31.e.
2014 / 04 / 24 ( Thu )
 人の好い笑顔をちょうど囲う長さの前髪が、右から左へと重量を感じさせない具合にふわふわ流れていて、後ろ髪は細く短い三つ編みにまとまっている。小柄な体型と童顔な顔つきの男は指の開いた手袋を着用し、身軽な動きの妨げにならない程度に、程よい装備を身に着けていた。
 他人の姿かたちを記憶できないゲズゥでも流石に昨日の今日で覚えている。例の聖女の護衛の男だ。なんて名前だったか――

「エンリオさん!」
 ミスリアが驚き交じりに応じた。
「はい! 今日は雨があがってて良い天気ですね。夕方の参拝ですか?」

「いいえ。通りを歩いていたらこちらの教会の屋根が見えて、気になって寄ってみたんです。大聖堂(カテドラル)……司教座聖堂があるとは知りませんでした。この町に着いてからはまだご挨拶に伺う機会もなかったので」

「そうだったんですかー」次にエンリオという男は乳白色の瞳をこちらに向けた。「何故杖を? 大丈夫ですか」
 そいつにしてみれば好奇心と一緒に手が伸びたのだろう。

「触るな」
 怪我に触れられる前にゲズゥは一言で制した。
「あ、はい。すいません、軽率でしたね」
 エンリオはパッと身を引いて両手を挙げた。表情からして気を悪くした様子は無い。

「貧血キツくありません?」
「医者の所で寝てきた」
 と、ゲズゥは答える。
 見かねたミスリアが更に付け足した。

「複雑な事情が絡んでいるのでできればあまり訊かないでいただけると助かります」
「わかりました、訊きません」
「ところでエンリオさん。お一人ですか?」

 他の二人は一緒ではないのかと、ミスリアが周囲に目を走らせている。
 訊ねられたエンリオは大聖堂の方を振り返った。視線が順番に、柵、前庭――最後に開け放たれた正面玄関へと巡っていく。

「レティカ様は中ですよ。何でも、この町では毎晩、日暮れと共に祭壇の水晶に祈るのが慣わしだそうで」
「そういう町があるのは聞いてましたけど……イマリナ=タユスに水晶を祀る祭壇があったのですね」
「はい。中庭(コートヤード)を突っ切った先にあるそうです。ま、ボクはどうせ入れないんで今はレイだけがお供してますけどね」

「入れない?」
「身元が不確かな人間は奥の祭壇に近付けさせてもらえないんですよ。レイは父親の代で落ちぶれちゃいましたけどあれでも騎士の家の出ですからね。ボクは孤児でしたし『穢れ』もあるんで司教様がうるさいんですよ」

 やれやれ、とエンリオは頭を振りながら肩を竦める。

「そちらの護衛の方も入れないんじゃないですか? 人を殺したことがあるんでしょ? それも五人や十人なんてかわいいものじゃない」

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