29.e.
2014 / 02 / 17 ( Mon )
「いいですよねレティカ様」
「わ、わたくしは構いませんわ。でも明日は用事が入りまして……明後日でよろしかったら」
「ふむふむ」

 レティカ達と連絡方法や待ち合わせ場所について短く話し合ってから、リーデンはミスリアの手を取った。
 指先がすっかり冷え込んでいたミスリアは微かな温もりに驚いた。

「じゃあ、そういうことで明後日ね。戻ろうか、聖女さん。マリちゃんに風呂沸かさせるし、ゆっくり温まってね」
「それでしたら私よりもゲズゥの方が寒そうです、お先に浸からせて下さい」
「寒中水泳なんかするからだよ」
 リーデンは肩から少し振り返り、棘を含んだ声音で兄に向けて言った。

(それも知ってるの)
 大雨の中では否応なしに誰もが濡れてしまっている。なのにゲズゥが泳いだと遅れて現れたリーデンに正確にわかるなど、何か自分の理解の範疇を越えた仕掛けでもあるのだろうか。

 レティカ、エンリオ、レイの三人と挨拶を交わしながらもミスリアはずっと考えを巡らせるのを止めなかった。

_______

 どこ行くの、と弟が問いかけ、街に出る、と兄が答えた所までは、昨日のやり取りと何ら変わりなかった。
 なのにこの剣呑な場面に何故いきなり転じたのか。ミスリアは横から見守りつつも、あわあわと変に指を動かすしかできない。

「そこをどけ」
「話があるから、ダメ」
 ミスリアの目には、出口に向かうゲズゥの前にリーデンがあたかも瞬間移動したかのように見えたのだった。

「俺には無い」
「やっとわかりそうなんだ」兄の言い分を無視して、弟はひとりでに語り出す。「共通点があるってことは前から気付いてたよ。それが何であるのか探るのに、裏付けをするのに、ちょっと時間がかかったけど」

 無言でゲズゥが眉根を寄せた。
 またもや何の話かはミスリアには想像もつかない。この兄弟は以心伝心を極めているのか、よく頓(とみ)に会話を切り出している。
 ゲズゥはリーデンの左を回り、扉の直前まで進み出た。

「仇の最後の一人がね」
「――!」
 歯ぎしりが聴こえたような気がした。
「兄さん、教えてくれたなら僕は迷わず手伝っていたよ」
「……止せ。お前は手を出すな」

「出したらどうするって言うの? 何を渋ってるのか知らないけど、僕にも十分その権利はあるし、別にキレイに生きてきたワケでも無いんだよ」
 美青年の無表情は、それはそれで背筋の凍るものがあった。
 ゲズゥが身体を振り向かせる。

「そういう問題じゃない。手を引け」
 最後の一言の、怒りが込められた囁きは蛇が吐く音とどこかしら似ていた。聴く者を本能的に隠れたい気持ちにさせる音だった。

「断る。別に応援してくれとまでは言わないけど、いい加減、保護者面は止めて欲しいね」
「聞き分けろ!」
 ――ドン!
 ゲズゥの左拳が背後の鉛の扉を叩いた。驚愕と恐怖にミスリアは小さく息を呑む。

(こ、んなに感情を爆発させる姿なんて……見たことないわ……)
 ぐわん、ぐわん、と衝撃音が反響がする間、心は怯えで満たされていった。

 知り合ってからこれまでの間で見てきた表情の内で、間違いなく今のそれが最も恐ろしい。

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