3. f.
2026 / 01 / 09 ( Fri )
「あいつのためにも真面目に生きる、時々そういう義務感でベッドから這い出てる」
「きっとそのひとは天国から誇らしい気持ちで見守ってるよ」
「どうだかな」
 ぼかすような相槌が、天国の有無に対するものなのかカウンセラーが誇ってくれるか否かに対するものか、問い質せなかった。
 代わりにシェリーは、テレビ画面に映し出されている恐怖展開に意識を向けた。姿の見えない追っ手から逃げる女性が、家中を走り回って叫んでいる。カメラワークがやたらブレていて酔いそうだ。

「ところで、さっきから流れてるテレビは一体」
 ――これか。これはな、と突っ込まれるのを待っていたみたいに男は目を輝かせた。
「クソクオリティのホラー映画。演出・映像以前に、どっかの大学生が推敲なしに妄想を脚本に書き起こしたんじゃないかったくらいのゴミ中のゴミ」
「どうしてそんなの観てるの」
「ゴミにはゴミなりの楽しみ方があんだよ」
「うん……?」
 よくわからない。クオリティが低いと言われるようなものを、母ならきっと時間の無駄と一蹴していた。

「私ほとんど家ではニュースしか観たことない、かも」
「映画は観ないのか」
「話題のドラマ映画を観に、たまに映画館に行ってたかな」
「うぅわ。損してるぞ、絶対。家で何してくつろいでんだ」
「勉強の合間は読書……」
 映画と同じで、話題作を買ったり母の薦める法律系ミステリーを読んでいた。

「こうして考えると、私って無趣味な人間なのかな」
「さあな」
 それではあまりにつまらない。自分がつまらない人間だと、思い出すのが嫌だ。立ち上がり、食器を片付けることにした。洗い物をしに行くと、いつの間にかリクターは冷蔵庫からビール瓶を取り出していた。
「おまえも飲むか」
「ありがとう、でも遠慮する」

「カクテル派?」
「しいて言うなら白ワインが好きかな」
「ふーん、今度買っとく。洗い物置いとけ、洗浄機に入れるから。この映画、後半が特に面白いんだよ」
 と言われてもシェリーは半信半疑だったが、せっかくなのでお言葉に甘えて、ソファに腰を落ち着けた。

 いわくこれは、SFやホラー映画をずっと流しているチャンネルらしい。内容は人気作からほぼ無名のB級映画までと幅広いそうだ。リクター宅のテレビは基本的に無料ローカルチャンネルが観れて、後は好みのチャンネルに二、三ほど加入していると言う。
 食器を洗浄機に並べ終わると、リクターは部屋の明かりを落として、自身もソファに座った。最初の晩と同じで、間に微妙な隙間が開いている。

 さすが低クオリティ映画、とっ散らかっていた。先の女性が殺された後、彼女の幼馴染が訃報を聞いたところから続く。その彼は復讐を誓ったはいいが、頼りないタイプで頭も切れず、周りの助けが必要だった。脇役の演技は観るに堪えないし、ストーリーには都市伝説やら半世紀前の殺人鬼やら色々な要素が混ざっている。回想の入り方も唐突で、とにかくわかりにくい。
 サスペンスたっぷりのBGMがフェードアウトし、静寂が満ちる。暗闇――地面から、わっと血濡れた刃物が出てきた。知らずシェリーは悲鳴を上げた。

 殺人鬼が執拗に主人公を追っている。迫る。逃げられる。迫る。ナイフがかわされた。いつやられるのか気が気でないまま、主人公の足がもつれた。倒れた先は、血だまりだった。
 コマーシャルが来て、シェリーは胸を撫でおろした。どうしてか、横から、堪えていた笑いが漏れたみたいな音がした。振り向くと案の定だった。

「なんで笑うの!?」
 涙目で抗議する。こっちは本気で怖かったというのに。
「悪かったって。オレは元々ホラー映画とかのぶっ飛んだ設定に突っ込んでるのが楽しいんだよ。でも他のやつが全力で怖がってるの横で見てると、それはそれで可笑しい、な」
 言い終わらないうちにまた笑っている。シェリーはフンと鼻を鳴らして不満を表したが、本気で怒ったわけではなかった。

 こんな顔で、こんな声して笑うのかと、胸の奥が温かくなった。昔の記憶を顧みても、なかなか彼が大笑いしている場面は出てこない。
 コマーシャルの後も怒涛の展開だった。実は殺人鬼の正体が主人公の曾祖父だったと判明し、血が飛び散るような激しい取っ組み合いのあと自首するよう味方側で説得して、感動のフィナーレを迎えた。ちょっともらい泣きしそうになったのに、それから最後の二分で謎の黒幕が現れて全員が爆殺された。ハチャメチャな映画だった。

「ほんとにこれ観て楽しいの?」
 シェリーは両腕で抱き締めていた四角いソファクッションをゆっくり放して、疑問を口にした。怖い時は何かをぎゅってしたくなるのである。
「楽しいよ」
 対するリクターは微かに笑って、空き瓶をサイドテーブルに置いた。眼鏡にテレビの光が映っている。
 ふいに目が合った。

「それにしてもおまえ」
「え?」
 なに、と続けようとしたのと同時に、男がぐいと顔を近付けてきた――いや、近付ぎる。
 髪が頬を撫で、吐息が首元をかすめる。
 わけがわからなくて、シェリーは押し黙った。



なげえw また配分間違えた。次回から四話です。

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