2-3. d
2018 / 08 / 22 ( Wed ) そのまま、数分間動かずに過ごした。 真向いのベンチの下で、大小さまざまなハトたちが、たい焼きの食べ残しらしきものを激しく取り合っていた。気分が未だに優れない唯美子には、羽根がけたたましく飛び交うさまが目まぐるしい。まじまじとは見たくないものだった。けれども蛇は元来肉食であるはずだ。あの鳥はナガメには美味しそうに見えたりするのだろうか、視線がぼうっとそちらに注がれている。 「大体思い出したみてーだな」 どこか無機質に彼が問いただす。うん、と小声で応じると、それからナガメはぽつぽつと足りない部分を補足してくれた。 「ついてくんなとは言われたけど、ひよりは俺の眷属の姿形を知らなかった。鉄紺・栗川に離れた場所から様子を探らせてたんだ。だから、ひよりが式神を飛ばして助けを求めた時、早くに気付けた」 式神とは実体の無い霊的存在を使役する呪術らしい。映画や漫画の中ならともかく、それが身近な人間の名と一緒に挙げられるのが不思議だ。 「おばあちゃんが……?」 「あいつはそういう判断に手間取ったりしない。自分の手に負えない事態だってわかった時点で、術を発動したんだろーな」 それでも呼ばれてから駆け付けるまでに十五分はかかった。 二匹の獣は、水中で対峙した。ナマズは最初から「ミズチ」と取引をするつもりもなければ追い払う気もなく、徹底的に始末する心積もりだったそうだ。 状況の不利を覆したのは、ナマズの意識の外にあった、人間の動きだった。 「人質を取られていてもひよりの機転でどうにかなった。あいつが隙を見つけてゆみを助け出して、後は」 「きみが金色のナマズを倒したんだね」 「ん」 語る過去が尽きたかのように、青年は言葉を続けなかった。 そよ風が、彼の黒い前髪を無音に揺すっている。 (昔のわたしはあれがナガメの別の姿だってわかってたのかな) どうやっても思い出せそうにない。だがその後に何があったのかは、忘れていたのが信じられないくらいに、今でははっきりと思い出せる。 あの日を境に家族の歯車が合わなくなった。 転勤を以前から考慮していた父が何日もかけて母と言い合い、環境を変えた方が唯美子の為だとの主張を押し通したことや、引っ越し先の新しい職場になじめなかった母がどんな顔で夜帰ってきたのかなど、鮮明に思い出せる。両親の仲は冷める一方で、別居、離婚、と物事は知らぬうちに展開していった。 どちらが唯美子を引き取るかでまた、何週間も揉めていたように思う。最終的に父のもとに残ったのにはいくつか決定的な理由があったのだろうが、いずれにせよ家族がバラバラになってしまった。とても、とても悲しかった。 ちなみに父は唯美子が中学生の時に再婚した。相手に連れ子がおり、急に兄ができた。今ではそれなりに仲は良好で兄夫婦の家に遊びに行くことも少なくないが、当時はずいぶんと戸惑ったものだ――。 記憶の川を漂い始めて数分。お互い黙り込んでいるのがはた目には変だが、決して嫌な空気ではない。 「ね、責任、感じてたりする」 急な問いに、ナガメは黒い瞳をぱちくりさせた。 「責任って何の?」 「んーん、やっぱなんでもないや」 唯美子は所在なげに足をぶらぶらさせる。 家族というものを、きっと彼はあまり理解できていない。爬虫類には卵生ではなく胎生の種もいれば子を大切に育てる種すらいるらしいが(再会して以来、何度か蛇の生態を検索にかけて知った)ナガメが自責の念に駆られているとは考えにくい。もちろん、責めたいとは思わない。 「でさ、ゆみ。来週末ひま?」 競うように急な問いが返ってきた。今度はこちらが目を瞬《しばた》かせる番だった。よくわからないままスマホを取り出し、カレンダーアプリを覗いてみる。 「今のところ予定はないよ」 「じゃーちょっと出かけるか」 「え、きみとわたしで?」 「他に誰がいるんだよ。狸野郎のとこ、行こうぜ」 狸野郎とは、彼が以前に言っていた「やどぬし」を指しているのだろうか。ナガメの交友関係には興味あるものの、またどうして、そんな話が出るのか。 「突拍子のない提案だけど……その心は……?」 長くなったので分割しました。次の記事で三章終わりっす。 |
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