04.c.
2012 / 01 / 06 ( Fri )
「あ、そういえばもう少し進んだところに馬を売る方がいらっしゃるとか。行ってみますか?」
 着替えを渡しながら、聖女が明るく言った。

「……お前の旅だ。お前が選べ」
 ゲズゥは衣服類を受け取った。

 突き放したような言い方かもしれない。案の定、聖女はどこか寂しげな顔をした。
 馬があれば移動が格段に速くなるし楽になる。しかし、買うのでは他人と関わる必要が生じる。またしても聖女が一人でどうにかするしかないわけで、ゲズゥの意思は関係なかった。

 少ない言葉からそこまでの意図を汲み取れないだろうけど。
 ゲズゥは魔物の血液などで汚れた上着を脱ぎ捨て、灰色の長袖シャツに袖を通した。四角状の長い裾は本来の彼だったらあまり好んで着ないタイプだが、この際受け入れよう。何せ、労せずタダで得たものだ。

 下着を替えるためにズボンをおろし始めたら、聖女があたふたと回れ右をした。こっちが腰布しか巻いてなかった状態で出会ったくせに、今更大げさな反応をする。
 替え終わって彼は褪せた紺色のズボンを履きなおし、藁サンダルと細い編みベルトも身につけた。

 なんというか、着替えるだけで大分気分がよくなる。欲を出せば飛び込める水場が欲しい。
 もう何日……いや何週間? 水浴びをしていないのか思い出せない。とっくに汚臭を発していよう。いつもなら気にしない点だが、聖女のほうが花みたいな爽やかな香りがするのでやや自意識が強くなる。

「あの……」
 聖女が何か言いたげだ。まだ、振り返る気になれないらしい。

 無視して、ゲズゥは黙々と身なりを整え続ける。
 短刀、曲刀、聖女が持ってきた水筒、その他の道具諸々を収めた。脱ぎ捨てた服を丸めて入れてから、袋の口紐を調整する。このくらいの大きさなら運ぶのも楽だろう。右肩にかけるように背負った。

 ようやく、聖女が振り返った。困ったように眉根を寄せている。
 何度か瞬きをしてから、言い出した。

「実は……乗せて貰うことはよくあっても、自分で馬に乗ったことが無いんです。私が育った島にいませんでしたし」
 
 薄っすらと言わんとしてることは伝わった。

「手綱を引いて連れてくればいい」
 試し乗りをしてみるかと問われれば、頑として断ればいいだけのこと。そうするとほぼ商人の勧めだけで決めねばならないのが難点だが、ゲズゥにだって馬の質を識別する観察眼がないし、一緒に行くメリットが少ない。

「乗れますか?」
「……人並みには」
「ではお願いします。ありがとうございます」
 聖女は深々と礼をした。

 礼をされる筋合いがあったか? とりあえず、黙って受け取っておいた。

 着替えも終わったし話がひと段落ついたので、ゲズゥはゆるりと歩き出した。
 その後ろを聖女がてくてくとついてくる。

 ふと空を見上げたら、綿みたいな淡い雲と青い空が目に入った。数ヶ月に渡った牢獄生活の所為で、外の景色がどういう風に変動するのか失念していたらしい。雲の流れひとつがひどく新鮮に映る。今日の空が昨日見た空とまったくの別物だと思い知る。

 サンダルで草を踏みしめる時に、時たま足の指の隙間をくすぐる、草の葉の冷たさも忘れていた。
 そんな些細な感覚さえ、生きていなければ味わえないもの。

 ちらりと聖女の方を見やった。すると、茶色の瞳が訊ねるように見つめ返してくる。
 少女が首を傾げると、ゲズゥはしれっとして再び前を向いた。

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