40.c.
2015 / 02 / 14 ( Sat ) 沈黙が訪れ、二人の男は顔を見合わせる。 先に銀髪の美青年の方が動いた。肩を竦め、指の間に挟んでいた輪状の武具を帯に収めてから、口を開く。「まあ、聖女さんがそう言うなら。引き下がってもいいよ」 「聖女……って、まさかあなたたち巡礼者なの?」 「そういうことになるねぇ」 美青年の発する涼やかな言葉は、耳に残るような流暢な発音で綴られていた。それなのにどこか人を馬鹿にした印象を受けるのは何故なのか。 銀髪男が答えている間に、黒尽くめの男は少女を横抱きにして連れてきた。いつの間にか少女の濡れた外套を脱がせて代わりに自身の黒いコートで包んでいる。 外套なしの姿になった男は、土色の長袖の上に袖なし革ベスト一枚といった薄着なのに、何故か平然としている。 「お騒がせしてすみません。私は聖女ミスリア・ノイラート、この二人は私の旅の護衛です」 少女は頭をぺこりと下げた。睫毛が寒そうに震えている。 (野郎どもはともかく、この小さな自称聖女はどこからどう見ても無害そうね) 彼女もぺこりと頭を下げることにした。身構えていた体勢を休めて、応じた。 「あたしは、ティナ・ウェストラゾ。こっちこそ、いきなり近付いてごめんね。怖がらせたなら尚更ごめん」 「大丈夫ですよ、気にしないでください」 「ならいいわ。ありがとう」 「ティナさんこそ怪我されませんでしたか」 「平気よ。服が少し切れただけ、こんなの大したことないわ」 「それを聞いて安心しました」 男どもに対する警戒をまだ完全に解かないまま、ティナは笑ってみせた。聖女ミスリアも微笑みを返す。 「ふうん。それだけ?」 せっかく和んできた場を、銀髪の男が妙な質問を挟んで邪魔をした。見れば奴は顎に手を添えて、良く整った顔を笑みの形にしていた。気に障る笑い方だ。 「それだけって、どういう意味よ」 つい突っかかるような応答を返した。 「んー、名前のこと。それで全部なのかなって。ティナちゃんって、戦闘種族だったりしない?」 「…………」呼び方の馴れ馴れしさと、その単語に対してもムッと来るも――「知らないわ、そんな種族。初耳よ」と不快感を顔に出さぬように努めた。 「本当にー?」 「リーデンさん……失礼が過ぎないようお願いします……」 ミスリアが苦笑い交じりに護衛の詮索好きに制止をかけた。 「あはは、それもそうかー。僕はリーデン・ユラス・クレインカティ、よろしくね」 「!」 あまりに軽々しく名乗ったので、耳を疑った。冗談なのか本気なのか判断がつかない。 (まさか流行の偽物……!?) 業界によっては特定の種族であるだけでかなりの増給が望める。それだけに金目当てで名を騙る連中は絶えない。 (この娘も詐欺に遭ってるんじゃ――) しかし、先程の戦いが脳裏にちらついて、ふいに心当たりができた。ティナは未だに一言も発していない男の方を見上げた。 「あんたも『そう』なの?」 訊ねたら、黒髪の男はどこへともなく視線を逸らして答えない。 (無視されてる?) 問い方が不明瞭だったからだろうか。言い直そうかと逡巡している内に、またもやもう一人の男が口を出した。 「質問に答えて欲しければ、そっちも手の内を明かせ――みたいなこと思ってるみたいよ」 「は?」 「この人が喋る気になるまで待ってたら日が暮れるから、僕が通訳してあげる」 「はあ……何よそれ」 このままでは話が進まないし、手の内を明かすつもりも無かった。ティナは男どもとの会話を中断してミスリアの方に声をかけた。 |
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