α.1.
2018 / 06 / 25 ( Mon ) 冒頭だけ書き出したやつ。昔妄想した魔法と陰謀の物語。四人の男女が旅する予定。
楽しかったけど、続けるかどうかは未定w 次の話→ これまで十六年生きてきて、己には一生縁がないだろうと思っていたものが、いくつかあった。 ――それらに留まらないが、以上のものに一斉に出逢うことがあろうなど。自分にそんな日が来ようとは、むしろそのような野蛮な場面を思い描いたことですら、アイヴォリには一度たりとも無かった。 世界がひっくり返されたような気分だ。 壁の向こうから破壊音がする。余波のような振動が壁を震わせ、そこに背をもたせかけていたアイヴォリを激しく震わせた。 両手で口を覆っていなければ叫んでいた。せっかくの隠れ場所を相手に明かすところだった。 涙が膜となって視界をぼやけさせる。 「あはははは! 奪え奪え! デカいツラしてのさばってた連中に容赦はいらねえ! 盗んで攫って壊せ! 抵抗する奴はみーんなやっちまえ!」 近くで大きな叫び声がした。後を追うように、喚声が響く。 ――来ないで。こっちに来ないで、おねがい! 心の中で必死に念じる。家畜の悲痛な断末魔が聞こえる。 隠れ場所である物入れの戸は、完全には閉まっていない。 暗闇を縦に浸食する恐ろしい隙間。外の混沌と繋がる入口。そこから漏れて見える光景の、何と残虐なことか。 逃げ惑う鶏の羽根、飛び散る血の軌跡。汚物の悪臭。 吐き気を堪えすぎて胃が痛い。数秒おきに眩暈がするほどだ。 ――助けて―― 願っても、救いを乞う相手がいないと気付く。 (お父様、お母様……私の国は、どうなったんだろう) 悪夢の光景が脳裏によみがえりそうになり、アイヴォリは頭を壁に無意識にたたきつけた。思い出したくない。 ――やめて! 父と母の、血にまみれた姿を。驚愕と恐怖が凍り付いた表情を。思い出したくなんてなかった。 女神様は我が国を見捨てたもうた。そうに違いない。 (ここは、一体、どこなの) 政敵からの突然の襲撃に遭い、自分は王城の中を逃げ惑っていたはず。そしてものすごい閃光に包まれたかと思えば、気が付けば怒声が飛び交うこの場所に飛ばされていた。 わけもわからずに這いまわり、喧噪の中、物入れに滑り込んだのが数分前のこと。 どうやらこの周辺に住んでいる人たちも、祖国とはまったく違う形で襲撃に遭っているらしかった。そこまで察せても、どうにもできない。 徹底して荒事とは無縁に生きてきたのだ。戦い方はおろか、逃げ方もわかろうはずがない。 にわかに人の気配が近付いてきた。 息が浅くなる。声を上げないように口を覆っているが、鼻息も気になるので、なんとか我慢する。窒息しそうだ。恐怖に、脂汗が滲み出る。 「テッメェ、こんなことしてタダで済むと思ってんのか!」 ひときわ耳に残る怒号がした。若い男性だ。これまでに聞こえていた下卑た言葉に比べて、真摯な怒りがこもっていた。きっと襲われている側の者だ。 「負け犬が吠えてるのかぁ? 聞こえねーな! タダじゃ済まねえだってよ、ならどうにかしてみろ、アア!?」 鉄と鉄が絡み合うような、重い衝突音が何度か弾けた。やはり近付いて来る。心臓が縮み上がりそうだ。 突然、真正面からバキッと大きな音がした。視界が暗転する。 何が起きたのかと理解した時には、下敷きにされていた。けれど息が苦しかったのはほんのわずかの時間のことで、降ってきた男性は、すぐに跳ね起きる。 アイヴォリは小さく咳き込んだ。物入れが破壊された。もう音を殺している意味はない。 起き上がった頃には震えはさらに激しくなっていた。 視界の中で誰かが叫びながらせわしなく動き回っている。先ほどの若い男性だ。手には歪な形をした棒状のものを持っている。はっきりとは見えないが、棒を振り回して敵をなぎ倒しているようだった。 新たに血液が飛んだ。残る敵がひとりだけになると、それはつい先ほど「負け犬」だなんだと息まいていた男だった。 「や、やめてくれ、命だけは」 「オレらのナワバリでこんだけ好き勝手やって、そりゃあねーだろ。おとなしくシネ」 すぶっ。耳をふさごうとしたが間に合わず、アイヴォリの耳朶は非道の限りが尽くされるのを聴いた。 もうだめだ、吐くしかない。ふらりと起き上がると―― 生き残った男性が手元の棒から血を滴らせながら振り向いた。やや丸められた背中のまま、首と目がぐるりとアイヴォリの方へ向く。 「おう、誰だか知らねえが下敷きにして悪かったな……って、あ?」 ――ひいっ! 悲鳴を上げたつもりだったが、実際は「ひゅっ」と喉が鳴っただけだった。声が出せなくなっている。 「オマエ……」男性は大股で距離を縮めた。至近距離で見下ろす双眸は黒く、明けない悪夢そのもののようだった。後退ろうにも背後に瓦礫が積まれていて、動けない。「アイリスじゃねえか。つーかオマエ、さっきまであっちで戦ってたんじゃねえのか」 男性が大声で驚いている。 アイヴォリはその音量にびっくりして、ついに涙腺が決壊した。 「なっさけねえツラしやがって。アイリスのくせに、なにやってんだよ」 ちがう。人違いだ、と頭を振る。声は依然として出ておらず、男性がついには無遠慮に手を伸ばしてくる。 抗える間もなく。血まみれの手で肩を掴まれた。 「……――っ!」 「いつの間に着替えたんだ? すっげえ無駄にビラビラした服だな。ったく、とにかくこんなとこ座り込んでんなよ」 腕を引っ張られる。 (いや、やだ、はなして! どこに連れてくの) ――ひどいことしないで! 掴む腕をひっかき、腰を据わらせ、全身で抵抗を訴えかける。 「おい、」 「ちょっとカジ! だぁれが、情けない面してるって!?」 横から女性の抗弁が飛んできた途端、男性が手を放した。細い人影が視界を横切る。その人は宙で何度か回転してから美しく着地しては、両手にそれぞれ握っている短剣のようなものを男性の鼻先に突き付けた。 「……おう、アイリス。向こうは片付いたか」 「当たり前でしょ。何そのアホ面、バカにしてんの」 「いや、オマエがオマエで安心したっつーか……んで、じゃあ、こっちはダレなんだよ」 「え? 誰がダレだって」 束の間、ふたりの注目がアイヴォリに集まる。 気を張りすぎて、いよいよ意識が遠のいてきた。 世界が闇にのまれる寸前、アイヴォリの視覚はまるで鏡を覗き込んだような錯覚に陥った。それほどまでに――短剣の少女の造形は、自分と酷似していたのである。 顔立ちも歳のほども同じだ。 倒れながらもアイヴォリの唇はある伝説の聖画の表題をなぞっていた。 ――『鏡双子の金魚《リグレファルナ》』―― |
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