2. b.
2025 / 12 / 22 ( Mon ) 「あんまし食うもんがない」
「あ、はい。行こうかな、ううん、行く」 大人ひとりとふたりでは食材の消費量が全然違う。人数が倍になった時点で、対策を考える必要はある。 (へんな感じ) 家族以外と生活したのは、大学生の頃くらいだ。最初の二年はルームメイトが居たが、彼女らとは友達と言いづらい関係だった。マイペースにそれぞれ過ごして、足並みを揃えたりはしなかった。 「あなたは自炊してるの」 「週一、二くらい。めんどくさいから、だいたいどっかから買ってきてる」 「私が作ろうか? お世話になるわけだし」 「好きにすれば。オレはどっちでもいい」 「でも」 食い下がろうとするシェリーを、彼は手を振って遮った。 「だらだら毎日を生きてるだけだから、そこにもうひとり人間を挟んだって、気にならねえよ。だからおまえも気にすんな」 乾いた音を立てて新聞が畳まれる。 返事をしそびれたまま数秒が過ぎてしまったので、シェリーはコーヒーを味わうことにした。 (おいしい。味は濃い目なのにどこか果物っぽい甘さがある) 飲み終わるまでの間に、リクターがマスターベッドルームへと消えてしまっていた。身支度をしているのだろうか、電気シェーバーらしき電動音が聴こえる。 シェリーは荷物に入っていたヘアブラシを出して髪を梳かしながら、言われたことを反芻する。生まれつきの巻き毛を背中まで伸ばしているのでこれは結構な手間だったが、朝晩の習慣なので考え事をしながらでもうまくやれた。 (ひとり人間を挟んだって気にならない……? 私が居座っても、怒る恋人とかいないのかな) だらだら生きている、の感覚がよくわからなかった。そう言う割には、銃を持ち歩いているのではないか。 (私、いまのあのひとのこと、なんにも知らないんだなぁ) 至極当然の事実を思い知らされる。 梳き終わった髪を手慣れた動作で三つ編みにすると、シェリーはハンドバッグの中身を軽く整理した。 (知らないのはお互い様か) 聞きたい。彼は気怠そうな雰囲気は昔のままでも、当然ながら、前よりも大人びている。それを近寄りがたいと感じずに――もっと話してみたい、もっと仲良くなりたいと願うこの気持ちは、自然に沸き起こっていた。 ずっと自分のことで精一杯だったシェリーには久しい感情だった。 立ち上がり、出かけるための支度を続ける。 外は雪こそ降っていないものの、窓についた霜の具合からして寒そうだった。下は紺色のジーンズに長いブーツを加え、上は厚着にマフラーをして、最後に膝までの長さのもこもこの白いダウンコートを身に着けた。なお、これ以外の靴とコートは持ってきていない。 深い緑色のフード付きトレンチコートを着て出てきたリクターは、出入口前でミリタリーブーツに足を突っ込んだ。昨夜と違って今日はショルダーバッグをかけていない。眼鏡もまたいつの間にか外していた。 そうして外廊下に出た。肌に触れる外気の冷たさで、家の中はちゃんとヒーターが効いていたのだなと思い知る。 扉が大仰な音を立てて閉まった。鍵がかけられる間、シェリーは周囲を見回して懐かしくなっていた。 (四階建てのミドルライズ・コンドミニアム。彼は三階、私たちは二階に住んでた。見た目は古くなってるけど、そんなに変わらない) リクターの背中を見つめながら、外の階段をゆっくり降りる。 ここで親の目を盗んで遊んだこともあった。ボールを転がしたり、小石を集めたりと、振り返ってみれば大した遊びでもなかった気がするけれど。通りすがりの他の住民にはさぞ邪魔だったことだろう。 |
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