20.i.
2013 / 02 / 17 ( Sun )
「冗談だって。あんま大声出すなよ。魔物や猛獣が寄ってくるぜー」
 けらけら笑いつつエンが鎖を引いた。
「魔物はいいけど、野獣には出遭いたくないなー」

「どうしてです?」
 再び地に足を付けてから、五男坊が訊ねた。
 その問いに、わかってないなー、と頭を振りながらも、エンは詳しく答えた。

「動物は侵入者を襲う時とそうしない時を判断するから、駆け引きが重要になってくる。仲間や子供が隠れてるとまた色々面倒だし。魔物はどんな時も必ず襲ってくるから対応は『倒す』の一択で、楽だ」

「はあ……楽なんですか……」
 五男坊は力なく答えた。
 そうだぜー、と静かに笑いながらエンは斜面が切れ落ちる直前まで踏み出た。ポケットに片手を突っ込み、遥か下へ視線を注いだ。

「どうする? オレの記憶してる高さのままだったら、簡単に降りれるもんじゃないぜ。荷物もあるからなー、特にお前」
 エンがゲズゥの背中をチラチラ見ながら言った。

 旅に必要な物を入れたリュックしか持っていない二人と違って、ゲズゥは荷物が多かった。
 剣帯を調整し、大剣が水平になるよう左肩から提げ、右肩には必需品の入ったバッグをかけ、その上でミスリアを背負っている。それぞれ単体ではさほどの重さが無いが、こうやって合わさるとそれなりに足が遅くなる。しかもこの状態で山肌を降りるには、バランスが危うい。

「一直線に進む必要があるのか」
「や、ちょっと北西に回ればもっと斜面が緩やかなとこもあるはずだ。坊ちゃんの家に帰るにしてもそっちのが近いしな」
「送って下さるんですか?」
 明るい声で五男坊が訊く。

「まさか。あと半日もすれば道が分かれるぜ。残りの道のりは自分で行け、少なくとも山賊団はもうお前には手を出さねーだろ」
 そう答えながらもエンはもう踵を返していた。五男坊が慌ててついていく。

「……はい……。助けて下さってありがとうございました。本当にどう御恩をお返しすればいいものか……」
「オレ何もしてないぜ。お前が本当に礼を言うべきはミスリア嬢ちゃんだし」
「わかってます。でも聖女様は、まだ眠ってます。代わりに伝えて下さいませんか」

「いーけど。せめてゲズゥには言ってやれよ。オレの方が話しやすいからって逃げんなよー」
 子供を優しく叱る時の親を思わせる口調で、エンがたしなめた。
「すみません……」申し訳なさそうに答え、五男坊はゲズゥを振り返り、闇の中でもはっきりと怯えた目を向けてきた。「彼が鬼のように強いあの頭領を負かしたって聞いて……ちょっと苦手で……」

「最初あんなに縋ってたじゃねーか。ほら、拷問されてた夜さー」
「うぅ、その時のことは忘れてください!」 
 五男坊は立ち止まり、ゲズゥを向き直った。一拍置いて、ありがとうございました、と腰を折り曲げて頭を下げた。育ちの良さが垣間見える、丁寧な礼だった。

「伝えておく」
 ミスリアに、という意味合いを込めて、ゲズゥは言った。
 顔を上げた五男坊の目には未だに怯えがちらついていたが、それでも笑んでいた。

「ところで、坊ちゃんは帰ったらどうする気だ?」
 やり取りを見守っていたエンが訊き――途端に、五男坊を取り巻く空気が凍り付いた。
「討伐隊を引き連れようなんて考えてるんならやめとけ。無駄な人死にが出るだけだ。家宝を隠すとか移動させるのも、恨み買いそうだからやめときな」
 五男坊は図星をつかれたのか、黙り込んだ。

「だからそんなことより、酷い目に遭わされたっていうアンタのお姉さんを支えてやれ。ま、余計な世話かな、これは」
「余計なお世話ですよ。助けて頂いて感謝していますが、貴方があの山賊団の一員だった事実は残っています」
 怒気をはらんだ声色で吐き捨て、五男坊はさっさと先を歩いた。

 取り残されたエンが、困ったように頬をかいた。

「痛いとこつくなぁ」
「……あの男には、想像が付かない」
 ふとゲズゥが呟いた。

「んー? 生き方を選べない人間が居るってこと? ま、貴族だって、あんまり選べる余地が無いだろうけど。そういうのとは、違うよな」
 語尾に向けて、声音が暗くなった。
「ああ。後戻りができないのとは、違う」

「どう後悔したって、選んだ道の結果も、他の道を選ぶ勇気が無かった過去は消えない。後になって、向き合うのも受け入れるのも難しいんだよ」
 エンは深くため息をついた。
「ヨン姉の消息がわかったとしても、わからなかったとしても、それからオレはどうすればいいんだろーな」

「……その時になってから考えても遅くないはずだ」
 そう答えながら、ゲズゥは歩き出した。
「だな」
 相槌を打って、エンも歩き出した。

 しばらくして二人は小走りになり、足の長さもあってか、貴族の五男坊にすぐに追いつけた。
 三人は月の無い夜を慎重に進んだ。
 遠くから、獣の鳴き声が響く。

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