05.a.
2012 / 01 / 11 ( Wed )
 さらさら流れ行く雲の網の隙間から見え隠れする細い月が、地上を這う生き物を嘲笑っているようだ、とゲズゥ・スディルは感じた。
 心身ともに相当疲れているからそういう幻が見えてるだけだろうか。

 彼は短刀を布切れで拭ってから、収めた。両腕が肘まで、どろどろとした紫黒色の液体にまみれている。これも拭った。

 馬が魔物に過剰に怯えるので、わざわざ残さず倒さないと落ち着いてくれなかった。ゲズゥが魔物を無力化し聖女が浄化する、の繰り返しで、骨の折れる作業である。
 この晩、既に計六体が襲ってきた。おかげで二人とも消耗は激しく、馬の足があっても昼間ほど進まない。

 特に聖女の疲労困憊には尋常じゃないものが見て取れた。
 魔物を浄化する度に、明らかに前より足元がふらつく。視線もおぼろげだ。やはり「聖気」を扱うには何かしら使い手が払う代償があるらしい。

「一旦止まるか」
 珍しく、彼のほうから休憩を提案した。魔物の慟哭は止んでいる。
 聖女は弱々しく頷き、立つ気力が抜けて後ろにいた馬の腹にもたれ掛かった。

 二人の前には、日中見たのと似たような眺めがある。ひたすら農地。農地を囲うように丘があるので、辺りを見回しやすいように見晴らしのいい高地を走った。民家だけがずっと遠くにあって、幸い誰にも遭遇してない。

 農地を抜けて林に到達するまで多分もう数時間も要らない。まさかたったの二、三日で済むとは思わなかった。馬が手に入ったのは好運だったし、寝る間も惜しんでがむしゃらに進んだのが功を成した。ただし、この過労から回復するに数日かかりそうだが。流石のゲズゥでも限界近い。

 国境がもうすぐとなると、両側にそれを守る兵力が配置されてると考えるのは妥当だ。気軽に近づけるものでもない。ひと悶着以上の戦闘に備える必要があろう。

「シャスヴォルの北側の隣国って……」
 聖女が乱れた髪を結いなおしながら言った。頭がはっきりしなくて思い出せないのか、難しい顔をしている。

「ミョレン」
 ゲズゥは水筒の水を少しだけ喉に流してから答えた。
 えっ、と聖女が驚きを声にした。

「ミョレン国といえば王族が治める小国で、先代王様が一年前にお亡くなりになってから王位争いが絶えないという? 確かそれで、国全体の生活水準が落ちる一方だと聞きました」
「ああ」

 ゲズゥは否定しなかった。聖女の言葉が事実だからだ。過去はともかく、現在のミョレンは権力者が王位争いにかまけて政治をほったらかしにしてるという国だ。
 それにしても島育ちと言ったことといいミョレンを直接知らないことといい、聖女はもしかしたら大陸の東海岸沿いに来たのかもしれない。

「治安が心配ですね……」
 聖女は暗い声で呟くと、膝を抱えるようにして地面に座り込んだ。気分が悪そうだ。

 もし急に体調が崩れるようならどうしようか、など考えながらゲズゥは無意識に彼女を観察した。世話をするか、勝手に回復するまで放っておくか、はたまた馬に縛り付けて連れ回すか。
 後者がもっともな選択に思える。ゲズゥは少女の看病など記憶の限りしたことがない。

「私の顔に何かついてますか?」
 見られている時に出る典型的な質問を、聖女は口にした。
「……」
 沈黙から、何故か聖女はゲズゥの考えを汲み取った。変に鋭い。

「大丈夫ですよ。休んでいれば治ります。普通に怪我を治すより、魔物を浄化する方が気力を使うだけです」
 聖女は笑って見せた。

「聖気はものの本来あるべき、または最良の形に届く力とされています。魔物の場合は、天へ昇華させるのが最良ということですね。怪我や病気が治るのも、元の健康な状態がその人にとっての最良だからです」
 膝の上で組んだ腕に頭をのせて、こっちが訊いていないことを聖女は勝手に喋り続ける。

「押し付けがましい」
 ふとゲズゥが口を挟んだ。
「はい?」
 すぐに返事をせず、ゲズゥは足元を通りかかろうとしたネズミに向かって短刀をサッと投げた。かすめたが、逃げられた。短刀が地に刺さる。

「ものの最良の状態が何なのか、誰が決める」

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05:42:08 | 小説 | トラックバック() | コメント(0) | page top↑
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2012 / 01 / 10 ( Tue )
こんにちわー。
仮バナー(笑)があがった記念に元となった絵を公開しようかと思いまして。

甲は絵はもうあんまり描かなくなってるので、ここは専門家(?)に任せようってことで創作仲間・えび様の協力を得ました。

落書きみたいなノリです。完成段階ではないですw





看板娘のミスリアちゃん。
ほっぺとウェーブ髪がポイント。





実際よりちょっと爽やかめに仕上がったゲズゥさん。
髪型の資料みつかりにくそうだと思ったら意外にあった。



今後の進化に期待ですね!

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13:38:21 | | トラックバック() | コメント(2) | page top↑
04.e.
2012 / 01 / 09 ( Mon )
 追跡されにくいよう巧妙に回り道を組み込んだりして、そのまま日が暮れる時刻近くまで馬を走らせ続けた。
 定期的に休んできたとはいえ、馬の方に疲れが出ている。

「夕暮れまで一時間半でしょうか……」
 ミスリアは陽のほうを向きながら呟いた。

 隣でゲズゥが樹の根元に寝そべり、黒馬はそこらで草を食べている。
 貴重な休憩時間だ。日中は人間から逃げるように、夜中は魔物から逃げるように移動し続けなければならない。

 シャスヴォル国を出たら少しは人心地つくのだろうか。
 何かしら妨害されない限り、運がよければ明日中につけるかもしれない。馬を使って短縮できた時間は大きい。

「今のうちに寝るんだな」
「……はい」
 どこで、なんていちいち彼女は訊かなかった。

 自分が持っていた肩掛けバッグを枕にして、ミスリアも樹の根元に寝そべった。ゲズゥに背中を向けるように横になる。

 心地よい静寂が訪れる。
 でも、まだ眠れなかった。

「あなたが、聞きしに勝る強さで安心しました」
 慌しかったこともあり、必要最低限の会話以上を交わさないので、言い足りないことが溜まっている。今のうちにほんの一部だけ垂れ流してみようと思った。

「どうして一緒に来る気になったのか、できれば教えて欲しいです」
 起きていそうな気配はするけど、反応がない。ミスリアは構わず続けた。

「伝書鳩の件は困りましたね。総統さまのお約束はどこまで有効なんでしょう」
「……」
「本当はあの馬売りの夫婦も、姿を見られたからには口封じをすべきだということは理解しています」

 といっても、後になって考え直してから気づいた事実だが。
 頭で理解しても絶対に許したくなかった。命を奪うことだけは。

「あの」
 深呼吸してから、本日一番言いたかった言葉を用意する。

「人を殺すのはもう……やめて下さい」
 拳を握り締めた。出すぎたことを言っているのは自分でもわかっている。
 ミスリアはそれでも、願わねばならなかった。

 昨晩の夜盗は、どうなったのかわからない。頭を強く打った者もいたし、魔物の襲撃もあって決して無事ではすまなかっただろう。彼らはミスリアを襲った敵だ。しかし、自分のせいで命を落としたのかもしれないと思うと寝覚めが悪すぎる。

 今日に至っては、ゲズゥはただの一般人に鮮烈な殺気を向けていた。
 きっと彼はミスリアを殺すことにだって何の躊躇も無いだろう。教団からの報復や国からの処罰は歯止めにならないと思う。そんなものを恐れて生きるようなら「天下の大罪人」にならないはずである。

「――何で」
 数秒後、静かに理由を問われた。
 もう一度深呼吸してから、ミスリアははっきりと告げた。

「死後、間違いなく魔物になるからです。あなたは罪を重ねすぎてしまっています。私は、あなたにそうならないで欲しい」

_______

 間違っているからとか、誰かが悲しむからとか、どんなくだらない理由を提示されるのかと思っていた。毎回それで泣きながら邪魔されるのかと想像しても鬱陶しい。

 意表をついた返答だった。

 罪を重ねるのは止めた方がいい、みたいな似たようなことを以前にも言われているが、こんな理由を示されたのは初めてだった。
 ゲズゥは魔物が生じる条件などを知らない。多少興味を引く話だ。

 でも本当は死後のことなんて全然気にしてないし、そんなことより今は眠い。

 そうか、とひとことだけ答えておいた。

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06:31:07 | 小説 | トラックバック() | コメント(2) | page top↑
04.d.
2012 / 01 / 08 ( Sun )
 厩舎にて馬にブラシをかけてる女性は、手を止めて会釈した。

「こんにちはぁ。これはまた可愛らしいお客様だわー」
 最初に話した農家の人といい、地方の訛りのようなものがある。

 そばかすの多い中年女性はミスリアに明るく手を振ってきた。
 こんにちは、と返し、ミスリアは遠出用に馬を買いたいという事情を話した。
 女性は快く応じ、いま一番の良質だという馬たちを呼ぶ。
 
 彼女は上からの視線に気づかない。

 ちょうど厩舎を覆うようにそびえる大樹の中にゲズゥが潜んでいると知らなければ、ミスリアだってまったく気づかないかもしれない。見事に気配が消えている。

 その様子は、昔絵本で見た黒ヒョウにどことなく似ていると思った。

 いい隠れ場所が見えるので今度は近くに潜んでおく、と言い出したのはゲズゥの方だったので、そういうことになった。
 厩の女性がミスリアに注意を向けてた間に、ありえない速さで彼は樹を登った。ほとんど音を立てなかったことといい、慣れていそうだ。

(別に見張って無くても大丈夫なのに、心配してくれてるのかしら)
 ほんのちょっとだけ期待した。

「この子なんてどう? おとなしい子だし、脚が丈夫でスタミナあるからね。いい毛並みよ。触ってみる?」
 勧められた黒馬にミスリアはそっと手の甲を触れた。黒光りする毛並みは、確かにいいものだった。
 
 他にも何頭か見て回るうちに、少し離れた小屋の方から男性が出てきた。

 畑仕事に向かう途中と思しき格好をしている。片手には鎌を持っている。
「おお、客が来てるのか……」
 言いかけて、中年男性は固まった。警戒心を表している。

「嬢ちゃん、ひとりか?」
「え? 私ですか?」
 質問の意味も、何故訊かれるのかも、ミスリアには何が何だかわからない。ゲズゥは相変わらず気配を発していないので、見つかったとは考えにくい。

 男はミスリアに向けて鎌を構えた。慌てて女が間に入った。
「何してるの、あんた」

「鳩で伝書が来ただろ? 十四、十五歳ぐらいの女の子と二十歳ぐらいの男の二人連れに気をつけろってさ」
「この子は一人よ」
「それはそれでおかしいじゃねーか。女の子の一人旅なんてさ」

 ミスリアは無意識に、半歩さがった。
 ――伝書鳩でお触れが回っている? さっき行った家はたまたま届いてなかったまたは見てなかった?

 男女はまだ言い争っているが、状況はおそらく悪い方に転んでいる。
 総統の言っていた「五日の猶予」の意味を考え直す必要がありそうだ。

 そばかすの女性が勢いよくミスリアを振り返った。
「ねえ、違うでしょ? 『天下の大罪人』を連れてたりしないよね?」

 そういう風に問い詰められると、絶句するほかない。こんな大きな嘘を突き通せる自信が無かった。
 ミスリアは笑顔を引きつらせた。

「答えられないってことはそうなんじゃねーか!」
 男の大声に馬たちが驚いている。

 その時、樹の上からガサッと音がして、件(くだん)のゲズゥが降ってきた。

「なっ!?」
 男女が吃驚してる間にゲズゥは曲刀を抜いていた。
 素人のミスリアにも殺気のようなものが感じられる。

「……待ってください!」
 彼女がそう叫ぶより早く、彼は刀を振り下ろしていた。女性の背中を浅く斬り、次に男性めがけて刀を薙いだ。

「ゲズゥ、やめて! お願いです!」
 男は最初の一撃を鎌で何とか受け止めていたが、明らかに実力の差が出ている。足払いかけられて男性は簡単に落ちた。ゲズゥは容赦なくその腹に低い蹴りを入れた。
 そこで思い出したように、ゆっくりミスリアを振り返った。

「殺さないでください」
 涙目で訴える。
 ゲズゥは無表情のままなので、届いたかどうか知れない。色の合わない両目に今はぞっとする。

 彼は首を横に傾げて、一度コキッと鳴らした。次に地を蹴った。
 目の前からゲズゥの姿がまた消えたと思ったら、ミスリアは腰からさらわれ、気がつけば馬上の人となった。

 黒馬には鞍がないけど、手綱はある。
 ゲズゥは掛け声の代わりに馬の腹を蹴った。

「待て、馬泥棒……! 大罪人がっ」
 背後の必死な呻き声から一気に遠ざかり、確かに黒馬の脚は速かった。
 ミスリアはこんな速さでの乗馬は初めてで、ひたすらに怖い。

「あの人たち、お、追ってくるんじゃ……」
 罪悪感でいっぱいだった。二人の怪我も治してあげたいのに。

「舌かみたくなけりゃ口閉じろ」
 言われたとおりに口を閉じて、ゲズゥのお腹辺りにしがみついた。

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07:55:46 | 小説 | トラックバック() | コメント(0) | page top↑
04.c.
2012 / 01 / 06 ( Fri )
「あ、そういえばもう少し進んだところに馬を売る方がいらっしゃるとか。行ってみますか?」
 着替えを渡しながら、聖女が明るく言った。

「……お前の旅だ。お前が選べ」
 ゲズゥは衣服類を受け取った。

 突き放したような言い方かもしれない。案の定、聖女はどこか寂しげな顔をした。
 馬があれば移動が格段に速くなるし楽になる。しかし、買うのでは他人と関わる必要が生じる。またしても聖女が一人でどうにかするしかないわけで、ゲズゥの意思は関係なかった。

 少ない言葉からそこまでの意図を汲み取れないだろうけど。
 ゲズゥは魔物の血液などで汚れた上着を脱ぎ捨て、灰色の長袖シャツに袖を通した。四角状の長い裾は本来の彼だったらあまり好んで着ないタイプだが、この際受け入れよう。何せ、労せずタダで得たものだ。

 下着を替えるためにズボンをおろし始めたら、聖女があたふたと回れ右をした。こっちが腰布しか巻いてなかった状態で出会ったくせに、今更大げさな反応をする。
 替え終わって彼は褪せた紺色のズボンを履きなおし、藁サンダルと細い編みベルトも身につけた。

 なんというか、着替えるだけで大分気分がよくなる。欲を出せば飛び込める水場が欲しい。
 もう何日……いや何週間? 水浴びをしていないのか思い出せない。とっくに汚臭を発していよう。いつもなら気にしない点だが、聖女のほうが花みたいな爽やかな香りがするのでやや自意識が強くなる。

「あの……」
 聖女が何か言いたげだ。まだ、振り返る気になれないらしい。

 無視して、ゲズゥは黙々と身なりを整え続ける。
 短刀、曲刀、聖女が持ってきた水筒、その他の道具諸々を収めた。脱ぎ捨てた服を丸めて入れてから、袋の口紐を調整する。このくらいの大きさなら運ぶのも楽だろう。右肩にかけるように背負った。

 ようやく、聖女が振り返った。困ったように眉根を寄せている。
 何度か瞬きをしてから、言い出した。

「実は……乗せて貰うことはよくあっても、自分で馬に乗ったことが無いんです。私が育った島にいませんでしたし」
 
 薄っすらと言わんとしてることは伝わった。

「手綱を引いて連れてくればいい」
 試し乗りをしてみるかと問われれば、頑として断ればいいだけのこと。そうするとほぼ商人の勧めだけで決めねばならないのが難点だが、ゲズゥにだって馬の質を識別する観察眼がないし、一緒に行くメリットが少ない。

「乗れますか?」
「……人並みには」
「ではお願いします。ありがとうございます」
 聖女は深々と礼をした。

 礼をされる筋合いがあったか? とりあえず、黙って受け取っておいた。

 着替えも終わったし話がひと段落ついたので、ゲズゥはゆるりと歩き出した。
 その後ろを聖女がてくてくとついてくる。

 ふと空を見上げたら、綿みたいな淡い雲と青い空が目に入った。数ヶ月に渡った牢獄生活の所為で、外の景色がどういう風に変動するのか失念していたらしい。雲の流れひとつがひどく新鮮に映る。今日の空が昨日見た空とまったくの別物だと思い知る。

 サンダルで草を踏みしめる時に、時たま足の指の隙間をくすぐる、草の葉の冷たさも忘れていた。
 そんな些細な感覚さえ、生きていなければ味わえないもの。

 ちらりと聖女の方を見やった。すると、茶色の瞳が訊ねるように見つめ返してくる。
 少女が首を傾げると、ゲズゥはしれっとして再び前を向いた。

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14:33:00 | 小説 | トラックバック() | コメント(0) | page top↑
04.b.
2012 / 01 / 04 ( Wed )
 本心では、林の方に近づくのがとてつもなく嫌だった。
 これが国外に出る最も簡単なルートでなければ、一刻を争う状況でなければ、絶対に避けて通っていた。

 やむをえないのだと自分に言い聞かせながら、ゲズゥは大樹の枝の上に横になった。
 たまたま見つけた仮眠場所で、聖女が民家へ降りている今のうちに休んでおきたい。なんだかんだで徹夜明けだ。

 二時間経っても聖女が戻ってこないのなら、探しに行くと約束した。
 いくらシャスヴォル国の農民が比較的おとなしいといっても、二時間も放っておくのは護衛として雑な仕事だろう。しかし、ゲズゥはそこまで気にしない。異変を察知したら折を見て様子を見に行こうぐらいには思っているが。

 ――乗っても失うものが無く、乗らないなら確実な死があるだけ――聖女の申し出は、ゲズゥにとってそういう話だった。

 自由気ままな生活を返上するのに抵抗が少なくて、自分でも驚いている。やはり、今までの人生に飽きていたのかもしれない。多少窮屈になっても、それ以上に新しい生き方を試したいのだろうか。

 よくわからない。考えることを放棄し、ゲズゥは目を閉じた。

_______

 ちょうど二時間後に目を覚ましたら、腹の上に陣取る小鳥が一羽見えた。小鳥は首を傾げ、何度かさえずる。
 なんとなく動かないでいたら、しばらく小鳥と見詰め合うことになった。
 
「えーと……ゲズゥさん? 何してるんですか」
 下から遠慮がちに訪ねる声で、我に返った。
 起き上がると、小鳥は一目散に飛び去った。

「ゲズゥでいい」
 彼は跳躍し、途中の枝からぶら下がったりして、素早く十ヤード(約 9.144 メートル)の高さを降りた。

 聖女は目を丸くしてそれを見守っていたが、ゲズゥが着地した途端に思い出したように抗議した。

「でも、年上ですから。敬称をつけるのが普通でしょう」
「必要ない。お前は俺の舎弟か」

「え……? 舎弟? 違いますけど」
 訝しげに聖女が言う。
 ゲズゥは特に補足の説明を加えなかった。ただ、さん付けが鬱陶しいだけなのだが。

「……では今後から努めて呼び捨てにします」
 諦めたのか、聖女は同意だけした。

 両手に抱えている大荷物でいっぱいいっぱいらしい。聖女は自身の大きさに近い袋を地面に下ろした。さぞや重かったことだろう。見れば、パンパンに中身が詰まった肩掛けバッグもかけている。時間ギリギリとはいえ、自力で戻ってこれたのは賞賛したいところだ。

 それにしても聖女自身着替えているし、早朝より清潔になっている気がする。風呂でも借りたのだろう。それなら、時間がかかったのもうなずける。

 ふくらはぎまでの長さの茶色スカートと動きやすそうな半そでシャツ、クリーム色のフード付ベスト、そして頭の後ろに束ねた髪。昨日より幾分か旅行者っぽい格好になっている。それでいてなぜか聖女の純白の正装よりも少女のあどけなさを演出している。

「日持ちする食糧と、着替え、方位磁石、道具……」
 聖女が袋の中身をざっと確認する。

「気前がいいな」
「ちょうどあの農家の娘さんが病を患っていまして、治癒を施したお礼にたくさんいただきました。お金を出してもよかったんですが先方が是非にとおっしゃいまして」

 なるほど、実に便利な力だ。即席で取引材料にもなるか。

「外に男性の旅の供が待っていると言ったら、男性用の着替えなども用意してくださいました」
 その男が何故一緒にこなかったかに関しては、怪しまれないように適当な嘘でもついただろうか。
 
 もう少し時間があれば洗濯していきたかったんですが、みたいなことを聖女が言っている。

「国境を越えたら河でも使え」
「はい」
 呆れられると思ったら、すんなり賛同した。

 旅行中の家事に於いては譲歩や柔軟性が不可欠。無駄に育ちの良い人間はそれに欠きやすいから困るが、聖女はそうじゃないようで何よりだ。

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14:48:29 | 小説 | トラックバック() | コメント(0) | page top↑
04.a.
2012 / 01 / 03 ( Tue )
 暗い青に彩られる天に、仄かなオレンジ色が伸びる。夜明けの空を、聖女ミスリア・ノイラートは丘の上から眺めていた。木に寄りかかって立っている。
 早朝だからか、夏にしてはやや涼やかな風が吹く。

 地上に視線を移すと、見渡す限りの農地が目に入る。育ててる作物はさまざまなようで、畑の色が違う。ゲズゥ・スディル曰く、農地を抜けるには丸一日以上を要するらしい。

「民家がありますね」
 背後の岩に座す青年を振り返って言う。ゲズゥは短刀で自分の頭髪を切ってる最中だからか、ミスリアと目を合わせることなく軽く頷いた。

「運がよければ馬やら物資が奪えるな」
 何の感情も込めずに、彼はサラリと応じた。

「う、奪うなんてダメです! ちゃんと家主の方に頼みます」
 ゲズゥがあまりに自然に言うので、ミスリアは声を上げて叱った。

 世に言う「天下の大罪人」の善悪の線引きが一般常識とずれているのは当然といえば当然だろう。大まかに今までの態度からして衝動や感情で動くのではなく理性的な男に見えたが、理性で考えて暴力を振るうのだって十分ありうる。

「じゃあお前が一人で行くんだな」
 そっけない返事。もしかして気を悪くしたのかと内心焦った。
「その方が向こうも協力的になる。俺はまだ指名手配中と変わらない」
 ゲズゥはそう続けた。一瞬だけミスリアを見上げて、すぐにまた髪を切る作業に戻っている。

 そうだった。首都で昨日起きたばかりの騒動を、僻地の人間がまだ知るはずないだろう。「天下の大罪人」の顔を見れば迷わず通報するのが普通だ。
 国外へ出るまでは、油断できない。

 といってもその顔が、大陸でどこまで一般人に知れ渡っているのかいまいちわからない。此度ゲズゥが捕らえられたのはアルシュント大陸の中東地域だ。それを、彼の出身地である南東のシャスヴォル国が裁くということになったらしい。詳しい流れまではミスリアが手にした調書に無かった。
 用心するに越したことはない。

「わかりました。私が一人で行きますから――」
 言い終わらないうちに、ミスリアの腹部から空気が圧縮される音がした。

 赤面しそうな自分を予知して、思わず俯いた。
 持ち歩いてた食糧は、昨日のうちに食べつくしている。お腹がすくのも無理はない。無理はないのだけど、どうしても恥ずかしくなるのは何故だろう。

 ゲズゥがナイフを置く音が聴こえる。それから、何かをポケットから取り出しているような、ガサガサ音がした。

「ほら」
 顔を上げたら、小さなポーチが飛んできた。

 受け取ろうと手を出したけど一瞬及ばなかった。足元に落ちたそれを、拾い上げる。
 でこぼこした布のポーチをあけると、クッキーのようなものが入っていた。

「どうしたんですかこれ?」
 ミスリアは驚いて訊ねた。

 ゲズゥは答えず、全身についた黒い髪を払っている。立ち上がって、それらを埋めるように土を蹴った。緑の中に黒は目立つから隠しているのだろう。
 一思案してから、気づいた。

「もしかしてこれも、昨晩の夜盗からいつの間にか取っていたのですか?」
 散髪に使っている短刀だって、そうでなければならない。ゲズゥは身一つで出てきたのだから、与えられた服以外所持品が無かった。

 どうでもいいことだ、とでも言いたげな様子で、ゲズゥは短刀をくるくると指で回し遊んでから腰辺りの鞘に収めた。

 ミスリアは小さくため息をついた。あの場面で、そこまで抜かりなくて結構なことだ。彼女だったら、盗人とはいえ他人のものに手をつけるのを躊躇う。その点で、ゲズゥはまったく悪びれた様子がない。大罪人という経歴を思えばそれも当然。

 お互いにできること、入れる場所や状況が違う。同時にそれは、片方に不可能なことをもう片方がカバーできるとも解釈できる。

 不安はまだ多いけど、旅をする上で微妙に相性がいいのかも、なんて前向きに考えたりもした。

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16:10:53 | 小説 | トラックバック() | コメント(0) | page top↑
新年明けましておめでとうございます
2012 / 01 / 01 ( Sun )
お早うございます(・∀・) !
2012年ですね。

こんな、年末に思いつきで始めたような自己満足ブログに、足を運んでくれる皆様に感謝感激です。

とりあえず異様にテンションの低いヒーローと小動物なヒロインでごめんなさい。


寒さや食べすぎなどに気をつけましょう。


今年もよろしくお願いします♪

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03.h.
2012 / 01 / 01 ( Sun )
 安穏とした旅にならないのはわかっていたけど、いきなり逃亡生活に入るとは流石に思ってなかった。
 何が悲しくて、会って一日も経ってない異性に背負われながら、深夜に野外を逃げ回らねばならないんだろう。
 
 人生経験が浅いミスリアの想像力は、ここまで及ばなかった。

 ゲズゥの行動や判断に抵抗を感じてはいる。でも、どれも生き延びるためだと頭で理解できる以上、感情でそれを拒むのは間違っている気がする。ミスリアは、社会的に自立した一人前の「聖女」になりたかった。世間の目にはまだ「少女」にしか写らない。だからこそ感情を押し殺し、やるべきことをやれるように鋭意努力中だ。

 自分にとってもまだ自分は「子供」でしかないのだから。

 それに比べ、次々と襲い掛かる怒涛の展開に眉一つ動かさずに冷静に対応するゲズゥは、素直に凄いと思う。
 彼からは戸惑いのようなものがほとんど感じられない。そうやっていつも生き延びるための最短の道を選んできたのだろうか。それとも何も感じない鋼鉄の心臓なのだろうか。

 死ぬはずだった日から、切替の早さがまた凄い。
 今回は脱獄を試みた形跡が一切無いらしいので、生きる気力が低下していたはずなのに、数時間でこの立ち直りよう。

 彼の心の動きに大変興味がある。けど、訊く勇気が足りないので推し量るしかない。

 もやもやと考え事をしているうちに、ゲズゥは淡々と走り続けている。周りの景色が目に留まらないくらい速い。もう彼の底なしの体力に関してはいちいち突っ込んで考えないことにした。調書を読むだけでは知りえなかったことに、今は感謝する。

 あの一体以来、魔物には遭遇していない。
 どこからか慟哭が聴こえる度に、ミスリアは胸が痛んだ。教団で修行を積んだ頃にアレらの性質を十分学んでいた。実践訓練などで浄化したことも多くあった。それでも魔物を浄化したあとは、何度やっても慣れないような、奥深い空虚が残る。
 
 そして今、眠くなってきている。

(いい歳して、おんぶされた状況で眠くなるなんて)

 夜が更けてきたし、連日の疲れもたたってるとはいえ、恥ずかしい話だ。
 ただ、ゲズゥの背中は妙に心地よかった。子供の頃を少し思い出すような。同時に、それとはまた別なこそばゆさを感じる。何故かはわからない。

 睡魔に投降する前に、せめて言おうと思っていたことがあった。ちょうど、ゲズゥが一息ついて立ち止まっている。

「さっき消えられた時は、置いていかれたのかと思いました」
 暖かい背中にコテンと頭をつけて、言った。

 夜盗が現れた時のことだ。見捨てられたと思った瞬間の絶望がまだ消えない。
 言ってどうなるわけでもないけど、これだけは呑み込めなかった。

 二人の関係はまだ、会ったばかりの他人なのは事実である。でも今後は運命共同体のようにならざるを得ない。身代わりになって死んで欲しいなんて欠片も思ってないけど、旅の供として一緒に困難を乗り越えていかなければならないだろう。

 その上でやたら仲良くする必要は無いにしろ、利害ではなく協力関係でありたい。少なくとも、どっちかがどっちかを見捨てるなんてもってのほかだ。結果論でいえば今回は違ったけど。

 ゲズゥが「引き受ける」と言ったからにはそういう解釈をしてくれるのだと思い込んだ。
 思い込みは思い込みでしかなく、結局は話し合うべき点だと改めて思った。

「…………別に俺はそんな半端なことはしない」
 少しだけ頭を振り返って、ゲズゥが応えた。

 どういう意味で言っているのかさっぱり聞き取れなかった。
 もっと話がしたいのに、意識が遠のいてきて返事ができない。

「寝てろ」
 低く響く声が耳にきもちいい。

 安心して目を閉じ、ミスリアはそのまま深い眠りに落ちた。

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03.g.
2011 / 12 / 31 ( Sat )
 断末魔をあげるひまも無く、魔物は半分ずつになって倒れた。

 残骸はまだ脈を打ち、いつしか尾だけでなく表面中に人面が浮かび上がっている。

「おい、」
 聖女が残骸に手を伸ばしているので止めようと声かけた。ただでさえ座り込んでいる余裕は無いだろうに。まだ、他の魔物が追ってこないとは限らない。

 めくるめく人面に触れそうで触れていない距離で手を止め、聖女は何かを小さく呟いた。
 ゲズゥには聞き覚えの無い言葉だ。知らない言語だろう。

 忽ち(たちまち)帯のような金色の輝きが聖女の指先から展開され、広がった。残骸をまるごと包む。
 これは確か「聖気」、先刻ゲズゥの怪我を治した力である。

 まさか魔物を再生させるわけでもあるまい。どういう意図でやっている?
 懸念はあるが、とりあえず手を出さないでいた。曲刀を鞘に収めて腰にさげた。

 残骸からいまや弱々しく立ち上っていた青白い炎が金色の帯と混ざり合い、銀の光に変わった。

 不可思議な現象だ。

 見ると、苦しげだった人面どもが顔を緩めている。笑顔とまではいかなくても、安堵したような、楽になったような、そんな表情になっている。

 魔物の肉体が粒子化をし始め、浮いている。朝日を浴びて霧散するときに似ているが、その時の欠片はもっと暗い色だったはず。今のような銀色ではないし、ゆっくり浮くのではなく砂のようにサラッと風にさらわれるものだ。

 やがて、残骸は残らず散らばり、重力に反して銀色の粒は文字通り天へ昇った。

 周囲から聖気がなくなっている。
 聖女は立ち上がろうとして、よろめいた。ゲズゥは半ば反射的に手を伸ばして支えた。

「ありがとう……ございます……」
 立ちくらみを起こしたらしい。それでなくとも、移動その他で体力は限界まで消耗されているだろう。

「ちゃんと、浄化しなければ魔物は……何度でも再構築、されますから……」
 それでも説明しようとしている。先ほどの行動の不可解さに自覚はあるようだ。

 浄化。異形のモノを真に消滅させる方法が、それだという。過去から今までにゲズゥはそんな場面に出くわしたことが無いのは、聖女や聖人の知り合いがいないからか。

 興味深い話だが、物事には優先順位というものがある。ゲズゥは聖女の前にしゃがんだ。

「負ぶされってことですか?」
 背後から驚いた声。

「今のお前が走れるとでも」
「……思いませんが……。あなたは、大丈夫なんですか?」
「必要ならやるだけだ」
 
 聖女を振り返れば、彼女は怪訝そうに顔をしかめている。

「でも背中を打ったのではありませんか? 顔の傷も、治します」
「後でいい」

 しばし考え込んでから、聖女はそっとゲズゥの肩に手を置いた。そのまま負ぶさる。
 背中に痛みが無い。ゲズゥは聖女の仕業だとすぐに察した。

「では移動しながら治します」
 そんなことが可能らしい。どういう条件下で発動できるのか不明だが、本当に便利な力である。

 しばらく走ったところで。
 またどこからか、魔物の鳴き声が聴こえた。

 夜盗のところにいたやつらか、はたまた別の個体か。忙しいことだ。

「……逃げても多分、撒けません。魔物は遠くからでも、『聖気』に惹かれますから。たとえ力を使わなくても、聖人・聖女であるだけで集中的に狙われます」
 聖女は静かに語った。

 本来魔物が少ない地帯に急に複数発生したのも、それなら合点がいく。
 そういう情報は早めに言え、と思ったが口には出さなかった。今更、詮無きことだ。
 魔物から逃げること自体が無理だとしても、今走って国境との距離を縮めるのはたいへん有益な選択である。

「彼らは、救われたいのです」
 またしても悲しそうな声で、少女は呟くのであった。

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06:01:33 | 小説 | トラックバック() | コメント(0) | page top↑
03.f
2011 / 12 / 29 ( Thu )
 近づいてくる魔物のとんでもない腐臭が鼻につく。下水道に放置された死体並にひどい。無視するに相当な気力を要する。
 
 だが背後から襲われるならともかくして、真正面から飛んでくる標的を斬るのはさほど難しく無かった。

 左肩に少女を担いだまま、右手だけで刀を薙いだ。
 魔物の腹部をざっくり裂くと、傷口から紫黒色のどろどろした物体が飛び出た。人間でいえば血に該当する液体だろう。

 ギィェエエエ、と金切り声をあげながら魔物は空中で回転した。痛覚はあるらしい。そのまま落下するかと思いきや、強く羽ばたいて軌道を変え、再び向かってくる。大して深く斬れていないということか。
 
 最初の突撃は横に跳んで難なくかわした。
 またしても魔物は方向転換して戻ってくる。

 今度の攻撃は既(すんで)のところで回避したが、足爪の部分がゲズゥの頬をかすめた。
 見た目より魔物の質量が多く、かすめただけで仰け反った。倒れずにすんだと思ったのも束の間。

 魔物は首から尾をほどき、回転で更に勢いをつけて二人を鞭打った。
 刀を振り上げたが、手首ごと打たれた。そのまま体当たりされ、体勢が崩れる。ゲズゥの背中は地面に強く当たった。

 激痛に耐えつつかろうじて上半身を起こすと、聖女が数歩離れた位置で草の上を転がってるのが目に入った。

 魔物は迷わず聖女を選んでホバリングしている。大きく裂けた口から、よだれと思しき液体を垂らしながら。
 聖女はうつ伏せ状態から上体を起こした。

 異形のモノを目の前にして少女が怯えるのかと思ったが、違った。
 聖女ミスリアは怖がる素振りを見せず、瞳にはむしろ……憐憫の情が表れていた。ゲズゥにはその理由がわからないが、考えるだけ無駄だということはわかる。距離による見間違いである可能性もある。

 魔物は着地した。敵が聖女に集中し、こっちに背を向けている今がチャンスだ。前方へ向ける注意を保ちながら、ゲズゥは傍に落ちたはずの刀を目で探す。

「なんて、哀れな……」
 聖女が悲しそうに呟くのが聴こえて、疑問に感じた。

 一体何に同情している?
 今にも自分の頭に被りつきそうな化け物に?

 考えるだけ、無駄。

 音を立てないように地を這って曲刀を手に取り、ゆっくり立ち上がる。

「……ゲズゥ・スディルさん。お願いです、どうかこのモノを救ってください」
 懇願だった。

 あまりにも聞き取りにくい囁きだったためか。
 呼ばれてるのが自分だと遅れて気付いた。次に、何を願われたのかわからず耳を疑った。

「この者を、楽にしてあげてください」
 魔物が大きく口を開き、よだれが聖女の髪に垂れた。本当に被りつきそうだが、動きが鈍い。獲物を追い詰めた余裕、それとも悦びからか。もともと知能が低い存在だ。生きた動物と違って、狩りを果たしたあとに己が無防備になることを警戒するほど、気を回せていない。

 あの妙な人面尾がまた首に巻きついていて、先っぽが聖女の耳を撫でている。気味悪い光景だ。

 ゲズゥは一歩ずつ、曲刀を腰の下に構えたまま、慎重に踏み進んだ。

 聖女は静かに涙を流している。
 小さいピンク色の唇が音もなく動いて言の葉を紡いだ。

 「斬って」、と。

 その願い通り、ゲズゥは曲刀を両手で握って力の限り振り上げた。
 地から天へと銀色の弧を描きながら、刀は異形のモノを両断した。

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15:12:39 | 小説 | トラックバック() | コメント(0) | page top↑
03.e.
2011 / 12 / 28 ( Wed )
 すぐ近くに魔物が出現した以上、一箇所に留まるの危険だ。
 夜盗どもの出方を待つまでもなかった。

 咆哮からして最少でも四匹が近づいてきているとゲズゥは推測した。

 聖女は魔物の声が発生している方向を向いて呆けている。腰も抜かしたのか、今だに腕を掴まれたまま自力でしっかり立とうとしない。何を考えているのか表情から読めない。

 この場合、それはゲズゥにとってどうでもいいことだった。
 彼は躊躇なく少女を腰から引き寄せ、肩に担いで走り出し、その場をあとにした。

「きゃっ!?」
 遅れて我に返った聖女が小さく悲鳴を上げる。

 暴れようかつかまろうか決めかねているらしく、小さな手をばたばたさせてゲズゥの背中を上着の上から引っ掻いている。
 
 やっとうまくつかまって、聖女は大人しくなった。今の流れのどこかでヴェールが落ちたらしい。風に揉まれて柔らかい茶髪がゲズゥの顔や首に触れる。暖かい。

 背後ではなにやら叫び声が飛び交っているが、知ったことではなかった。
 いくら何でも一人で四匹以上の魔物を同時に相手にするのは困難だ。

 魔物があの夜盗ども五人を喰らおうとしている間にできるだけ遠くへ逃げるのが得策といえる。向こうには手負いも居て、全体の機動力が落ちている。ちょうどいい時間止めになるはずだ。
 ゲズゥの即座の判断が人道から外れていようと、誰にも彼を責められまい。

 聖女も、黙っていた。
 それでいい。喚かれたって気が散るだけだ。

「ひっ」
 唐突に、聖女が鋭く息を呑んだ。

 後ろを向いている彼女に見えたモノが、ゲズゥにはおぞましい気配として届いた。
 気配の主は二人の頭上を通り過ぎ、そして前方の岩に着地した。

 全身から青白い揺らめきが立ち上っているのが、夜の闇には異様な光景だった。

 人に似て脚が二本あり、膝関節も、胴体の長さも、首も顔も、二つの眼と一つの鼻と二つの耳も、人間と構造が似通って見える。ただし、長く尖った耳まで口が裂け、長さの揃わない牙が何本も生えている点が明らかに違う。
 
 腕の代わりにコウモリのような、膜の張った羽を持っている。ゲズゥは足が速いが、飛ぶ敵になら追いつかれても納得できた。

 尻から伸びる長い尾が何故か己の長い首に巻きついている。
 人間の拳より大きな丸い玉がついてるような尾の先が、にゅるりと前へ伸びてきた。

 尾の先に人面がいくつも現れ、それらはくるくると変動し続けている。何度顔が溶けてまた形作られても、いずれの顔も苦しげに表情を歪めている。叫ぼうとしているようだが声が出ていない。

 ニィ、と魔物が白目をむいて笑う。翼を広げている。
 長い足の爪を向き出しにして飛び掛ってくる。その動きは、猛禽類のようだった。

 ゲズゥは曲刀を構えた。

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23:51:23 | 小説 | トラックバック() | コメント(0) | page top↑
03.d.
2011 / 12 / 28 ( Wed )
 逆上して飛び出そうとする同胞を、リーダーが制した。
「待てよ」

「あん? なんすかっ」
 止められた濃い肌色の夜盗は松明を片手に、直剣を片手に持ったまま、リーダーを振り返った。

「よく見ろ、バカ。ソイツ、左目がヘン。『呪いの眼』じゃねーかぁ?」
 リーダーが指を指している。

 ゲズゥは倒した夜盗から曲刀を剥ぎ、右手だけでそれを試すように振り回している。刀は、彼の腕より短い。

 顔をよりよく見るために、濃い肌色の男は松明を目前で振った。
 リーダーが言っていたことを確認し、怯んだ。

「でもそんなん滅びた種族じゃなかったんすか」
「だーかーらぁ、たった一人の生き残りが『天下の大罪人』なんだろっちゅー話」
「げぇっ」

 ミスリアの予想以上にゲズゥは有名人らしくて驚いた。
 でもそんなことより、『呪いの眼』の一族が滅んでいたというのは、初耳だった。もともと情報の少ない種族だ。シャスヴォル国内でなければ知れ渡っていない事実か、公にされていないだけかもしれなかった。

「ウカツに手ぇ出したらコイツらみたいになるぜ」
 リーダーは既に倒されてる仲間たちを指した。

「じゃ、引けってんですか」
 不満そうに濃い肌色の男は言う。

「んなこたぁ言ってねーさ」
 酒臭い男が斧を構えて横に走り出した。
 察したようにもう一人もまっすぐ走り出す。

 リーダー夜盗が一丁の斧をこちらへ投げたように見えた。
 ミスリアは動けずに、迫ってくるそれを目で追っている。

 女の子の顔狙うなんてひどいな……と、その場に不似合いな雑念が沸いた。

 すると物凄い力で腕を掴まれ、横にさらわれた。
 斧は空を切り、しばらく回転しながら飛び続け、低木に刺さった。ドカッ、と低い音がする。

「ほぅら助けた。何でか知らんが天下の大罪人の弱点は嬢ちゃんだってことだ」
 輪を描きながら、リーダーの方はまだ走っている。

 正面を猛進してきた方の夜盗が先に二人にたどり着き、直刀を振り下ろす。
 曲刀でゲズゥが応じる。片手はまだ、ミスリアの腕を掴んだままだ。
 
 状況的には不利だろうに、器用な真似をする。何とかしてあげたいと思ったけど、下手な手助けを試みるより邪魔にならないように努力するのが最善に思えた。

 酒臭い方の夜盗がまた斧を投げようと構えるのが見えた。何か警告の言葉を伝えねばと口を開けた瞬間、

 ――オオオオオオオオオォォン!

 獣の慟哭が響いた。それは猛獣が空虚と悲しみに吼えたようであり、なのにどこか人間的な渇望を彷彿とさせるものがあった。呼応するように、数秒後にまた別の鳴き声。複数いるというのか。

 近い。
 ものすごく。

 立って動き回っていた二人の夜盗も、意識ありながらうずくまっていた二人の夜盗も、完全に注意をそっちに向けた。夜に活動する彼らなら、警戒している存在だ。
「この辺りはいつも数日に一匹しか出ないぐらい少ないはずなのに、何で昨日今日とまた魔物がわんさか出やがるんだ!」

 リーダーが天を仰いで舌打ちする。

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01:44:44 | 小説 | トラックバック() | コメント(0) | page top↑
03.c.
2011 / 12 / 27 ( Tue )
「あれ、カレシに見捨てられた? カワイソー、オレらがいるから泣かないでねん」
 いやらしい声の男が生き生きと言う。奴らは、夜道を歩くカップルを襲うつもりで近づいてきたらしい。最初から二人合わせてやり込めると見積もって。

「別にヤローの方はいらねーよ。何も持って無さそうだったし、せいぜい奴隷としてどっかに売ろうにも安値だったろーよ」
 ミスリアが認識した三人目の男は、背筋の曲がった大男だった。

 気味悪い夜盗どもが今まさに襲ってくる恐怖より、ミスリアにとってゲズゥが居なくなったことの方が遥かに重要事項だ。
 予想できていたとしても、実際に起こると衝撃だった。
 
 見捨てられた。逃げられた。この場面で。まだ、国境が全然遠いのに。
 それどころか、苦労してシャスヴォル国に来た意味すら皆無に等しい。

 ウソツキ、薄情だ、非道だ、なんて怒っても仕方が無かった。人を見る目がなかったというだけの、自業自得だった。
 今にもくずおれそうな膝に力を入れて、なんとか持ちこたえた。

 この場をしのぐことが最優先だ。
 生きたまま売られるというのなら、どこかに逃げる隙があるか……。
 目が潤む。まだ旅立ってもいないのに早速災難に遭うって。なんて醜くて恐ろしい世界だろうか。

「しっかしビックリだぜ。マジ逃げ足はえーし」
「ホントいつの間に」

 夜盗たちの視界からも、ゲズゥは唐突に消えたらしかった。

 まぁいいかそれよかさっさとお嬢ちゃんを捕まえようぜ、と酒臭い最初の男が言う。こいつがリーダーらしかった。
 背筋の曲がった大男の無骨で汚い手が、ミスリアの右手首を掴んだ。

 手首にかかった圧力に反応して全身に恐怖が流れた。灯りに浮かぶ薄笑いに寒気がした。
 怖くて声すら出ない。逃げる隙なんてあるわけない、と本能が訴える。心は絶望に満ちた。

 と、その時。
 何か影のようなものが大男に横から衝突し、男を吹っ飛ばした。

 ミスリアは解放された手をすかさず引いて、さすった。気持ち悪さは消えない。
 一拍ほど、何が起きたのか誰も飲み込めずに居る。

「おい、何だいまの」
 いやらしい声の小柄な夜盗が松明を片手に、飛ばされた男の様子を見に行くと、影が再び旋風のように通り過ぎて夜盗を反転させた。ゴツッ、と嫌な音がする。

 宙に飛んだ松明を目で追ったら、見覚えのある手がそれを受け取った。
 影の正体はゲズゥだ。前が開いたままの上着がヒラヒラしている。変わらず無表情だ。

「コイツ、逃げたんじゃなかったのか。あんまコケにしてくれんなよ!」
 残る夜盗の一人、歯が何本か欠けている男が右手で曲刀を抜いて襲い掛かる。

 ゲズゥは右手の松明で刀を受け止めたが、鉄と木では鉄の方が勝る。松明は半分に切られ、炎の部分は再び宙を舞う。
 しかし切り終わる以前にゲズゥは松明を手放した。間合いをつめ、空いた左腕で夜盗の右肘を掴んで封じ、間髪入れずにみぞおち目掛けて蹴りを入れた。キレイに決まったらしく、相手はうめき声を漏らして倒れた。

 当のゲズゥは落ち着いた目をしてる。
 彼の流れるような動きに、残った夜盗二人は呆気にとられていた。

「……襲ってくれて好都合だな。礼を言う」
 ゲズゥはぼそっと静かに呟いた。
 皮肉のようで、本気で言ってるようにも聴こえる。

 気が抜けて、ミスリアはそのまま膝から崩れて草の上に尻餅ついた。
 ミスリアを背にかばうようにゲズゥが正面に立っている。ズボンのポケットに片手を突っ込んで、まったく緊張感を纏ってない。むしろ息も上がっていない。一体どういう運動神経をしてるというのだろう。

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12:30:18 | 小説 | トラックバック() | コメント(0) | page top↑
03.b.
2011 / 12 / 25 ( Sun )
 最後の会話から数十分、沈黙の中で歩き続けている。
 ミスリアは段々、くるぶしまである長さのスカートが鬱陶しくなってきた。かといって脱ぐわけにもいかない。一目見て「聖女」のそれとわかる制服は身元を示すに役立つ反面、動きにくいのであった。首都を出て道がなくなったから余計に、草を踏み分けるのが面倒だ。

 着替えや非常食など旅に必要な本格的な支度は、これからする予定だ。ゲズゥ・スディルの処刑を止めるのが先決だったために後回しになった。ミスリアは懐にしまい込んでる貴重品しか所持してない。

 十歩先を歩く青年を仰ぎ見た。
 身長差や体力差があるからどうしても歩幅が違う。ゲズゥには、足並みを揃えるつもりも無いらしい。ブーツが足にこすれて痛いのに、ミスリアはまだ言い出せずにいる。

(まぁ、なんとかやっていけるかな……思ってたより協力的だし)
 それがどこまで表面だけのものかが問題だが。

『死を免れるためなら、人間はどんな甘言でも吐くぞ』

 シャスヴォル国の国家元首の言葉を思い出す。
 甘言を吐くようなひねくれた性格には見えない――なんて、出会って一日も無いのに結論付けるには早いか。

 先が思いやられるけど、それでもどこかわくわくしている自分がいる。
 誰かと長い旅をするのも北へ行くのも初めてだ。不安よりも純粋な好奇心が勝る。

 その時、前を歩いていたゲズゥがふいに足を止めたので、隣に並んだ。

「何か?」
 問いかけても彼は前を見据えたまま、答えない。何かに気づいたのだろうか。
 ミスリアも注意を払ってみる。

 夜のそよ風の匂い。
 どこからともなく響く夏の虫の鳴き声。

 日が暮れて間もないので、辺りは宵闇に包まれつつある。
 辺りは丘と岩と低木ばかりで、民家の気配が無い。

 流石に一晩中歩き続けるには暗い。ミスリアは夜目に自信が無いが、夜通し行動し続けることを提案したからには、ゲズゥは見えているのかもしれない。晴れているのがせめてもの救いで、星の光に期待できる。新月なので月の姿はない。

 再びゲズゥの顔を見ると、彼は眉をひそめていた。

 何かと思って前を向いたら、そこでパッと明かりが灯った。松明の炎だ。複数の人間が前方にいる。そして素早く近づいて来る。岩や低木のそばに潜んでいたのだろうか?

 急に明るくなったので、驚いて何度か瞬いた。目の焦点が合わない。

「嬢ちゃんよぉ、こんなトコォ夜中うろついちゃ駄目だって、母ちゃんに教わんなかったんかい」
 酒の臭いのする男が言った。

「キレイな格好してるな。懐には何かイイモノ持ってたりしねーか、嬢ちゃん」
 いやらしい声のトーンで、別の男が言う。

「別にいいぜ、手ぶらでも。高値で売れそうだよなぁ、聖女とかって」
 うけけ、と三人目の男が喉を鳴らしながら言った。

「やべーよ、オレ我慢できねーからヤっちゃっていい? ダメ?」
「手ェ出したら価値下がるんじゃね?」
 またしても別の声が二つ。

 ようやく明かりに目が慣れてきたと思ったら、大小さまざまな体型をした五人の男が、半円を描くようにミスリアを囲んでいる。

 人生経験が浅いミスリアとて、すぐに状況を飲み込めた。夜盗だ。当然、全員が何かしら血に錆びれたと思しき武器を携えている。

 思わず隣を向いたら、驚愕に身を固めた。
 さっきまで居たはずのゲズゥが忽然と消えている。

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