60.b.
2016 / 07 / 22 ( Fri )
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 近頃何かと気を張っているけれど、召集ではまた違った神経のすり減らし方をしたものだ。
 先ほどの話し合いを思い返し、ミスリアはため息を吐きそうになる自分を制した。考えを整理する為に一度深呼吸をすると、それはため息と大して変わらない気がした。

 此処は教団本部の中庭の一角である。大きく息を吐いて誰かに聞かれでもしたら、恥ずかしい――そう思って辺りを見回すと、こちらをしっかりと見向いている人物と目が合った。その者は、深い紫色の衣で何重にも身を覆っていた。目と口以外、露出している部分が無い。

 首に提げられている身分証が目に入らなかったとしても、この人を見間違えたりはしないだろう。

「こ、こんにちは」
 ミスリアは急いで敬礼をした。相手に声を掛けられるまでは、下げた頭を上げない。
 しばしの間があった。
「その方、疲れているようだな」
 男とも女とも取れない、中性的な声が頭上から降りかかる。ため息を指しているのだとわかって、頬に熱が走った。

「大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「気遣ってなどいない、疲労は期せぬ失態を引き起こすと言っている」
「気を付けます」
「そうしろ。ああそうだ、小さき聖女。その方は聖獣を求めて北上するそうだな。我が組織からも同行者を出す」

「え……!?」
 思わず顔を上げて目を見開いた。赤みがかった琥珀色の双眸が強い眼差しを返してきた。
「我々も、北に用があるからな」
「それは勿論わかっていますけれど」
 ミスリアは言い淀んだ。

 彼らが調査している案件とミスリアの旅路が交わる可能性は大いにあると、先刻の話し合いを通じて理解している。
 しかし対犯罪組織ジュリノイの人間には正直、いい思い出よりも悪い思い出の方が多い。有事の際にゲズゥたちとの連携がうまく取れるとも限らないし、この段階で旅の人数を増やすのは不安だ。どう断ればいいのか、逡巡した。

「その方らの総帥には既に話を通してある」
「総帥……? 教皇猊下のことですか」
「ああ、そういう役職名だったな。そうだ。人選も私が直々に下したゆえ、生死のかかった場面で信用できるかの問題は無い。その方の命に危険が及ばぬように動けと、命令してある」
 組織の上役にそこまで用意してもらったとなると、異を唱えることができない。しかも教皇猊下の承諾済みとあっては――
 ぐっと顎を引いて、頷いた。

「承知しました。わざわざ手配をして下さってありがとうございます。サエドラの件でも、お世話になりました」
 ミスリアが礼を言うと、相手は不思議そうに眉を吊り上げた。
「サエドラ? ああ、ウフレ=ザンダの辺境の町か。報告は聞いたが……もしや小さき聖女、人違いをしているな」
 相手は左手で右腕の長い袖をまくり上げて、拳を開いた。

「あの場に赴いたのは私ではない。その方が会った者は、刺青が手の甲にあったのではないか」
 ずいっと差し出された手は無骨で、骨格が男性寄りとも言えなくも無かった。
 組織の成員らしく、神ジュリノク=ゾーラを象徴した独特の刺青が彫られている。「総ての悪事と嘘を見通す眼」の部分が掌に始まり、「正義を執行する斧」が手首より少し下の位置までに続いている。

「……よく憶えていません」
 ジュリノイの代表者たちは基本的に顔を隠すものなのか――目の前の彼は瞳と唇しか見えないし、サエドラで会った人間に至っては、頭からローブを被っていて、息をする為の網みたいな部分があっただけだ。

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