18.f.
2012 / 12 / 05 ( Wed )
 血と吐瀉物(としゃぶつ)にまみれた膝立ちの男が、項垂れながら呻いていた。元は丁寧に仕立てられたのであろう衣服が無様に汚れて破けている。
 一番近くに立つ人影が腕を振り上げて下ろすと、男は鞭打たれる痛みに悲鳴を上げた。
 それに応じて男を取り巻く観衆が嘲笑う。

 ――これは拷問ではなく見世物だ。
 壁に背中を預け、ゲズゥは天井に向けて煙管の煙を吐いた。つまらない。
 一通り宴が進んだ後に頭領は「余興」と称して最近拉致してきた若い男を広場の中心に引っ張り出したのである。どこぞの貴族の五男坊らしく、身なりはそのまま育ちの良さを反映して小奇麗だった。それも最初のうちだけだったが。

 水責めにかけられ、鞭に打たれ、爪を剥がされて。男はそれでも思い通りの情報を吐いていない。
 だが山賊団の方に焦りはまったく無い。家への責任感と自覚が比較的薄い五男が折れるのは時間の問題であり、しかも、既に次女から引き出すべき情報を残らず搾り取っているらしい。これは言わば答え合わせだ。幾つかの別荘を含んだ広大な敷地を、効率良く襲う為の準備。

 ちょっと強姦しかけたら家宝の在り処を全部教えてくれたそうよ、とアズリは微笑んで話していた。それはゲズゥにとっては何も感じない話だが、隣で聞いていたミスリアの表情が揺れたのは知っている。
 今もドレスを縁取るフリルを握り締めて茶色の瞳に涙を溜めている。

 どうして当事者でも何でもないミスリアが苦しがるのか、ゲズゥには考えが及ばない。
 例えば、自分に置き換えて感情移入をしているとか?
 ならばと思ってゲズゥも拷問されている男の立場に自分を置き換えてみた。

 特に何も感じない。
 そもそも以前似たような目に遭わされたことは何度かあった。肉体というのは器用なもので、「死にたいくらい痛かった」という認識が脳に残っているだけで、身体は明確な感覚をもう忘れている。脳が嫌な思い出を消去するのと同じくらい、生き続ける為には必要な処置かもしれない。

 きっとこの少女は、目の前で苦しんでいる男の痛みとリアルタイムに同調しているのではないか。そう仮定してみたら納得できそうだった。
 相手が誰であっても、心を拡張して取り込むのが何故か、それだけは謎である。

「な、んで……こんな酷い真似を……」
 澄んだ声が漏らした疑問は、すぐ隣に立つゲズゥにしか聴こえなかった。独り言かと思ったが、その声には回答を求める痛切な響きがあった。
「奴らにしてみればただの娯楽だ」
 なので、身も蓋も無い事実を答えた。

「理解できません」
 涙が白い頬を伝った。
「そうだろうな」
 ゲズゥはまた煙を吐いた。

 生きる上で、奪う・奪われるの関係性は当たり前のように在る。いくらミスリアでもそれはわかっているだろう。
 その上で、彼女にはまだ見えていない、業の深さ。

 ――必要な時に必要なだけ奪って生きるのと、組織立って略奪を生業としているのとでは違う。
 酒と快楽に溺れ、声を上げて笑っている観衆が抱える歪みを見れば明らかである。朝から晩まで健気に働く心を持たずに、他者から奪って楽をしようとしている。奴らはそれを当然と思い、他者を積極的に蹴落として嘲笑っている。

 ゲズゥは顔をしかめた。
 果たして他者を喰らうことに「何も感じない」自分と、「快楽を感じる」奴らに、如何ほどの差があるだろうか。
 いや、自分は割り切っているだけで何かを感じてはいるのか?

 突き詰めれば、どうでもいいことだった。
 滅びた一族に代わって生き延び、従兄との約束を果たす。そればかりを想ってどんな生き地獄でも這い続けた。そしてアレが何処かで元気にしていれば、それだけで充分だった。
 ――充分だった、はずだ。

「あの人は、どうなるんですか」
 ミスリアが小さく問うた。
「……最終的には殺されるだろうな」
 答え合わせが済めばそこまでだ。帰して泳がせる必要も無ければ、身代金を要求するまでの人物でも無い。

 ならば後に不安要素にならないように消しておくべきである。

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