60.c.
2016 / 07 / 25 ( Mon )
「観察力が足りぬな。まあいい、別人だと私が教えているのだから、そのまま鵜呑みにするが良い」
「わかりました」
 ミスリアが素直にそう答えると、相手は気が済んだように話題を変える。

「周知のとおり、我が組織とその方らの団体の関係は決して良好とは言えない。だがそんな悠長なことも言っていられなくなった。癪な話だが、我々の管轄とその方らのそれとの境界線が、近年曖昧になってきている」
 彼は刺青の施された右の拳をゆっくりと握り締めた。
「ゆえに……しっかり励め」

 顔は依然として見えないままだが、この人からは茶化したり見下ろしているような素振りは感じられない。これまでに会ってきた組織の他の成員に比べて、話が合いそうだなと感じてしまった。
 誠意を込めて応じるべきだと判断した。

「命ある限り、心身ともに使命に尽くすことをお約束します」
 通常の挨拶のスカートを抓み上げる礼ではなく、心臓に手を当てて深く腰を折る礼をする。
 すると、次に会話が続くまでにまた数秒の間があった。

「己の命の使い道が早い内に決まることは、神々からの祝福であり、そして呪縛でもある。その方にも、いつか決断を迫られる日が来よう」
「決断ですか?」
 顔を上げようとした。そこに、ぽすん、と頭に重みがのしかかる。

「抗うのもひとつの勇気だ。『個』を安易に手放すなよ、聖女」
 わしゃり、と一度だけ髪を撫でられる。
 言われた意味がわかりそうになった頃にはもう、深い紫色の後ろ姿が遠ざかりつつあった。

(もしかしてあの人は私を通して別の誰かを見ていたのかな)
 出会って間もない人間への接し方にしては、向こうの距離感が意外に近かった気がした。次に自然に思い当る節は、別人と重ねて接していたのではないかということ。
 ミスリアはのんびりと思考に耽りたい気持ちを振り払って、歩き出した。

 猊下による連日の召集は今日で最後だった。必要な情報も出揃ったところで、要点を忘れない内に、仲間たちの元に行かねばならない。
 寄宿舎の方を目指して歩を進める。その道中に、会おうと思っていた護衛の片割れを見つけた。

「リーデンさん、それに聖女レティカも。こんにちは」
 驚きを隠さずに話しかけると、二人が笑って振り返った。珍しい組み合わせだな、と思ってミスリアは首を傾げる。
 それぞれ挨拶のやり取りを終えると、どうやら彼らが教団の庭の造形を共に観賞する仲であることが判明した。

「えっと、今後の予定についてお話があります」
 そのようにして本題を切り出す。
「わかったー。僕らが借りてる部屋にでも集まる? 兄さん呼んどくよ」
「お願いします」

「ではわたくしはこれで」
「あ、待って下さい」
 話の流れで立ち去ろうとした聖女レティカを、なんとなく引き留めた。
「聖女レティカも同席してくれますか? 私一人で語るよりは貴女も居てくれた方が、色々と話が整理しやすいと思います。お忙しいのでしたら、無理にとは言いません」
「わたくしでお役に立てるのなら、喜んで」

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