどんどん上流に、つまり北に伸びている――もしもそうやって分岐点にまで至れば、今度は本流の方に伝って南へ被害が広がるのではないかと危惧されているそうだ。

 流れに逆らって魔物たちの出没領域広がっているのか、そこまでは定かではない。水流に乗って南行する可能性がどれほどなのか、そこもやはり定かではない。なので魔物狩り師たちにとっては優先順位の低い問題として扱われていたらしい。

「討伐隊の結成……ですか?」
「そうなんです。ボクらも今朝、町の魔物狩り師連合から協力要請を受けました」

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