29.d.
2014 / 02 / 16 ( Sun )
「重いですよねすみません」と謝れば「……いや、大して重くはない」と短い否定が返る。
 次はリーデンに向かってお辞儀した。
「危ない所を助けて下さってありがとうございます」
「別にいいよー。もう魔物は出ないのかな?」

「はい、えーと……」
 しばしの間、目を閉じて辺りを探った。先刻感じたあの妙な不安は消えないけれど、それ以外の悪寒は無い。
「居ないと思います」
 聖女レティカの同意を得ようと彼女を見やった。

 レティカは新しく介入してきた青年を呆然と見上げていた。薄闇の中でもリーデンの非凡なる容貌を認識できたのだろう。

「……え、ええ。わたくしももう居ないと思います、わ」
 上目をつかいながらレティカは乱れた青銅色の髪をフードの中に押し込めている。リーデンが何者なのかとても訊きたそうである。
「ならいいんだけど」
 リーデンはひとつ軽く微笑んだ。そして特に自己紹介をする気は無いのか、ずぶ濡れの少年の方へと興味の対象を変えた。

 少年が食い掛かりそうな勢いでゲズゥにズカズカ歩み寄っている。
 が、横から伸びた手に掴まれ、宙に足を浮かせることになった。

「じゃますんな! この、このっ」
 少年は自分を捕らえた人間に殴りかかろうとする。
「何の邪魔? なんかこのガキ、ムカつくなぁ。もっぺん河に落としちゃっていい?」
 暴れる少年の攻撃をどうでもよさそうに避けるリーデン。
「ダメです!」
 ミスリアは咄嗟に叫び、次いで怪訝に思った。

(リーデンさんはこの子が河に落ちそうだったって知ってるの?)
 どうして、と自問しても答えに至らなかった。この視界の悪さでは、近付く前からこちらの状況が見えていたとは考えにくい。まさか彼はエンリオ同様に凄く視力が良いのだろうか。

「はなせえええ!」
「はいはい」
 興味無さげにリーデンが子供をパッと手放す。子供は数秒の間じっとりとゲズゥを睨み付けると、そのまま踵を返して走り去った。

「あ、待ってください!」
 呼びかけても遅かった。少年は脱兎に勝る速さで姿を消している。
 怪我をしていたかどうか、帰る場所はあるのか、どうして夜に外に居たのか――訊きたいことはたくさんあったのに――。
 あまりに突然のことで、誰も追うことはできなかった。

「まあ、命を助けられただけでも良いんじゃないですかね」
 やがてエンリオが励ますように笑う。
「そうですね。そう思うことにします」
 ミスリアはゆっくり頷いた。

「にしても……随分と儲かりそうな顔ですねぇ。色んな意味で」
 値踏みするような目で、エンリオがリーデンを眺め回している。
「君は鋭いんだね。それなりに儲かってるよ、うん」
 絶世の美青年は食えない笑顔を浮かべた。

「なるほど。その不思議な飛び道具といい、天晴れです。どちら様か存じませんけど、なんなら一緒に魔物退治に励みませんか」
 意外とエンリオも食えない笑顔を返した。

「いいよー。明日でも明後日でも空いてるから、みんなで踊ろう。あ、僕はそんなに怪しい人じゃないよ。そこの可愛い聖女さんのお友達」
 リーデンは左目だけを瞬かせてみせた。何故かそこでレティカは恥ずかしそうに俯く。

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