14.d.
2012 / 07 / 11 ( Wed )
「ははははは! 貴様はずっと前から鬱陶しくてならなかったんだ。お互いに自由の身になれた今だからこそ、こうしてやれたのさ」
 聞き覚えのある声は紛れも無く彼女のものだ。返事のできない相手に好き放題言い放っている。
 
 ミスリアはこみ上げてくる感情の名を知らない。何故だか息のし方が思い出せない。
 今までで人が死ぬ場面にも、生まれる場面にも、立ち会ったことはある。けれども人があからさまに殺される場面は、初めてだった。
 
(どうしてあの人は、簡単にそんなことをするの。どうして、笑っているの)
 訊ねたところで、どんな返答が返ってきても自分に理解できるとは到底思えない。
(ゲズゥなら、殺した後はどういう反応をするのかしら――)
 脈絡も無いことを思った。大分混乱しているらしい。
 
「セェレテ卿、貴女は近いうちに処刑されると聞いたのですが」
 口を挟んだカイルの声は普段よりも低く、警戒に満ちている。
「聖人デューセ、残念だったな。私が死人に見えるか?」
 彼女はそうして高笑いをした。
 
「見えませんね。貴女は魔物ではなく生きた人間です」
 冷ややかにカイルが答える。
「ならそこの男の仲間に入れてやってもいいが」
「それはしなくていい」
 ゲズゥが何でも無さそうに提案したら、カイルが即座に却下した。
 
 ミスリアは目を瞑り、口から一度大きく深呼吸をする。カイルのシャツを握る手の力を抜いた。今度は鼻だけで深呼吸をする。そうしていくらか気持ちが落ち着いたら、カイルの腕の中から抜け出た。
 
(よく人がいきなり現れる日だわ)
 ため息を飲み込み、ミスリアは倒れた男の首から剣を抜く女性の後姿を捉える。奥歯をかみ締め、目を逸らさずに見届けた。
 
 女性はベージュ色の麻のブラウスに群青色の麻ズボンといった、身軽そうな格好をしている。
 顎までの長さの、薄茶色の髪は毛先が微妙に揃っていない。――薄茶色?
 彼女はこんな容姿だっただろうか?
 
 くるりと、素早く女性が振り返る。
 不敵な笑みをたたえている二十代半ばほどの女性は、紛れも無くシューリマ・セェレテ卿だった。
 
「化粧か何かでそばかすを誤魔化しているのですか?」
 カイルが訊いた。
「まあ、そんなところだ。顔を知る人間なら近づけばすぐにわかるだろうが」――彼女は息絶えた元兵隊長を顎で指し――「遠くからはわかるまい。処刑が済み、人々に忘れ去られるまでは、一番の特徴を潰しておけと殿下のご命令だ。染め粉を手に入れるのには苦労したな」
 
「処刑が済むというのは、貴女の身代わりに立てられた罪無き別人のことですか?」
 己の舌から転がり出た言葉と声の冷淡さに、ミスリア本人さえも驚いた。
「さて、別人ではあるが、罪の有無はどうだろうな。何かしら裏のある人物をついでに私に仕立て上げて消すのかも知れん。殿下ならば一つの石で二羽も三羽も鳥を打ち落とすのが常だ」
 セェレテ卿は自慢げに答えた。どうやらオルトファキテ殿下が彼女の解放に手を回したのは間違いないらしい。
 
「それよりも、私はちょうど貴様に用があったのだ、『天下の大罪人』」
 剣で空を切り、セェレテ卿が血に濡れた剣先でゲズゥを指した。といっても、剣先は彼より五歩以上は離れている。
「……貴様、『戦闘種族』だろう?」
 楽しそうに彼女は笑う。新しい遊びを見つけた子供のようだ。
 
 聞いた事のない単語に、ミスリアは首を傾げた。カイルを仰ぎ見ても、彼の瞳にも疑問符がちらついている。
 ゲズゥは、一見何の反応も表していない。ところが剣の柄を握る右腕に力がこめられるのを、ミスリアはしかと見た。
 
「剣を交えた時に確信した。私の速さについて来られる人間などそう多くない」
「確信したということは、お前もそうか」
 抑揚の無い声でゲズゥが応える。
「ほう? とぼけるな、貴様とて私に気付いただろう。我々は互いに互いを認識できる。まさか『呪いの眼』の末裔に戦闘種族の血筋が混じっているとは思わなかったが」
 セェレテ卿が鼻で笑う。
 
(戦闘種族って、呼び方からして戦いに特化した人間のことかしら?)
 アルシュント大陸での「人種」とは――血の繋がりによって遺伝する、身体的な特徴を共有した少数派人間を意味する。それぞれを、共有する特徴で括って「何々種族」と呼ぶが、その分類の仕方は結構おおまかである。どれもが呪いの眼の一族のようなわかりやすい特徴を有している訳ではない。
 
 総ての種族で共通しているのは、どれも少数派であることだけだ。そのため、本人たち以外に存在を知られていなかったり、歴史の流れと共に埋もれることが多い。
 
「――共に来い」
 セェレテ卿の次の発言は意外過ぎるものだった。剣を下ろし、空いた手をゲズゥに差し出している。
 ミスリアとカイルは目を瞠った。
「殿下に従え! 貴様の実力なら我々にとっては即戦力となりうる。どうだ、オルトファキテ・キューナ・サスティワ殿下の下でゆくゆくは大陸を手に入れようじゃないか」
 
「無茶苦茶なことを仰いますね」
 苦笑交じりにカイルが呟いた。
「別に貴様らは誘ってないぞ。何処へなりとも行けばいい、私は追わない」
 セェレテ卿はカイルに向けて、しっしっ、と追い払うように手を上下に振った。

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