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2016 / 06 / 16 ( Thu ) そこでミスリアはぐっと顎を引いて押し黙った。 実際見てないのだろうなと思った途端、まるで見計らったかのようにリーデンの肩掛け鞄が太ももに重くのしかかった。(タイミングすごいね) 存在ごと忘れ去っていた内容物は、なんとこの話題にぴったりと合っていた。鞄を開けて、掌サイズの革製小袋を取り出した。 「ちょうどいいから渡すよ。生誕祝いのプレゼント。こういう祝い事では交換するもんだよね」 袋を差し出すと、少女は両手で受け取った。 「えっ。でも私、何も用意してません」 「いいっていいって。開けてみてよ」 促されたままにミスリアは赤紫色に染められた小袋をそっと開いた。中身は黄銅でできた楕円形の手鏡だ。裏面の細工はかなり緻密で、職人のこだわりがよく見て取れる。 「これ、すごく高価なものじゃないですか!?」 「全然ー、君が首から提げてる魔法アイテムよりは安上がりだよ」 仰天する彼女に適当に答えるが、実際にあのペンダントにいかほどの価値があるのかはリーデンには計り知れない。銀細工には金銭的価値が発生するだろうけれど、水晶の部分はおそらく換金できない。 教団関係者など、その価値を理解して更に「引き出せる」者ならともかく、一般人にあの水晶を扱うことはできない。ただの石ころ同然だ。まじないのように持っているだけでご利益があるとしても、それは奇跡の力や結界とは程遠い。 「それでも、私も何か用意するべきでした。すみません」 萎れた花みたいになってしまった彼女がしのびない。リーデンは何かしら良案を探した。 「そうだ、交換する贈り物がモノでなきゃならない法則は無いでしょ? こうしよう」 いいことを思いついた! と、人差し指を立てる。 なんでしょう、とミスリアは目をぱちくりさせた。 「僕は君の歌が聴きたいな」 「歌? そんなものでいいんですか」 「ん。得意なんでしょ」 「別に得意というほどでは」 「またまたぁ、洗濯物をしてる時とか歌ってるの聴いてるよー。高音すごいキレイに伸ばしてるよね」 これは嘘ではなかった。本人はこっそりやっているつもりだったのか、忽ち赤面した。 「き、聴こえてたんですか」 「兄弟揃って耳が良いからねー」 兄を引き合いに出したのと時を同じくして、他の二人が手持ち無沙汰になって戻ってきた。 「お願いー」 「……わかりました」 ついにミスリアは承諾した。そうと決まったらリーデンはイマリナを誘って敷き布の上に腰を落ち着けた。 歌い手は公園の樹に寄りかかって咳払いをする。その樹にさっさと登って消えた人影に関しては、何も言うまい。 透き通った旋律が紡ぎ出される。 彼女の故郷の歌だろうか、歌詞はところどころ共通語以外が交じっていた。 宝の島を目指した冒険者が嵐に呑まれる物語だった。やがて彼の帰りを待つ恋人の元に、不思議な色の泡沫が届いて、恋人は懐かしい人の夢を見る、とかなんとか。 「泡沫、か…………ねえ、マリちゃん」 なあに? と垂れ気味の黒い瞳が無邪気に問い返す。 「幸福ってさ、シャボン玉みたいだと思わない? 大きく膨らめば嬉しいけど、比例して、割れた時の虚脱感がひどいんだ」 子供の頃から自分たちはずっとこうだったのだ。親の愛情に包まれて、村の皆と共に遊んだり、やがては友人たちと支え合いながら成長して――そんな当たり前のはずの時間が、あまりに短かった。 幸せが必ず終わるものなのだと、身をもって知ってしまった。 こんな見方で人付き合いなんてできるはずが無い。終わりが怖くて、何も始められなくなる。 「二人ならそんなものさえ覆してくれるんじゃないかなって、期待してる。たとえいつかは終わってしまっても、思い出がいつまでも人生を潤わせてくれるような、濃厚な絆をね」 |
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