06.c.
2012 / 01 / 19 ( Thu )
 カイルサィートは、ガラス張りのドアの前に置いてあるサンダルを履きつつ、ダイニングルームから中庭へと足を踏み出した。

「邪魔するよ」
 先客のゲズゥが庭に敷かれた煉瓦に座っている。もちろん裸足だ。片膝を立て、その膝に片腕を置き、残った手で葉巻タバコを吸っている。クセのあるニオイだ。

(僕より一個年下なのに、渋いなぁ)
 ゲズゥはどこへともなく視線を庭にやっている。

 木製フェンスで囲まれたこの広い中庭は、叔父によって手入れが行き届いている。縁に植えられた色とりどりの薔薇が蕾を出し、朝日に照らされて鮮やかな輝きを見せている。めいっぱい息を吸い込むと、タバコのニオイを凌駕して季節外れの茉莉花の甘い香りが肺を満たす。
 煉瓦のパティオの中心に鳥用の餌台が立ち、そこで繰り広げられるリスとコマドリの取り合いが微笑ましい。或いはゲズゥはこの生存をかけた勝負の行く末を見守っているのかもしれない。

「肩の怪我、もう大丈夫?」
 昨日会った時に彼が負っていた矢傷のことをカイルサィートは訊ねた。
 数秒待っても返事がないので、構わずまた喋りだした。

「僕が治したので気になってね。ミスリアのようにはできないから」
 近づきすぎず、なおかつ声が届くほどの距離に落ち着いて、カイルサィートはゲズゥの隣に並んだ。

「彼女は特別だよ。僕らは同じ時期に修行をしたけど、ミスリアは普通より遥かに幼い歳で教団に入ったんだ。他の子は歳相応にはしゃぐし、恋だってするし、自分の人生の選択を何度も迷う。…………ねえ」
 静かに呼びかけてみた。すると前しか向かなかったゲズゥはようやっと、隣のカイルサィートに視線を移した。白地に金色の斑点で彩られる左目は、何度見ても慣れない。

「僕は、君の事を信用に足る人間と思わない。これっぽっちも、思ってないよ」
 ゲズゥを見下ろし、カイルサィートは低い声で断言した。
 瞬き一つの反応も返って来ない。対するカイルサィートも瞬かなかった。

「ミスリアが決めたことだから止めない。それでも僕はやっぱり反対だし、今でも考え直せと彼女を揺すりたい。友人として、心配なんだ」
 ミスリアが取り寄せた「天下の大罪人」に関する書類を、カイルサィートもひととおり目を通してる。その上で、彼は彼女と違った結論に至った。

 ゲズゥは視線をそらし、葉巻を口元から離し、長い一息を吐いた。

「……で? 俺にどうしろと」
 抑揚のない、関心に薄いひとことだった。

(本当に不思議な人だ……)
 決して礼節を弁えた態度ではないのに、腹が立たないのは何故だろう。静かで、冷淡で、夜の湖面のように落ち着いている。もしこの人に対して癇癪を起こしたら、醜いのは自分の方になってしまうのではなかろうか。

「信用はしない。でも、君が体を張って彼女を守り抜いた功績を、高く評価しているよ。だから、」
 カイルサィートは深く礼をした。

「これからも、聖女ミスリア・ノイラートをよろしく頼みます」
 顔を上げると、驚いたように片眉を吊り上げたゲズゥの顔が見えた。
 表情を変化させられたことに心の中で、してやったり! とガッツポーズを決める。

「話は変わるんだけど――」
「わかってる。行けばいいんだろう」
 本題に移り変わろうとしたカイルサィートは、鋭く遮られた。

「果てしなく気が乗らないが、行ってやる。里帰りに」
 苦い顔でゲズゥが承諾の意を表した。再び庭の方を見ている。

 説得するまでもなかったようで、カイルサィートは拍子抜けした。

「ええとじゃあ、明日の夜とかどう?」
 連日の移動でまだ二人とも疲れてるだろうし、早くても明日まで待とうと考えての誘いだ。

 試しに聞いてみたら、あっさり頷かれた。

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