六 - d.
2017 / 06 / 21 ( Wed )
「じゃあその地下への入口はどこにあるの?」
「存じません。頑張ってお探しくださいませ」
 突き放すように言ってリューキネは茶菓子に夢中になった。これ以上聞き出せることは無いのだと察し、セリカは感謝の意を述べてその場を後にする。

 周りに人の気配がなくなった途端にセリカはよろめいた。
 近くの柱に片手を付き、我が身を支える。ふと視線が地面に落ちた。石造りの道が視界の中で変に揺れていて、何故だか恐ろしいもののように思える。

 ――地の下に、何がある――?

 リューキネを疑うわけではないが、どうしても理解が追い付かない。追い付きたくないのかも、しれない。
(危険は承知の上だとか、さっきはあんなこと言ったけど)
 自分の力量で何ができるのか改めて考えてみた。しかし先ほどバルバの前では毅然と冷静さを保っていた頭も、今やプディング並に柔らかく形を失っているように感じられる。

(ええい、もういいわ。まずは見つけ出してからよ!)
 いよいよ考えるのが面倒になり、セリカは走り出した。行き詰まればとりあえず突っ走る、こういうところは兄と似ているな――と苦い笑いを漏らしながら。

_______

「聞こえてるなら返事しなさいっ! エランディーク・ユオン!」
 気が付けば、地下牢を駆け抜けていた。
 けれどもどれほど呼ばわっても探し人からの応答がない。次第に、不安という名の刃が数本、胸を突き刺した。
(そうよ。あいつがまだ生きてるなんて誰が言ったの)
 彼の妹姫が「隠す」という表現を用いたから思い込みをしてしまったのであって。エランが殺されていないという確証は、どこにも無いのである。

 死人は返事ができない。かと言って、牢を細かく確認するには、さすがにセリカは気力が足りなかった。
 迷いは見えない足枷となって足をもつれさせる。次いで転倒したが、かろうじて腕と膝をついて着地できた。

 ゆっくりと顔を上げて、闇に浮かぶ鉄格子の鈍い輝きを見つめる。恐怖で声が出ない。
 こんな恐ろしい場所で――生きているかどうかもわからない人を捜している。一国の公女が、なんて滑稽な姿だろう。

「んっ」
 滲み出る涙を、セリカは袖で擦った。膝立ちになり、意気消沈しかけている自分を奮い立てる。
 ――そんなことより、悲しい。
「ね、エラン。死んじゃったの……?」
 もう一度あの笛を聴きたいし、くだらない話もしたいし、約束を果たしたい。ただそれだけだ。それだけを願って、手足を動かす――

 瞬間、微かな咳が聴こえた。
 驚いて思わず静止した。そういえばこの辺りは大分静かである。空いた独房ばかりで、周りから囚人の気配がしないことに、今更ながらセリカは気付いた。
 ではこの先はどうか。恐る恐る足を踏み出してみたら、また咳が聴こえてきた。

(ちょっと、ねえ)
 確信交じりの興奮が沸き上がる。通常、咳で人を識別できるものではないし、希望的観測かもしれない。たったこれだけの音を、昨夜喫煙具に噎せたエランに重ねるのもおかしいかもしれない。
 だが再び走り出す力を振り絞るには十分だった。
 間もなく行き止まりに当たりそうになり、そこで人影を見た。今度は一人だけである。

(わざわざ守ってるってことは別の出入り口があったりして)
 来た道を戻らずに地上へ逃げられるという可能性に、一気にやる気が跳ね上がる。
 幸いと看守らしき男は眠そうに天井を見上げていてこちらの足音に気付く様子もない。隙をついて鍵を盗むくらいは、セリカにもできそうだ。
 咄嗟に身を潜めた。もはや、咳の音源がかなり近い。

(隙を作らなきゃ……)
 胸中で逸る気持ちをなんとか宥めすかし、打開策を考える。思い付いたキーワードといえば、光るもの、金目のあるもの――
 首の後ろに手を回した。豪奢な首飾りを外して、看守の目に入りそうな位置まで投げ捨てる。
 落下の際に、じゃらんと派手に音がした。

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