二 - d.
2017 / 03 / 05 ( Sun ) 「アスト兄上、おやめください。見苦しいですよ。他国の姫君の前でこれ以上僕たちに恥をかかせるおつもりですか」
まだ声変わりも済んでいないような、耳に優しい声音は、それでいて毒を孕んでいた。 「ハティルの言う通りだ。確かに揃ってないが、公女殿下の時間をいたずらに浪費するのもいけない」――ベネと呼ばれた男は楕円の最奥へと首を巡らせた――「アダレム、任せたぞ」 つられて全員の視線が、幼児の元へと集まった。 五、六歳くらいの男児はびくりと大きく肩を震わせる。それから目を泳がせること数秒、やっとのことで口を開いた。 「えっと……よ、ようこそ、おこ……おこしください、ました。ぼくは、ぬんでぃーく公国、だいなな、公子。あ、あだれむ……アダレム、ナーガフ、です」 何度もどもりながら彼は名乗りを上げた。 幼児、第七公子、アダレム。セリカは要点だけをかいつまんで脳内で復唱し、より効率的に情報を覚えようとする。ちなみに顔は、席が離れているのであまりよく見えない。 「セリカラーサ・エイラクスですわ。よろしくお願いします、アダレム公子」 ふわりと微笑んでそう返すと、アダレムは萎縮するように身を引いた。この幼児は恥ずかしがっているだけなのか、それとも笑いかけたのは間違った作法だっただろうか。セリカは本気で悩みかける。 先ほどハティルと呼ばれた少年が、また嘆息した。 「大事なことが抜けているぞ、アダレム」 「え、え、ぼくなにか、まちがえた」 アダレムは泣きそうな顔になっている。それを、彼の隣のハティル少年はきつい声音で責め立てた。 「お前が第一公位継承者、つまり父上の跡継ぎだってことも言わないと」 「あ、あ」 いよいよ泣き出す寸前の第七公子。そのやり取りを眺めながら、セリカは失念していた事実を思い出した。 (そうだった! ヌンディークは末子相続の国だったわ) 長子相続の国が大多数のこの大陸では珍しく、最年少の公子が後継者となる構図である。確かこの国のシステムの下(もと)では、上の兄弟たちは成人したら巣立って、採掘場を任されたり、州や領地を治めていく。富をもたらし発展を促し、見聞を広めて末弟に伝えたりと、色々な利点はあると言われている。 こうして考えると、この場に大公の兄弟が居ないのは皆それぞれの州に残っているからだろう。 物理的な距離を置けば公子同士で争うことも少なくなり、円満に国は回っていくらしい。加えて、後継者が若いということは、大公と大公の即位までの間隔が長いということ。 頻繁な代替わりを避けることで政の混乱も避けられる。反面、劣った為政者に当たれば長く国は苦しむことになりかねないが、そうならないように他の人間が色々と支援するものだ。 要するに、年が若いほどに身分が高いのだ。 だから兄たちが何かと場を仕切ることがあっても、最後には第七公子の顔を立てているのか。席も、パヴィリオンの奥から入り口に向かって幼い順に座っていると推測できる。 ――女性側の序列はどうなっているのかよくわからないが。 「アダレム殿下が次の大公陛下となられるのですね」 相槌を打って、なんとかその場を収めようとする。アダレムは鼻を啜りながらも点頭した。 紹介は次に進んだ。 「……では続きまして、僕は第六公子のハティル・ナーガフです」 「初めまして、ハティル公子」 先ほどから何度か発言している彼は、十二か十三歳くらいの生意気そうな――もとい利発そうな少年である。隙の無い姿勢や吊り上がった形の両目も相まって、鋭い性格を思わせた。 (第六、ハティル。手厳しい感じ) この少年は、どこか近寄りがたい雰囲気である。今後もあまり関わり合いにならない方がいいのかもしれない。 「おれは第四のウドゥアル。ウドゥアル・ヤジャット。なあ、まだ食べちゃダメかー? 腹減ったー。宴だろ、踊り子はいつ来るんだ」 ハティルの隣の青年が言い終わらない内にだらしなく寝そべった。セリカを一瞥した後、使用人を急かすことにばかり気を取られている。 (わあ、ひどい) 口では適当な挨拶を返しながら、セリカは脳内でまた要点を復唱した。 肥満怠慢、第四公子のウドゥアル。この男は二十歳くらいだろうか、ゴブレットを手に持ち、顎鬚を撫でては出っ張った腹をかいている。似たような服装の人物が並ぶ中、この男は横幅が際立っているので覚えやすそうだ。 否。どうにも全員が濃い人格を有しているためか、案外早く覚えられそうな気がする。公太子となるアダレムを除いて、公子たちはどれも自己主張が激しい。 ついでに言うと、ハティルが汚いものを見る目で隣の兄を見下ろしている。上の二人に至っては、ウドゥアルの動向を完全に無視していた。 「はいはい、病で死んだ第三を飛ばして、次は私だね。さっきも言ったけれど、第二公子のアストファン・ザハイルです」 長髪の美形が妖艶に笑ってこちらを見つめた。かと思えば、おもむろに彼は下唇を舐めて身を乗り出した。 「それにしてもゼテミアンの姫殿下、君は実にきれいな眼をしているね。第五なんてやめて、私の妃にならない?」 誰も覚えてないかもしれませんが、アルシュント大陸では母違いの兄弟がいる場合は母の苗字をも名乗る風習があります。 |
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