37.c.
2014 / 10 / 23 ( Thu )
「取り乱すな、みっともない」
 ユシュハのその一言に、フォルトへからの返事は無い。
 彼はマントを翻して走っていた。あろうことかゲズゥから遠ざかり、屋根に向かっている。

(え? どういう流れ?)
 ミスリアは全員を順に眺めて回ったが、ゲズゥは目を細めるだけで追わない。リーデンは何故か笑っている。
「おいフォルトへ、何の真似だ」
 上司が問い質しても部下は足を速めるだけだった。

「こういう真似ですよ」
 彼はユシュハに向かって直行する。衝突する予感がしたのか、ユシュハは咄嗟に武器を構えている。だが彼女に体当たりする一歩手前で、フォルトへは方向転換した。ユシュハの肩に手を置いたかと思ったらサッと背後に回り、既に収めた三日月刀を鞘ごと振り上げた。

 鞘の装飾が煌めいたかと思ったら、宝石の彩りは宙に弧を描いた。
 短い呻き声を漏らした後、後ろ首を殴られたユシュハが前のめりに倒れる。その身体を、フォルトへは空いた右手で抱き抱えて支えた。そして軽々と肩に担いだ。

 ミスリアはあっという間に過ぎた出来事を、口を開け放したまま見守っていた。

「いっやぁ、すみません。教団相手に面倒事はごめんです。これ以上この人が暴れない内に撤収させていただきますね~」
「君の独断?」
 ニヤニヤ笑ってリーデンが問いかける。

「付き合いは短いんですけど、自分は先輩をよく知ってるつもりです。常に勝手な人なんですけど、ここまでじゃないハズ……表向きは普段通りでも、やっぱり何か違う感じがします。ちょっと冷静になるのを待ってくれません?」
「待ったら何かいいコトあるの?」

「う~ん、今思い浮かびませんので後でまた訊いて下さい。でも、先輩はともかく自分は貴女方を本気で捕えたいとは思ってませんから。付き合わされてるんですよ~」
 フォルトへが頬を緩めて答えた。

「ふーん。聖女さん? 粘る、追う?」
 ミスリアは頭を振る。フォルトへとユシュハの意見が食い違っているのは嘘ではないように思えた。
「私もクシェイヌ城にこれ以上の迷惑をかけるのは本意ではありません。お話でしたらまた後ほどお願いします……剣を収めてから」

「わかった。君がそう言うなら」
 リーデンは屋根から飛び降り、ミスリアの居る場所まで連絡通路を戻り始めた。途中、意見を乞うように、ゲズゥの前で止まって眉を吊り上げた。

「俺はどっちでも構わない」
 何事にも無頓着そうな声が返る。
「やった~。それじゃあ追ってご連絡します~」
 場違いなほど明るい様子でフォルトへが手を振った。それから彼は顎に手を当て、ひとりごちる。

「勤務時間外だから自腹で出せって拒否されるかな……まあいいか」
 彼は口元に手を沿え、屋上庭園の居る尼僧に言った。
「あの、修理代の請求は組織までどうぞ! お手柔らかにお願いします!」
 尼僧は見慣れぬ暴力沙汰に怯えているようだった。女性を強く殴りつけたフォルトへに対し、青褪めた顔で何度も首肯している。

 次にミスリアが屋根を見上げた時、「ジュリノイ」の成員たちの姿は忽然と消えていた。
 ひとまず安堵のため息をつく。
 やがて背後から人の気配が近付いた。

「さて、聖女さま。一から説明して下さいますわね」
「…………はい」
 ミスリアは精一杯の愛想笑いを浮かべて、尼僧の方を向き直った。

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