16.d.
2012 / 09 / 30 ( Sun )
 間もなくして姿を現したのは、十人もの男だった。多勢に無勢とはよく言ったものである。輪の形で、ミスリアたちは完全に囲まれていた。
 十人くらいならゲズゥには倒せるのではないか、と考えたりもするけれど、素人の考えは当てにならない。それに、目の前の敵を全員倒せたところでまた遭遇しないとも限らない。ここはやはり、山賊団の規模を把握した方が良いのだろう。

「うっひょー、久々のカモだぁ。連れ帰ったら姐さん褒めてくれっかな」
「何で姐さんがお前を褒めンだよ。南を見て来ようって提案したのオレだかんな」
「どうでもいいけど何だこの組み合わせ。珍しくね? 駆け落ち? 兄妹で家出?」
「普通、お嬢ちゃんはこんな危ねートコ居ないよなー」

 男たちは余裕綽々と互いにお喋りを始めた。各々、手に何かしら武器を持っていて、隙が無さそうなのは素人の目にもわかる。
 彼らは全員、その気になれば簡単に背景に溶け込めそうな濃い緑や紺色の服を身に纏っていた。
 先刻言われた通りにミスリアは始終黙っていた。けれども無意識にゲズゥの背に隠れ、彼の灰色のシャツの裾を握った。

「金目の物持ってなさそーだけど」
 ミスリアの視界の右端に居る男が、じろじろと嘗め回すようにこちらを眺めている。
「何だっていいだろ。山に入った人間をどうするかは頭が決めるこった」

 中心の、十人の内のまとめ役らしい男が前へ出た。多分二十代後半くらいの歳だろう。ゲズゥ程ではないけど背が高く、同じく細身の筋肉質といった体型である。
 彼の、顔の左半分の凝ったデザインの刺青が何よりも目に付いた。
 刺青の男は直刀をスラッと抜き、その先をゲズゥの顎に当てた。

「お前結構デキるみたいだけど、変な真似しないでくれよ。大人しく付いてきてくれたらヤサシクするぜ。余計な傷も付けないでやるから、どうよ」
「…………」
 瞬きの一つすら、ゲズゥは微動だにしない。
「無言は肯定と受け取るぜ。お前ら、コイツの武器一応没収しとけ。んで、二人とも適当に縛っとけ」
 刺青の男は武器を鞘にしまうと、顎で仲間に合図した。

「うーい」
 近くに居た男二人が手際よく、ゲズゥの腰の短剣と背中の大剣を引き剥がした。
「にしてもデケー剣だなぁおい。こんな形初めて見たぜ」
「重っ……。こんなん振り回せんの?」
 男たちはブツブツと呟き合った。

「お嬢ちゃん、そんな怯えなくてもいいぜ。別に殺しやしねーさ。すぐにはな」
 背後からそんな言葉をかけられ、ミスリアは震えが増した。縄をかけながら触れてくる手の感触が、気持ち悪い。
 ゲズゥを見上げると、彼は気付いて目だけ動かした。何の感情も映し出さない、黒曜石のような右目と一瞬だけ目が合うと、不思議とミスリアの不安も和らいだ。

「アニキ……オレ、この野郎の方、どっかで見た気がするんだけど……」
 若い男の一人が難しい顔をして呟いた。
「んー? ムカつく顔だよなあ。オレもどっかで見たことあるような気はするけどな――」
 刺青の男は振り返り様に、ゲズゥを殴り飛ばした。悲鳴を上げそうになるのを堪えて、ミスリアは息を飲むだけに留めた。

「ま、その内思い出せばいいってこった」
 男は興味をなくしたようにさっさと先を歩いてしまった。
 ゲズゥは血の混じった唾を吐いた。

 彼はミスリアに向かって、声を出さずに唇だけを動かした。その意図を受け取って、ミスリアは小さく頷いた。
 ――「治すな」――それは、聖女だと知られたら面倒が増えると言う旨のことだった。

_______

 二日二晩、連れ回された。
 道中、何度か魔物に襲われたりもしたけれど、そこは流石は組織である。十人の山賊は巧みな連携を用いて、あっという間に敵を倒した。いっそ感心を誘う手並だった。
 彼らの存在が山中の動物に知れ渡っているのか、熊や山猫に至っては近付いてすら来なかった。ミスリアは洗練された集団の凄さを見せ付けられた気分になった。

 そうしている内に、件の洞窟の入口の一つに、一同は着いた。
 時刻は既に深夜である。疲弊しきっているのに眠くないのは、それに勝る緊張感からだろう。
 林道が途切れるまで山肌を回り、崖を降った所の、岩と岩の間に隠されたような場所に入口はあった。そこにあるとあらかじめ知っていなければ絶対に見つけられないような位置である。

 洞窟の中を歩くと、三十分後に広い場所に出た。
 冷たく湿った空気が微かな風にかき乱されている。
 天井がどこか開いているのか、月明かりが広場の中心を明るく照らしていた。

「ただいまー。ヴィーナ姐さん、いるー?」
 刺青の男は見張りの男に手を振った。
「いるわよ」
 奥の暗闇の中から女性の声がした。

「お帰り。あの人ならまだ戻ってないわ」
 おっとりとした、急がない話し方だった。

 シャラン、と宝石やアクセサリー類特有の音を立てて、女性は影から踏み出した。
 月明かりに照らされたのは目を疑うほどの絶世の美女だった。

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