七 - e.
2017 / 07 / 15 ( Sat ) 「ねえ、すごくいい話をしてるのに悪いんだけど」――ひと呼吸を挟んでから続ける――「気になってしょうがないのよ。顔……隠さなくていいの」
黙っていようと思っていたのについに言ってしまった。微かな後悔に、目を逸らす。 視界の端で青い宝石が揺れるのが見えた。 「牢を駆け回れるような勇敢な姫が、こんなものを怖がるのか」 その声は、落胆しているようにも聞こえた。慌てて否定する。 「平気! 全っ然余裕ですね!」 再び目が合った時、そこには悪戯っぽい笑みがあった。 ――はめられた。 「誘導するみたいな言い方しなくても……叫んだりしないわ。勇敢って何よ、嫌味?」 「まさか」 洗う作業を終えたらしいエランが、残った布を引き裂いて包帯を作る。まだむず痒さが続くことにセリカは内心で呻いた。これ以上、我慢せよというのか。 (やだもう。反射で蹴っちゃいそう) 公子をうっかり足蹴にしては大問題だ。いや、相手が公子でなくても結構な問題である。 こうして悶々としている内に片足の処置が終わって結び目がこしらえられた。残る足に移ったところで、エランはこちらを見ずに口を開いた。 「毒にやられてた間のことは、断片ながら後になって徐々に思い出せた」 「……うん」 まるで溺れていたようだったと、彼は語った。諦めて流されればその度にまた息継ぎができてしまい、遠ざかっていた五感が恨めしい激しさで戻った――痛い、苦しい、いっそ死んでしまえたらいい、そこまでして生きる価値なんて無い――かわるがわるそう感じたと。 「価値が無いって、そんな」 「ああいう状態では心の澱が浮かび上がるものだ。きっと自分がいなくなっても誰も悲しまない、あがくまでもない、と」 「やめてよ。あんたがどんな闇を抱えてるかなんて知らないけど、冗談でもそういうこと言わないで!」 身を乗り出して怒鳴った。 「そんな感じだ」 「なっ、何が」 妙な反応をされて、セリカは怯んだ。 「激励する声を聴いた。腕を引っ張る手の温かさを感じた。不確かなものしかない世界の中に、お前の気配を捉えられた。いわばその熱量が、私を生かしたのだろう」 打ち明けられた想いの深さに戸惑った。何やら胸の奥がこそばゆい気がする。 彼の挙げたものに、心当たりは当然ながらある。それでも、この瞬間にどんな言葉が見合うのか、セリカにはわからなかった。褒めてもらいたかったのは認めるが、いくらなんでもこの言い方は大げさではないか――。 ふたつ目の結び目が完成した。足が解放された機に、早速石の上で座り直す。 エランは俯きがちに、依然としてしゃがんでいる。 「話戻すけど、もう隠さないの」 青年の額の右側から頬まで、眉骨や右目を巻き込んだ縦長の傷痕を、控えめに指さして訊ねる。 「ルシャンフに帰っている間などは特に隠してないが……この際、率直な感想を聞こう。――醜いか」 男でもそういうことを気にするんだとセリカは意外に思い、しかし反省する。周りの目が気になるのに老若男女の違いなんてないはずだ。 「率直って、本当の本当に言っちゃっていいの」 「頼む。取り繕われるよりは、その方がわだかまりなく付き合っていける」 当人がそこまでの覚悟なら仕方がない、じゃあ、とセリカは切り出した。 「強いて言うなら、でっかいムカデが這ってるみたいよ」 直後、顔を上げたエランの口元が引きつっていた。 ――傷付いたのか。どんなに前置きがあっても傷付いてしまうものなのか! 「だって率直な感想が欲しいっつったのそっちでしょ!?」 「その通りだ。なるほど、そうか……虫。セリカは、虫は平気か」 まだ表情筋が引きつっている。 「気持ち悪いし触るのも嫌よ。でも怖いというよりは敬意を払うべき強靭な生命体だと思っているわ、特にムカデ級ともなるとね、うん」 論点がずれた気がしなくもないが、問われたので答えた。 |
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