28.c.
2013 / 12 / 31 ( Tue )
「そうなんですか。教えてくださってありがとうございます」
「おう、まいどあり。ユラスのダンナにもよろしくな」
「はい」
 袋を受け取ったミスリアが女の声のする方を見上げたまま、ゆっくりと歩み寄ってきた。

「――ですが! 恐れることはありません! 私たちヴィールヴ=ハイス教団ゆかりの者が、命をかけてこの世界を変えてみせます!」
 また歓声が沸き起こった。「聖女様――!」「おれたちを救ってくれ!」「救世主が光臨なさった!」などの叫び声がする。

「布教活動」
 と、一言ゲズゥは呟いた。
「みたいですね。聖人聖女(わたしたち)はそういう活動はしないはずなんですけど……」
「偽者か」

「どうでしょう。行ってみてもいいですか?」
 ミスリアの問いに頷きを返した。
 二人は階段を上り、演壇の前にできている人だかりの端に紛れる。

 人々の注目の的はここからでは遠くて良く見えない。かろうじて、白いヴェールの下に隠れているのが肌の白い女だとわかる程度だ。女の左右には護衛と思しき人物が一人ずつ佇んでいる。片方は小柄で軽装、片方は逞しい体格に鎧を着こんでいる。

 護衛二人の内の小さい方が大袈裟に手を動かしながらまくし立てた。声からして若い男だ。

「さあさあ、今日はどなたが『奇跡の力』を体験されます!? レティカ様の恩恵を賜るのは一人だけですよ! 慢性的な頭痛から最近の怪我まで、何でもよくしてみせます!」
 すぐに、オレだ私だと喚きながら飛び跳ねる人間が続出した。人だかりそのものが振動しているようだ。

 やがて一人の足腰の悪そうな老人が選ばれた。片足を引きずりながらの酷く不安定な足取りで、周りの人間に手を借りながら、老人は演台の前に出る。
 ヴェールを被った白装束の女はしゃがんで両手を組み合わせた。ぼそぼそと何かを祈りながら、長い間その姿勢でいた。

「……あ」
 隣のミスリアが何かに気付いたように口元に手を触れた。それが何なのか問い質せる前に、聖女とやらが声を張り上げた。
「さあ、もう一度歩いてみて下さいまし」
 促されるがままに老人は立ち上がり、歩き出した。今度は誰の手も借りない、しっかりとした足取りである。

「お、おお……痛くないです! 腰も足もどこも痛くないですよ、聖女様!」
「おめでとうございます。奇跡は起こりました」
「ありがたや、ありがたや」
 老人は地に膝をついて聖女を拝んだ。するとまた人だかりが騒ぎ出した。我々にも奇跡を、と望む声が次々重なる。

「下がって下さい! レティカ様の奇跡は一日一回のみという決まりです。下がって! 明日もまたこの時間、この場所に来ますから」
 護衛の男が民衆に呼びかける間、もう一人の護衛が盾の如くして聖女の前に立った。押し寄せる人の波はそこで進みを止めざるをえない。
 が、人だかりは大して粘らなかった。数分の内にほとんどの人々は散開して去った。ゲズゥとミスリアは去り行く人間を避けつつも、その場に残った。

「インチキには見えなかった」
 ゲズゥはずっと聖女一行を観察し続けている。お布施を集めるつもりかと思えば、それらしい素振りが無い。
「距離が離れているので自信はありませんけど……僅かに聖気の気配を感じました。彼女はれっきとした聖女だと思います」
 ミスリアは物思いに耽りながら栗色の髪を指先でくるくるともてあそんだ。

「わかりません。結局あの方は何がしたいんでしょう」
「直接訊けばいい」
「はい」
 誰もがその場を去る中、二人は敢えて聖女の傍に近付いた。

「すみません、本日の活動はもうお終いで――うっ」
 言いかけた聖女が振り返る。そしてゲズゥを向いた途端、あからさまに気分を悪くしたように、白い手袋をはめた手で口元を押さえた。

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