59.b.
2016 / 06 / 30 ( Thu )
 胡散臭い笑顔に崩れは無い。だが表情に変動が無くとも、言葉の吐き方から異変を感じ取った。
 ゲズゥは右手で木剣を拾った。特に予告なく、腕を振り上げる。

「お前も、人のことが言えない」
 教団本部に着いてから数日経つが、リーデンも機嫌が悪いようだった。
「まあ、ね!」
 カンッ! と小気味いい音が響く。ゲズゥが振り下ろした剣の軌道を止めたのは、同じような練習用の木剣だった。おそらくは魔物退治を想定して基礎戦闘能力を鍛える、聖人聖女たちが使うものだろう。

 切り結んだ二本の剣が離れる。リーデンはサイドステップで体勢を立て直し、すかさず脇腹狙いに薙いだ。
 ゲズゥは剣を垂直に立てて、その一撃をいなす。今度はこちらが攻めに出た。三、四度ほど衝突を繰り返し――片手単位での腕力の差から、リーデンの方が余裕が失われつつあるように見えた、が。

「ミソギなんてさ、絶対馬鹿にしてるよね」
 ――ガン、と一歩踏み込んだ重い攻撃が来た。受けながらも腰を落として、重心を安定させて押し返す。
「聖水とやらを浴びれば浴びるほど左眼は痒いし、痛いし」
 カンコンカン、と続く衝突。話す度に勢いが増しているようだった。

「……それは」
「あらかじめ眼球を身体から取り出してれば対処できるかもって話でしょ? でも、二十歳超えてからじゃないと眼と本体の『自己認識』の接続が不安定だから、僕はまだダメだよね」
「ああ」
 弟は、以前こちらが教えた呪いの眼の実態をしっかりと記憶していたらしい。特に挟む言葉は無く、独白のような愚痴を剣撃と共に受け流した。

「まるで僕らのことを、人間じゃないみたいな」
 段々と攻撃の間隔が短くなる。
「汚いゴミって、言ってるみたいで、さ!」
「そこには同感だ」
 反撃の隙を見つけてゲズゥは身を翻した。リーデンにとっての右側から、左側へと移る。
 両利きのリーデンは自由に剣を右から左へと持ち替えられるため、不利な側は無い。が、右利きのゲズゥには有利な側がある。完全に対処される前に何度か打ち込んだ。

「僕らの聖女さんはそんなこと思ってないだろうけど、だからって、こんな場所!」
 荒く振り下ろされた木剣を、ゲズゥは左手で受け止めた。衝撃がじんじんと皮膚を伝うものの、握り込んで放さないようにした。
「落ち着け」
 勿論、この場所にはゲズゥも色々と思うところがあった。そして弟が何故ここまで苛立っているのかにも心当たりがあった。

「大方、昔に重ねているか」
 互いに左右非対称の視線がかち合った。
「…………」
 饒舌が取り柄の弟が珍しく押し黙るのは、図星だからだろう。実際にゴミを漁って生き長らえていた頃、教会や慈善施設の食糧配布の列に並んでみたこともあった。

 それに際してはあまりいい思い出が無いので、ゲズゥはすかさず忘れた。
 どの道、子供の頃の記憶は曖昧だ。だがどんな想いをしたのかは、ずっと心の奥底に残ることもある。

 此処では、ミスリアに同伴して祭壇の間に行くことはできない。敷地内も常に誰かに見られているような緊迫感と不快感があり、一定の期間のミソギを終えるまでは入れる建物よりも入れない建物の方が多い。
 ゲズゥはイマリナ=タユスの大聖堂などで似た度合いの拒絶を知ったが、リーデンは初めて経験するはずだ。鬱憤が溜まるのも仕方ない。

『偉業を果たした聖人聖女は、生きながら祭り上げられるんだ』
  祭り上げられるってのはどういうことだったか――そう言った白髪の男の声がふと脳内に蘇って、今度はゲズゥの方が苛立ちを覚えた。

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