4.取り戻す男、ゲズゥ - e
2021 / 04 / 09 ( Fri ) 見張りの男がひとり、階段を下って消えていった。ほどなくして、微かな足音が戻ってくる。 しかしその足音の主を確認できるより前に、別の方向からけたたましい音がした。家の中から誰かが出てきたのである。「何をもたついてる。あんまり遅いから、おれ自ら出迎えにやってきたぞ」 「戻れ。話をややこしくするな」 現れた雇い主を掌で押し戻しながら、例の男が厳しく諫めた。だが既にその顔を見咎めた町長が、無遠慮に指を指す。 「きみは! そうか。今回のことはきみの家が絡んでいたのだな」 「ふん。父上がぼやいていたぞ。お前たちの家がいつもいいとこでうちの商売の邪魔をするって。だから今度はおれが邪魔をするんだ。来月の祭の準備、食糧調達から要人の接待まで、全部お前に任されてるらしいな。自分には荷が重いとか言って辞退しろ。そんでうちがその穴を埋めて大活躍、そっちは地位と信頼を失えばいい」 「短絡的な……父君が知ったら、失望するんじゃないかね」 「バレなきゃいいんだ。お前さえ黙ってれば」 「商売を妨害するにももっといろいろとしたたかにやれるものだ。だいたい私が辞退したところで、きみたち以外の別の者が代わりに選ばれるとは考えないのかい? そんなだからいつまで経ってもきみは跡目に選ばれない」 「う……うるさい! 知った風な口をききやがって」 指さされた男は怯んだように間を置いてから、喚き返した。成人済みの男にしては言動にどこか幼さが感じられる。一方、町長は相手の目的を知った余裕からか、いくらか冷静さを取り戻して対峙していた。 会話を聴き取りながらも、ゲズゥの視線は今なお地下への扉を捉えていた。開(ひら)けたままの、闇への穴。地上でのいざこざを聞きつけたのだろうか、階段を上がる足音は警戒気味に遅くなっている。 そうして押し出された人影は小さく、女のものに間違いはなかった、が。 ――まだ識別するには至らない。 それはロドワンにしても同じらしい。先ほど盗み聞きした会話の内容をゲズゥが共有しなかった理由は、それを知っては咄嗟の判断を鈍らせるのではないかと危惧したからだ。律義そうなこの男が、大事な「お嬢様」に加えてミスリアの安否にまで気を回す必要はない。 「シェニーマや、無事だったか!」 町長が人影を娘と信じて呼ばわる。 女は、手首が背後に拘束されているためか、全体的に軸がふらついて見える。しかしそれを別にしても、輪郭の揺らぎ方、足取りが、ゲズゥにとっては見覚えのないものだった。そして次の一声が決定的だった。 「逃げて! ミスリアちゃ――」 拘束はしても口までは塞いでいないようだ。女の叫びは、後ろの男に横腹を殴られたことによって遮られた。 ロドワンが跳んだのはその直後だった。地に一直線に向かっていく背中を、ゲズゥは無言で眺めた。制止の声を投げかけたところで無駄に終わっただろう。 「お嬢様を放せ、外道」 剣が鞘を擦れる音と共に、鉄の鈍い光が瞬いた。 「何だお前、どこから……木の上から現れたのか!?」 誰何(すいか)した男を、ロドワンはおもいのほか手慣れた様子で斬り伏せた。更に飛びかかってきたもうひとりを蹴り飛ばし、項垂れている女を抱き起こすまでに、僅か数秒間。 だが二人が顔を上げた時には用心棒らに囲まれてしまっていた。町長もいつの間にか、例の男に捕まっている。 しかも、木の上からロドワンが跳び降りたのがはっきりと見られた。まだ仲間が潜んでいないか、検めるためにこちらに向かう人影もある。 そうなってもゲズゥは動かない。 どちらの娘が「本物」か割れた以上、まだ地下にいるはずのミスリアが今後生かされる可能性は低いだろう。だからと言って考えなしに飛び出したところで、全員分の帰り道が確保できそうにない。 剣に結び付けたペンダントを見下ろす。これは普段ミスリアが持っているものだが、たまに典礼に出席する彼女に付き添う時だけ、この手に渡る。形だけでも皆さんに合わせて祈祷してください、そう頼まれるからだ。 ゲズゥに神々や聖獣を敬う心は無いが、こういった道具の有用性は理解している。 ――逃げろと懇願した叫び声が聴こえたのなら、アイツが次にすることは―― まるで心の声に呼応するように。ぱちり、黄金の光が弾けた。 闇の中に生まれた火花にも似た現象に、驚くわけもなかった。むしろこれを待っていた。離れていても届くのが、ミスリア・ノイラートの祈りというものだ。 ゲズゥは目の前に片手をかざし、教団の象徴を銀の鎖から引きちぎっては放り投げた。 閃光。 突然に視界を奪われた地上の人間たちの困惑する声を、しばし聞いていた。 それに交じって――獣の遠吠えのようなうすら寒い鳴き声がどこからか響くと、今度こそゲズゥは大剣を手に取り、大地に降り立った。 次回、5.混乱と混乱 くっそお久しぶりです。なんでか年末から今まで、更新できる文量に至ることができず、なんと去年の誕生日あたりに始めたこの番外編がずるずる今年の誕生日を過ぎても完結してない事態に陥りました( かろうじて感覚が戻ってきた気がするので、これから終わりに向けて頑張って進めたいと思います。 ミズチもいい加減に再開したい…… もう誰もこのブログのことはおぼえていないでしょうけど、今年もよろしくお願いします!(おい |
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