08.d.
2012 / 02 / 15 ( Wed ) 聖人が先を歩き、聖女が一歩遅れて続いた。そこから更に遅れてゲズゥが歩く。
何年も換気されていない地下倉庫を彷彿とさせる、淀んだ空気に迎え入れられた。視界は封印の外と同じで曇った宵闇に包まれているが、どこか違和感があった。まるで、目に映るものを疑ってかからなければならないような曖昧な感覚。何故そう思うのかは定かではない。 周囲には褪せた草と、地面に歪に根を這わせる木々がある。水分が足りるのに陽光が行き届かない時の草の色だ。樹の枝は夏だというのにどれも葉も花もつけていない。 所々、村の跡地らしく建物の残骸がちりばめられている。数こそ少なく、ほとんどは元の姿が想像つかないようなただの木材の破片だ。 十二年前に去った故郷に郷愁はあまり抱かなかった。それより遥かに大きな感情があるからだ。 心臓を握りつぶされたような、内臓を引きずり出されたような……或いは生気を残らず吸い取られたような、衝撃。あれを思い出しそうになると思考が瞬時に何もかもを排除してしまうのは、多分生きるために必要な、脳の自動的な対応なのだろうと、大分後になって気付いた。理不尽な世の中と一般の人間に何一つ期待を持たなくなったのもあの時からだ。 その記憶が今、無理にでも呼び覚まされる。 たとえば知っていた人間の亡霊がわかりやすく魔物として現れたら、自分に斬れるだろうか。 パキッ。 急な音に瞬いて、足元を見た。不注意で、地面の小枝を踏んだのである。 聖女が振り返った。一瞬だけ、怯えと申し訳なさの入り混じった表情を見せて―― まるで呼応するように、足元から新しい音がした。めきめきと、何かの根が地面から引っこ抜かれるような低い音。 ゲズゥは考える前に跳んだ。案の定、巨大切り株の根っこが何本か触手のように勢いよく伸びる。絡み取られる前に剣を振るった。斬られて、根が怯む。その隙に距離をとった。 「……死は本当はとても身近なのに、どうして生きてると忘れるんだろうね」 場面にまったくそぐわない落ち着いた声色と話題。 気でも触れたかと思って目をやると、聖人は腰の剣を抜いていた。 「魔物は僕等にそれを思い出させるために存在するかもしれないと、考えることもあるよ」 左手で構えた剣に向けて、右手をかざしている。剣が淡い金色の光に包まれる。 「カイル……? 聖気を展開して剣に付着させているんですか? それをやると消耗が激しいのでは」 「短時間だけなら意外にいけるよ」 聖人はにっこり笑って前へ踏み出た。 聖気に惹かれて、切り株の魔物が標的を変える。 伸びる樹の根を剣でさばく聖人の動きは、悪くない。ゲズゥほど速くないにしろ筋がいい。過去に訓練を受けてそれがちゃんと身についているとわかる。 中肉中背でゲズゥと同じくらいの肩幅にしては、魔物相手によくやっている。力不足で攻撃を防ぎ切れなかったり受け流しきれなくても、剣のまとった聖気が魔物を触れた先から浄化している。なかなか効率のいいやり方だと感心した。 聖女がオロオロしているのも放っておいてゲズゥは腕を組み、一切手を出さずに待機した。 すると数分後に決着がついた。魔物は切り刻まれたり部分的に浄化されて変な形になっている。珍しくその表面には人面が浮かんでいない。 そこで聖女が近づき、手を伸ばして魔物の残りすべてを浄化した。 銀色の粒が消えるのを待ってから、ゲズゥは口を開いた。 「今回は、対話とやらはしなかったな」 |
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