05.f.
2012 / 01 / 16 ( Mon )
 青年は、昼の散歩と称して周囲を巡回するのが日課だった。
 曇った空から陽射しが漏れている。
 雨上がりの湿った匂いが気に障る人もいるそうだが、彼はそれが好きだった。

 夏の虫や歌う小鳥、芸術性に富んだ蜘蛛の巣、地を這って花を咲かせる蔦――今日はどんな自然に出会えるだろうかと心をわくわくさせ、林の方へ向かった。
 かつて木材を生産する目的で人間が作った林だ。十数年前に、とある事情で放棄された。

 気分がいいので、青年は鼻歌を歌いながら歩いた。
 しかし林に近づくと、なにやら騒がしいことに気付いて唄うのをやめた。

 黒い鎧を身に纏った女性の背が見える。片手で細身の剣を持ち、片手を腰に当て、どこか芝居がかった雰囲気のある女性だ。河の中に立つ騎乗の男性と言い争っている。男性は体格がよく、褐色肌で黒いくせ毛が特徴だ。立派な白馬に乗っている。

(またあの二人か……大方、国境を超えた人間の身柄についてかな)
 うんざりして、青年は肩を落とした。せっかくの上機嫌が台無しである。同じ国境を守る者同士、どうせならもっと協力しあって穏便にできないのだろうか。

 青年自身が仲裁に入った回数は多い。最近では干渉する気も起きない。
 今日は様子見だけにしようと考えたが、ふと問題の入国者の姿が目に入った。

 横たわる長身の男性は、見るからにして怪我人だった。その男性を鎧の女性から守るように、少女が間に立っている。忠実な犬が、飼い主の死体を守って自分が尽きるまで立ち続けたという童話を、何故か思い出した。

 そっと、会話が耳に入るぐらいの距離に青年は近づいた。鎧の女性ことミョレン国の女騎士はシャスヴォル国の兵隊長との話をつけたのか、少女に話しかけている。

「ほう。貴様は命がけで、底辺クズ男を庇い立てするのか?」
 低く濁った声で、女騎士が嘲るように喋る。いつ聴いても耳障りな声だ。
「します」
 対する少女の声は澄んでいる。見たところ丸腰なのに、毅然とした態度だ。
 ははは、と女騎士は口を大きく開けて笑った。下品だと思った。

「男冥利に尽きるとはこのことだな! 何故そこまでする? 貴様の護衛のようだが、替えなど他にいくらでも手に入るだろう。厄介ごとの種でしかない男をどうしてわざわざ連れまわす?」
 金髪の三つ編みにまとめた長い髪を、女騎士は空いた手で後ろに払った。いちいち腹立つ挙動だ。

 少女は背後を一度振り返った。

「理由は私だけ知っていればいいことです」
 震える声を制しながらもはっきり告げる様は、青年の知る誰かを彷彿とさせる。
「くっくっ、いい答えだ。大した娘だな。構わんぞ、仲良く二人とも捕らえてやる」
 
 そこで青年は慌てて、駆け寄った。させない。

「いい加減にしてください!」
 新しい人物の乱入に、横たわる男性以外の全員が目を見開いて青年を見上げた。

「まったく貴女はいつも見境なく……。ちゃんと彼等の事情を聞きましたか? 身分証明書の確認は? この一帯で好き勝手をするのはやめていただきたいですね。それから、むやみやたらと人を捕縛したところで、首都の牢獄が一杯になるだけですからね。既に慢性的な問題でしょう。たまには頭を使ったらどうですか」

 青年はさっきまで皆が話していた南の共通語ではなく、音節がより多いミョレンの母国語で、怒涛のようにまくし立てた。
 女騎士は鬱陶しそうにヘーゼル色の双眸を逸らした。

「聖人デューセ、貴様か。厄介な奴め」
 女騎士は長い溜息をつき、剣を収めて、胸の前で腕を組んだ。
「…………私はこれで、お暇しよう」
 名残惜しそうだが、兵隊長が踵を返して去った。

 少女はまだ、警戒を解かない。握りしめた拳が震えている。
 栗色の髪が乱れ、服がところどころ破けて汚れていた。頬には幾筋か涙の跡がある。
 濡れた大きな茶色の瞳の凄みを、青年は美しいと率直に思った。

 急に、思い出したように少女が瞬いた。背後の男性に駆け寄り、その腹辺りに手を置いて、何かを小さく唱えた。
 次に展開された金色の輝きに、青年は虚をつかれた。それは彼のよく知る性質の聖気だ。もう一度少女の横顔を見直した。間違いない。むしろ声で気付くべきだった。

「ミスリア!?」
 青年の声が勝手に裏返った。
「はっ、はいっ!」
 反射的に姿勢をただして少女は返事をした。

「ミスリアじゃないか。まさかこんなところで会うなんて」
「え、えーと……カイルサィート……?」
 聖気を送る手を止めずに、ミスリアは自信なさそうに言った。

 二人が知り合いらしいということに、横で女騎士は怪訝そうな顔をした。

「そう、幾月ぶりだね。とりあえず大体の事情は察したよ。あの女性(ひと)のことは僕が何とかするから、もう安心していいよ」
 ミスリアは頬を緩めて頷いた。

 それまで閉じられていた男性の両目が開かれて、聖人カイルサィート・デューセは、生まれて初めて「呪いの眼」を目の当たりにした。

拍手[5回]

テーマ:<%topentry_thread_title> - ジャンル:<%topentry_community_janrename>

06:24:02 | 小説 | コメント(3) | page top↑
<<自称物書きさんに100の質問 | ホーム | 05.e.>>
コメント
--無題--

ミスリアは恐怖していないフリをしているのでしょうか?使命感や責任感を逆手にとって、グズゥと一緒にいなければならないと自分に言い聞かせて(ーωー;

いずれにせよ、お互い藁にも縋りたい状況だから、仲間は一人でも多い方が良いと言うのが本音なのかもしれませんけどね。
by: sun * 2012/03/20 15:37 * [ 編集] | page top↑
--こんにちはー(・∀・) --

う~ん、恐怖はしていますけど必死に頑張ってるというところですか。
追い詰められた鼠みたいな(笑

そこで知ってる顔を見つけたので気が抜けたのですね。
ずっと二人だけでやっていくのは難しいですし、しかもお互いにまだ丸っきりの他人ですから、ミスリアとしては心細いのでしょう。


この辺りの流れはうまく書ききれてない気もするので、いつかは加筆修正しちゃうかも…?
by: 甲姫 * 2012/03/20 21:43 * [ 編集] | page top↑
--ちょっとだけ追記です。--

すみません、質問の意味を最初理解してませんでした(ぁ

みっすーがゲズゥを選んだのにはほかにもちょっとした理由があって、それがあるから疑惑はあってもまだ妥協したくないといったところでしょうか。

もちろん、ここまで来たら他に助けてくれる人もいないので藁にすがるしかないということもあります。今離れたって彼女は一人で知らない国をナビできませんしね……。

まだまだ書き手として未熟で申し訳ない^^;
by: 甲姫 * 2012/03/21 00:15 * [ 編集] | page top↑
コメントの投稿













トラックバック
トラックバックURL

前ページ| ホーム |次ページ