31.b.
2014 / 04 / 14 ( Mon )
「ごめんなさい」
 少女はすかさず謝った。
 別に嫌に思ったから言ったのではないのに。そう付け足そうと思ったが、その前にミスリアがまた言葉を零した。

「……貴方はいつも……熱い、ってぐらい体温が高いのに……今は、冷たくて。それがなんだか怖くなって……」
 ふと、左手に巻き付いている温もりが逃げそうになる。ゲズゥは力なく横たわらせていただけの手に力を込め、離れつつある小さな指を握って留まらせた。

「重く考えすぎだ。これくらい、すぐ回復する」
 実際は「寒さ」に顎がガチガチ鳴りだしているのを精神力で制して、最小限に抑えられるようにゆっくり話している。
「……嘘です。本当は凄く痛いんでしょう。苦しいんじゃ、ないですか」

「お前に会う前と何ら変わらない」
 聖気などと言う、非現実的だが極めて有用な力が身近に無かった頃。運が良ければ痛み止めなどに使える薬草が手に入ったが、それ以外の時は、気を紛らわせるなり無理矢理にでも眠りにつくなり、自力で回復するまでは耐えるしかできなかった。

 ミスリアは唇を噛み締めて押し黙った。大きな茶色の瞳は新たに涙を溜めて潤い、葛藤を抱えている様子だ。
 少女の涙も気にはなるが、それよりも、ゲズゥは激痛と共に、再び意識が闇に押しつぶされそうになるのを感じた。また潜るのはまずい、と勘が訴えかける。

「――話を」
「はい……?」
「何でもいいから、気が紛れる話をしろ」
 意図がわからなそうに、ミスリアは小首を傾げた。それでも、わからないままでも、素直に応えようと決めたらしい。

「それでは、あの子は何処に去ったのでしょう。帰る場所なんてあるんでしょうか」
「さあ。元々の帰る場所は、俺が奪ったからな」
「……そうですか……」

 いきなり会話が終了していることに、ミスリアは困惑気味に俯く。そして意を決したように顔を上げたかと思えば、次には矢継ぎ早に質問を連ねた。

「どうしてこんなことをするんです? 罪滅ぼしですか? これまでは罪の意識を感じてる素振りは見せなかったのに、どうして、あの子に関してだけはけじめをつけたいなんて言うんですか? 本当は何があったんですか」

「…………それは……」
 ゲズゥは瞑目した。
 熱に浮かされつつある頭は、一斉に浴びせられた質問をどう捌くべきかのろのろと思考する――

 ――そうする内に、あの女と相対した夜を思い返していた。

 首から下の肌という肌を覆い隠した、シャスヴォル国特有の、古風で厳格な服装。結い上げられた長い髪。丸い顔に小さい両目、低い鼻や古風な化粧も併せて、初見では楚々とした空気を醸し出す中年女だった、が。

 少数民族を同じ人間ではなく下賤な生き物と捉え、卑しむ眼差し。
 折に触れて生唾と暴言を吐き出す、紅の塗りたくられた唇。
 政治家の妹という立場にあり、「呪いの眼」一族に滅びをもたらした内の一人は、性根の醜い女だった。

「…………奴らを残らず殺すと、従兄と約束した。だから俺は前々から計画し、さまざまな角度から裏付けを取って、熟考し、実行した。だが居合わせた子供に余計な絶望と憎悪を植えつけた点だけは、手違い――……いや」

 認めたのは、いつだったろうか。それを今口にしたのは、熱の所為だろうか。
 或いは相手がこの少女だから、話しても良いと思うのか――。

「ただの腹いせだった。理にかなっていない、一時の感情だ」
「腹いせ、ですか?」
「俺はあの女が、妬ましかった」

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