24.f.
2013 / 07 / 29 ( Mon )
24e に多少の加筆修正をしましたが、わざわざ読み返すほどではないです。



 エンが更に「あがってけよー」と呼びかける。
 するとラノグと呼ばれた男は微妙な顔で梯子を見つめた。

「イトゥ=エンキさん。屋根の上に……ですか?」
「だいじょーぶだって。こんな立派な屋根、大の男三人ぐらい支えられる」
「落ちたりしないんですか」

「この傾斜じゃ平気平気」
「はあ……」
 まだ訝しげな表情を浮かべるも、ラノグは最終的に梯子を上がり、この突発的な集まりに参加した。

 町の全景が、雲間から漏れる暮日の輝きを帯び始める。
 三人はしばらくこれといって会話を交わさず、無言でシェリーを飲み回した。地上では人々があちこちで店を畳む準備をしている。
 やがてエンが上半身を捻って隣に座す男を向いた。

「ラノグさんよ、あの十字架の意味わかる?」
 訊きながら時計塔の上を指差している。
「あれは厳密には十字ではありませんよ。意味は確か……縦棒の上の部分が神々へと続く道で、下部分が大地またはアルシュント大陸を指し、それと交差する左右のゆるやかな渦巻きは翼を意味します。つまり――翼を持った聖獣が、我々地に生きる者を天へ昇れるように導く、と」

「へえー」
「教団に興味があるんですか?」
 意外そうにラノグが訊ねる。

「さあ。罪を償えば聖獣が救ってくれるとかそういう話を教皇さんがしてたのは面白かったけどな」
 エンは空を向き直り、組んだ腕を枕にして再び寝転がった。
「……貴方には何か償わなければならない罪が?」
 ラノグはひっそりと声を静めた。まるで訊くのが憚れるように。

「まあ割とヤバいのの一つや二つな。償えるかわからんけど、気にはなる」
 しかしエンは両目を閉じ、普段通りの声色で答えた。
「そうですか……」

 ラノグの表情には同情が浮かんでいた。それでいて共感しているようにも見える。一方、『天下の大罪人』とも呼ばれるゲズゥは依然として他人事と割り切って会話を静観している。

「実は僕も償っているんです」
 数十秒後、一大告白をするように、ラノグは顔を上げた。
「そいつぁ驚きだな。どんな? そういえば行き倒れてたんだっけ。どっかから逃げてたとか?」
 エンは右目だけを開いて訊いた。発した言葉の調子は軽かったが、どこか優しい響きを含んでいる。

「傭兵砦からですよ。僕の父も祖父も曽祖父も、鍛冶師でした。人を害する為の武器や兵器を作って生計を立てていたんです。僕もまた、それを生涯の役割として受け入れていました」
 一度、ふうと息をついてから語り続ける。
「自分が何をしていたのか何の疑問も抱かずに生きていたら、ある時戦火が僕らの砦までに忍び寄ってきて。最初は、自分の作った物が役に立っていることにただ喜びを覚えていたんですが」

 顔が暗くなりつつあるラノグを気遣ってか、エンが口を出した。

「別に最後まで言わなくても大体予想はつくぜ」
「……いいえ。言わせて下さい。師匠にしか話したことが無かったんです」
「相手が数日前に会ったばっかのオレらでいーのかよ」
 紫色の瞳がほとんど空になった酒瓶を一瞥した。奴の舌がよく回るのが酒のせいかと疑っているのだろう。

「構いません。いつか、町の皆にも明かしたいのでその練習みたいなものです」
「ならいいけど。で、何があったんだ?」
 エンが促すと、ラノグは深いため息をひとつついた。

 ――激化する戦い、それ自体は傭兵砦にとって大して珍しいことでも無かった。砦の仲間は投石器を放ち、迫りくる敵を一掃した。
 だが戦闘も片が付いた頃、そこらに倒れていた敵兵がまだ十五歳程度の子供ばかりだったのだと気付いた――。

「何故それまで実感が無かったのでしょうね。僕は人がより効率良く人を殺せるような道具ばかり生産していたのに……。仲間だけじゃない。殺された人たちは、どこの誰であるのかこちらが知らなくても、皆、誰かにとっては大事な人だったはず。そんなことをして、お金を貰っていた僕は……」

「傭兵だったってんなら、戦を仕掛ける判断をしたワケじゃないんだろ。そればっかりはアンタの落ち度じゃねーよ。人が戦わなければいいだけだからな。どっかの性根の腐った奴が子供を兵士に使ったのだって」
「それでも、人を殺す道具を作ることが怖くなって、逃げ出しました」

「うーん、じゃあある意味悪いコトしたな」
 エンはちらりとゲズゥの方を見た。
 人を害する武器を、直して欲しいなどと言って鍛冶屋を訪ねたのが、嫌な過去を思い出させたかもしれないということだろうか。

「今は違います。確かに身を守る武器を作ってもいますが、大体の仕事は鍋や包丁や鍬など、人が『生きる』為に必要としている物の製作です。僕は、師匠と一緒にそれができるのがとても嬉しいんです」
 その笑顔が総てを語っていた。

「そーか。いい話だな。毎日の積み重ねは大事だ」
 そしてエンもまた笑顔で町を見下ろしていた。
「ありがとうございます」
 照れ臭そうにラノグが頬をかく。

 それまでゲズゥは変わらず傍観を貫いたが、心の中では何かよくわからない感情が蠢いていた。
 ――生き方、償い、更生。積み重ねる日常。自分も変わりたいと願うのか? それとももう、変わり始めているのか。

 刹那、今も聖堂の中で信徒に愛想を振りまく少女の姿が思い浮かぶ。
 行き場の無い感情の渦を抱えたまま、ゲズゥはすぐ近くで響き始めた時計塔の音色に身を委ねた。

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