54.g.
2016 / 03 / 25 ( Fri ) 「ゆる……された、人殺し……!?」
「私は自分がいつから『こう』だったのかは憶えていません。私は同志を求めた。次には、合法的にコレを楽しめる居場所を探し――そしてみつけた」 青年は薄気味悪い笑い声をくつくつと喉から上げる。奴の仲間たちも同じように楽しそうだ。 「世界中の役人や処刑執行者だってきっと私と同じ心持ちです。殺しても構わない者を、率先して殺せることに、悦びを得ているでしょう」 真面目な役人が聞いたら憤慨しそうな断言を、奴はサラッとする。ミスリアは耳の中に毒を入れまいとするように、激しく頭を横に振った。 「違います。構わないなんて……社会は彼らを切り捨てたりは――罪を犯した過去は、必ずしも同様の将来に繋がりません」 「元死刑囚を連れ歩いていながら、よくそんなことが言えますね。一度は『要らない』と判じられた人間が存在する証ですよ」 なるほど自分がミスリアにくっついて回る現状をそういう象徴と解釈することもできるのか、と他人事のようにゲズゥは納得した。 勿論、聖女ミスリア・ノイラートの解釈はその真逆であろうが。双方の論は行き違うばかりである。 「全ての人間には等しく――やり直す機会が、与えられて然るべきです!」 「そう思わない民の方が過半数ではないですか? 貴女のしたことを耳に挟んで、喜んだよりも悲しんだ人が、憤った人が、或いは嘲笑った人の方が多かったはず」 「多数・少数の問題ではありません。人道の話です」 「大多数の人間が受け入れていない人道など、説く意味があるでしょうか」 「意味はあると、私は信じてます。他の誰が何と言おうと、私は最後まで彼らを信じます」 ――空気が変わった。変えたのは、いや変わったのは、ミスリアの心情か。 ほんの瞬きの間、ゲズゥの動きが止まった。それが生死を決定する過ちになりうるとわかっていても、そうせずにはいられなかった。小さな聖女の言葉は、己に酔ったつまらぬ連中と違って、素直に感じ入るものがあった。 「結構な美談ですが、だからと言って我々は行為を止(や)めるつもりはありません。ここであなたがたを潰しておけば、誰にも知られず、糾弾されることもない!」 「がっ」 小さな喘鳴。 青年がミスリアの首を片手で絞めあげたのだ。 しかし銀の輪がその手めがけて空を切るのも目に入ったので、ひとまずゲズゥは意識を別方向に向ける。すぐ近くに二人の人影が、リーデンの方には一人まとわりついている。確実に振り払うのが先決だ。 そうして敵の一人が繰り出した蹴りを、剣の腹で往(い)なした。続けざまに斬り付けてきた斧もかろうじて避けるが、頬を掠ったのか、鋭い痛みが走った。 「ありがとう。他の誰が何と言っても、僕と兄さんだけは最後まで君に寄り添うよ」 さく、さく、とチャクラムが的に繋がる音が数度に渡る。今度は青年が呻き声をあげるのが聴こえた。 「だから安心して」 リーデンはくるりと身を翻し、目前の敵の脇下を仕込み刀で斬った。血の臭いが散る。 「…………ああ。潰されるのは、こいつらだ」 これはミスリア本人に向けた言葉であり、もはや連中の存在は居ないものと扱う。 だがまだだ。ゲズゥは剣を逆手に持ち直した。まだ、突破口は無い。 深手を負わされた青年は逆上し、剣を抜いた。このままでは―― 「迷惑なクソガキどもだな」 ふいに馴染みの無い男の声が、急速に近付いてきた。その者から漂う魔物臭は組織の四人組を越える濃さである。まるで実物のようだが、気配や地を踏む足音には「混じり物」に感じたような違和感はなく、人間そのものに思えた。 「破壊願望を持て余してんなら枕に砂利でも詰めて殴ってろ。優越感を味わいたいなら、他にいくらでもやりようがある」 奴からも飛び道具が発せられた。しかもリーデンの扱う戦輪よりはずっと質量を伴っている。 それが転機だった。 |
54.f.
2016 / 03 / 23 ( Wed ) だが言っているそばからもう遅かった。 ちょうど雲が去って、星明かりがより鮮明に地に降り注いだ瞬間。後ろに控えていたはずの小さな聖女が、忽然と消えたことに気付く。静電気のように、肌に弾ける焦燥感。 探した。ミスリアは夜目には見つけづらい深紫色の外套を身に着けていたが、あの色白い肌なら―― 横から飛び掛ってきた少年を視界から払う。 突然の強風が吹き荒む。 少し離れた先に、連中のリーダー格の青年が居る。青年は正面の影を見下ろすように首を傾けていた。 見下ろしているのは人影である。風に弄ばれている波打つ髪の向こうに、細い首が覗く。目を凝らさずともそれが目当ての人だとわかった。 いつの間に敵に接近したのか。ゲズゥは冷や汗が額に浮かぶのを感じた。 「どうしてあんなことをしたんですか!」 ミスリアは唾も飛びかかりそうな勢いで青年に食ってかかった。小さな身体にここまでの怒声を吐き出す力があったのか、と思わず驚いたほどに。 「あんなこと?」 返事はあくまで落ち着いている。 「地下に追い込んだ罪人のことです!」 「あれですか。どうしてと訊かれましても」 青年は嘲笑した。そして三人の仲間たちを見やる。 「どうしてっつったらなーあ」 リーデンと斬り結んでいた少年が代わりに言った。 「楽しいから」 「に、決まってっだろ! 他に理由なんているかよ」 「テメェらだって、人殴ンのは好きだろ? 他人を踏みにじる優越感がイイんだよ。痛みつけた分だけ叫び声が大きくなったりしてさ」 三人が口々に答えた後、僅かな時間、場に沈黙が落ちた。 同意を求められても感じ入るものは何も無い。ゲズゥはただ煩い蝿を叩き落す要領で無言で剣を繰った。少女が巨大な鉤(かぎ)状の刃物を振り回してくるので、不規則な攻撃に対応するのは困難になりつつあった。 ――優越感? 殴るのが好き? などとは、欠片も思わない。暴力は手段であり、必要ならば振るう、その程度にしか捉えていない。 四人組の言葉にはこれといって興味が無かった。弟は同意見ではないようだが、それでも本心を表に出すことなく淡々と凶器を投げ続けている。 「そんな、理由で、彼らは苦しまなければならなかったんですか。目的すら持たない拷問にかけられて、誰も知らない場所で死ななければならなかったんですか」 「何故感情移入をするのかわかりませんね。所詮は罪人。社会が既に『要らない』と切り捨てた部分です。殺しておくことに感謝こそされても、恨まれる筋合いは無いはずです。まさかあなたは、罪人にも人権があるのだと言いたいのですか」 ミスリアの詰問に、青年は不愉快そうに答えた。どこか雲行きを怪しく感じる。 かと言って割って入るには、他三人の妨害が激しくて距離が一向に縮まらない。 「あります。当たり前です!」 「ありませんよ」 「貴方たちだって人殺しという罪を犯したではないですか!」 「違いますよ。我々は、社会に『許された』人殺しをした。その為に組織に入ったんですからね」 |
54.e.
2016 / 03 / 20 ( Sun ) 「絶対防壁の弱点、みーっけ。この狭さなら、魔物が偶然見つけて侵入する心配も無いかな」
目に見えない亀裂の大きさを測るように、リーデンが切り株の隣に片膝ついて宙に手を浮かせている。指先で縁を撫でたり、こじ開ける動作などをなぞったり。事情を知らぬ者が傍から見れば、相当な奇行に映ることだろう。 「そうですね」 「けど、結界の内側で新しく発生する魔物相手には無意味だね?」 「……はい」ミスリアは苦笑を返した。「それを見越して、日中はできるだけ瘴気を浄めていきます。ただ、彼らのしていることは――異例、ですので、原因を取り除かないことには防ぐのは難しいかと」 「うんうん。君の憂いの元はちゃんと駆除するから、大丈夫だよー」 「そ、そんなに憂えているように見えましたか」 ゲズゥとリーデンが異口同音に「見える」と答えると、ミスリアはどこか気まずそうに笑った。 「でもさー、そもそもよく見つけられたよね、こんな穴。結界って新しく張る度に綻びの位置も一緒なの?」 「丁寧に手順を踏めば張り直されるはずです。同じ場所に何度も出るなら、術者のクセでしょうか……」 近くにあった綻びはこれだけだった。奴らはここを通ったと仮定できよう。 次にはゲズゥは草をかき分けて足跡を探った。指を地に這わせて触覚のみを使うのは、なるべく明かりを使いたくないからだ。星の輝きを頼って進むのは時間がかかったが、運の良いことに痕跡を見つけるに十分とかからなかった。 そうして次に向かうべき方向を定め、静かに、慎重に進む。三人の会話の糸は途切れたまま再び結ばれることはない。 いつしかゲズゥは大剣の柄に右手をかけて歩いていた。 深夜特有の不気味な静けさが――風の気配が、まるで後ろ首に吐息をかけているようで、落ち着かない。 ――果たしてどんな刺激が最初に五感を突くのか。 先刻のような、相手の無防備な場面に遭遇するのはまずありえないだろう。追われることを警戒しているのなら、逆に待ち伏せをしている可能性も―― ――チャッ! ゲズゥは大剣の柄を押し込んで木製の鞘から解放した。 ――右回りに薙ぐ―― 脳が勝手に発した神経信号。身体はそれ以外の命令を要さなかった。 このような場所でこのように異様な汚臭を放つ存在が、まともであるはずが無い。嗅覚が拾ったのは魔物の腐臭か、鮮血の異臭か。ゲズゥにはどちらでもいい。 結論は一瞬後に得られた。 「うおっとぅ!」 驚く少年の声、金属同士の衝突音。右腕に走る手応えの質量、それから。 「お待ちしていましたよ」 闇夜に躍る、別の青年の嗜虐的な笑い声。 「さしずめ僕らは君たちの次の玩具に抜擢されたってとこかな」 リーデンが冷静に言い放った。 「あなた方ならきっと来て下さると思っていました」 「あははは! 光栄だよ」 まるで引けを取らない嗜虐的な笑い声が、鉄輪に乗って銀色の弧を描く。 俄かに勃発した四対二の交戦状態の最中、なんとか短い会話を挟んだ――。 ――愚弟。 ――何かな、愚兄。 ――ミスリアの動向に気を付けろ。 ――わかってるよー。 |
54.d.
2016 / 03 / 19 ( Sat ) 「はい」
「で、お遊びが僕らにバレちゃった以上、あの子たちは首都を出るはずだよね。まだまだ遊びたいお年頃だから、玩具のいなさそうな方を行かないと考えて、大きい道に絞ろう」 つまり、人の出入りが比較的少ない道は眼中に無い。 首都の外郭から伸びる主な道路は五本。南西の一つを排除するように、リーデンは石をのせた。 「某組織の正確な位置は不明だけど、すぐ南西、山岳地帯のこの辺じゃないかな。上司の目に付きそうな方角へは逃げないと思うね。北は果ては教団に行き着く道だから、それも選ばない気がする」 「確かに、悪事が露見しそうな道は避けそうですね」 「そ。残るは西、東、と南東に行く道。特に南東は人の出入りが多い。僕らもこっちから首都に来たもんね」 都市国家群やヤシュレ公国からの貿易商が多く使っている道だ。 「西は可能性が低いとして、後は東か南東ね。僕は南東だと思う。両方見に行って外郭の兵士に話が聞けたら一番早いけど、ちょーっと協力してもらえるか怪しいよね」 「一刻を争うなら、今選べと言うのですね」 「そーゆーこと。どうする、聖女さん?」 枢機卿と多少話し込んだとはいえ、今ならまだ十分に追いつける。奴らは首都から出ても、獲物を求めてまだ近くに居る可能性が高いのだとリーデンは主張する。 「一晩の内にそう何度もやるのか。狙いを定める時間や準備は必要だろう」 ふとした疑問を口に出した。 「どうだろうね。一度は邪魔をされたから、俄然やる気出して新しい獲物を急いで捕まえに行くかも。夜はまだまだこれからだし、本人たちも若さゆえに体力あるんだし、何度でもチャレンジしそうじゃない?」 「…………」 ゲズゥは反論しなかった。鬼畜な連中の思考を読むことに関して、この弟に敵うはずがない。 沈黙の中、リーデンの従者の女が心配そうな顔で地図を眺めている。箪笥の上の小型時計が秒刻みにカチカチ鳴るのが、やけに大きく響いた。 やがて三人の視線が少女の元に集まる。 ミスリアは応えるように頷き、決定を言い渡した。 「南東に向かいましょう」 「わかった」 「オッケー。五分以内に支度するよ」 そうして魔物退治ならぬ悪者退治に出かけたわけだが――自分が退治される側でない現状に、相変わらず皮肉を感じるのだった。 _______ あふ、とミスリアが欠伸を掌で塞ぐのを横目で見た。直後に小さく震えたのは欠伸の反動か、それとも寒いのか。 「すみません。気になりますか」 視線に気付いて、ミスリアがこちらを振り向いた。 「別に」 夜の屋外活動に備えて昼寝をしたわけでも無いのだから、眠いのは当たり前だ。 それきり、静かに歩を進めた。いつもは口数の多いリーデンも、黙って周囲に神経を張り巡らせている。 外郭から出て数分、振り返れば首都の灯りも点滅して見えるくらいに離れている。 今のところ、首尾は悪くない。夜中にこんなところを出歩いていたことも、魔物退治の為だとミスリアが説明するだけで衛兵はすんなり納得した。 通行止めをくらっても仕方のない状況だった。何せ夜は更けつつある。それでも首都を覆う結界の範囲から抜け出たいなら自己責任で踏み出すのみだが、為政者は民の安全を守るのだと言って出入りを制限している。その辺りこちらは正当な理由を用意してあったので、管理者もあっさり結界を解いてくれた。 曰く、日暮れ以降に南東から出て行く者は他に居なかったと言う。 首都の結界はたとえ目に見えなくても、超えがたい防壁である。自然と導き出される解答、それは奴らが結界の綻びから抜け出たということ。 そこまでわかれば後は該当する箇所を見つけるだけだ。 そしてそれは、何の変哲も無い切り株の傍にあった。 |
54.c.
2016 / 03 / 18 ( Fri ) 「リーデンさん?」
「ちょっと気になったんだよねー。教団の人手が少ないってよく聞くけど、具体的には何人ぐらいいるの? 機密事項?」 その質問には枢機卿が応じた。 「機密事項ではありません。お答えしましょう。修道士課程を終えてなお存命である者の数は私が先月に確認できた時点で九百八十二名、うち百五十七名は聖人課程を経ています。その中の三十六名が過去二十年以内に聖獣を蘇らせる旅に出て、未だに旅を終えていません」 「ふーん、じゃあその中で生きてるって確認できてるのは?」 「報告書は任意ですが、生存確認としての定期連絡は必須。過去一年の間で連絡が途絶えていない者は僅か九名です。聖女ミスリア・ノイラート、貴女を含めて」 旅を中断した聖女レティカは、その頭数に入っていないと言う。 ――流石に少ない。 リーデンも同じことを思ったらしく、眉をしかめた。 「聖人・聖女の全体数でも四、五分の一程度しか聖獣を目指さないんだね。意外」 「それは仕方のないことです。一概に聖気を扱えるからと言っても年齢や力量に個人差はありますし、旅や冒険やらに向いているとも限らない。大陸には治癒と浄化の力を今すぐに必要としている地も多い。巡礼にもさまざまな形があるのですよ」 「にしても、二十年で三十六人ねぇ。一年に二人と輩出されないのは妥当、なのかな」 「既に死を確認できた者は数から差し引いてあります。旅に出ただけで言うなら、もっといました」 「んんー……それで未だに聖獣が蘇る兆しが無いってのはどうなの……」 まだ引っかかる点があるのか、リーデンは目線を逸らして考え込んだ。しかしそれ以上は何も口に出さない。 「ともかくして、姉君の記録の件は任せなさい。なんなら本部まで足を運ばなくても、使者を送って模写を持って来させます。私の権限であれば持ち出しは可能です。一週間以内には必ず」 「そんな」 ミスリアが抗議できるより先に、枢機卿が手を差し伸べた。 「遠慮は不要です。此処でお会いできた縁を記念して、受け取りなさい」 「ありがとうございます、猊下」 ミスリアは伸ばされた手を取り、厳つい指輪に口付けを落とす。 「どうかあなた方の旅路に神々と聖獣のご加護があらんことを、聖女ミスリア・ノイラート」 「同じく、あなた様の往く道に大いなる存在のご加護があらんことを。グリフェロ・アンディア枢機卿猊下」 聖職者同士で儀式的な挨拶が交わされる。或いは聖気も交わされたのかもしれないが、そこまではゲズゥにはわからなかった。 そうして枢機卿は去り、一同はあてがわれた寝室に戻った。 パタン、と部屋の戸が閉まりきった途端に、リーデンが小声で言った。 「聖女さん、本当はあの子たちのこと追ってお仕置きしてやりたいんじゃないのー?」 「……お」 お仕置き、とミスリアはうわごとのように復唱する。あの地下で見せた激情の片鱗が少女の面(おもて)に再び浮かび上がっているのに気付き、ゲズゥはなんとなく距離を詰めた。 「お前は奴らの行先に目処が付いたのか」 と、リーデンに向けて問う。弟の含みのある眼光から察するに、考えはあるのだろう。 「当たるかは別として、予想することはできるよ」 リーデンはウフレ=ザンダの地図をどこかから取り出して膝上に広げてみせた。現在地である首都に指を滑らせ、図書館の場所にガラスのペーパーウェイト(=文鎮)をのせる。 「僕らが出会ったのはココね。ちなみに枢機卿さんが行く定例会も多分首都圏内かな」 |
54.b.
2016 / 03 / 17 ( Thu ) 「ありがとうございます」枢機卿に手を引かれて、ミスリアが立ち上がる。「猊下、年若い四人組を見ませんでしたか?」
ミスリアは例の奴らが逃げた事情と、その外見をかいつまんで伝えた。話を聞いた枢機卿は屋根上の護衛に合図をする。護衛は何かの合図を返した。 「……いいえ、私も彼らも他の人影を見ていません。こちらの方向には来なかったのでしょう」 「そうですか……。別の出口から逃げたのですし、これでは捜すのは難しいですね」 「ご心配なく。後日じっくりと組織に問い詰めることにします。元々あちらの代表との定例会の為にこの国を訪れたのですから」 枢機卿は無機質に言って歩き出した。その二歩後ろにミスリアが付き、ゲズゥは更に数歩後ろに続く。周囲への警戒を怠らずに、大剣だけを収めた。 「ではその行程で立ち寄ったのですね」 「まさにそうです。先ほどのご婦人は宿泊先の管理人でして、近頃この付近から凄まじい鳴き声が聴こえるのだと、相談を受けました。どうやらあなた方に先を越されたようですね」 「す、すみません」 「何を謝るのです、幼き聖女」 初めて、厳かそうな枢機卿の声に楽しそうな響きが含まれた。 「そういえば以前から思っていたのですが、レティカも大概でしたけれど、貴女も特殊な筋から護衛を見つけたものですね」 そう指摘した枢機卿の視線は次の曲がり角に集中していた。夜着に外套を羽織っただけの姿でリーデンが手を振っている。昼間に比べれば装飾品は圧倒的に少ないが、暗がりにも目立つ愚弟だ。 「……そうですね。でもその分、人生経験の違いが互いを補い合えるものだと信じています」 「その考え方を認めたからこそ、教皇猊下は貴女の選択を肯定したのでしょうな」 「そうであれば、嬉しいです」 ミスリアは照れ臭そうに頬に触れた。 宿まで送ると言った枢機卿は、結局建物の中まで入ってきた。受付の前に誰もいないことをサッと確認してから、立ち話を始める。 「あなた方は何故ここに? 聖地への移動ですか」 「いいえ、実は――」 出し惜しみせずに、ミスリアは事情をあらいざらい語る。教団に保管されている報告書の話題になったところで、枢機卿は片手を挙げて口を挟んだ。 「手続きを急ぐように、取り次ぎましょうか」 「そんな、お手数をおかけするわけには」 ぶんぶんと頭を振ってミスリアは枢機卿の申し出を遠慮した。 「レティカに良くしていただいたのですから、当然です」 「聖女レティカ……私は、何も……」 少女の表情に翳りが走る。 その様子に、ピンと来るものがあった。無力な己を嘆いていた時の――そう、イマリナ=タユスでの魔物退治の件だ。青銅色の髪の聖女と、一見ちぐはぐでも能力の相性が良かった二人の護衛。この男は、あの聖女の縁者だったのか――。 「あの娘に真に必要だったのは、対等に接することのできる同志だったのでしょう。聖人・聖女が背負う責務、そして護衛たちの命の重さ。それを誰かに肩代わりしてもらうことはできない。ただ、分かち合うことはできましょう」 「…………」 言葉に詰まったように、ミスリアは茶色の双眸を潤ませて枢機卿を見上げる。 「ただでさえ、聖人・聖女課程まで修了できる者は数少ない。あれはきっと、教団でも同期の中で浮いていたことでしょう」 「大切に想っていらっしゃるんですね」 そう言ったミスリアの表情は、慈愛の中に羨望の欠片を潜ませていた。おそらく枢機卿は気付いていない。 「兄の孫です。昔は膝にのせて可愛がってやったものです。しかし成長してしまえば周りの期待も大きく、以前のようには接してやれない」 できればこれからもよろしく頼みます、と言って男は頭を下げた。ミスリアはぎょっとなって「私でよければ!」と頭を下げ返す。 「しつもーん」 シリアス一辺倒であった雰囲気を、リーデンの明るい声が壊した。 |
いきてるいきてる
2016 / 03 / 15 ( Tue ) でもって、まとまった時間がとれねえ。
リアルがあーなったりこーなったりたのしかったり家のことがとらぶったり(うわーん)、偉い人が来ることになったり(オフィスをせっせと掃除して始まる一日)。 生きてるよ… ごめんよ…。 私だってミスリア一行やカタリア一行<名前が出ない青年>に会いたいよ…。 ――今日こそ!!! |
54.a.
2016 / 03 / 11 ( Fri ) そこに佇んでいるだけで問答無用でミスリアを跪かせるに至った黒服の男と、その男の陰に隠れる気の弱そうな女に向けて、ゲズゥ・スディル・クレインカティは一言物申すことにした。 「コレが人間に見えるのか」 すると男の方が鋭い目を冷静に動かし、倒れ伏したモノの上に松明をかざした。 切り口から青白いゆらめきが立ち上っている。男は眉をしかめた。なるほどと呟き、片手で女を立たせた。 「落ち着きなさい。彼が斬ったのは人ではありません、魔性です。瘴気に当てられてはいけない、貴女は家に帰るのです。後始末はこちらが引き受けます」 「で、でも! あの件は――」 「状況が変わりました。ほら、迎えが来ましたよ。お行きなさい」 そう言って、遅れてやってきた女の夫らしき人影の元に行かせる。強引ではあったが、恐慌状態に陥った人間が場に居ると話が進まないのも確かだ。男は賢明な判断をした。 「さて……」 黒服の男はゆっくりとミスリアの前に立った。その動作に敵意を感じないので、ゲズゥはひとまず傍観する。男はそっと両手でミスリアの手を引き、顔を上げるように促した。 「聖女ミスリア・ノイラートと見受けます。いつぞやは、レティカが世話になりましたね」 レティカとはどこかで聞いた名であるはずなのだが、ゲズゥには詳細が思い出せない。一方、ミスリアにはすぐに心当たりがあったようだ。 「――聖女レティカ?」 茶色の双眸に認識と驚愕が閃く。 「となると貴方はグリフェロ・アンディア枢機卿猊下……?」 「さよう。して、他に魔物は?」 男の視線は地面でのた打ち回る異形へと滑った。無力化されているとはいえ、未だにソレはけたたましい呻き声と耳障りな水音を立てて存在を主張し続けている。 「地下避難所にもう一人居ましたけど、浄化して参りました。他には居ないと思います」 「では、この者を送ってから引き上げるとしましょう」 そうして男は空いた片手をかざした。淡い黄金色が地に降り注ぎ、魔物の残骸を包んでいく。魔物はこれまでの暴れようが嘘のように大人しくなり、安らかな表情で粒子と化した。 枢機卿という階位が何を意味するのかは知れないが、少なくともこの男は「奇跡の力」とも称されるあの聖気が扱えるらしい。 「宿まで送ります。道すがら、しばしの談話にお付き合い願えますか」 浄化を終えた男が、やや大げさに腕を振り回す。 「私で良ければ、是非! でも送ると言うのでしたら猊下こそ……」 ミスリアは困惑したように辺りをきょろきょろ見回し、やがてこちらにも目を合わせてきた。 何を探しているのかを察なんとなくしたゲズゥは、上を真っ直ぐに指差す。 「屋根の上」 「よくわかりましたね。私の合図なしでは動くなと言いつけてあるのに」 「動きが無くても、視線を感じた」 おそらくは弓などの使い手だろうか、程よい距離からこちらの様子を窺う視線を二、三方向から感じていた。たった今までまるで動かなかったのに、目の前の男が腕を振り回した途端に視線の源が一斉に揺れた気がしたのだ。 地位が高い人間なら護衛が付くのも当然と言うもの、自然とゲズゥは点と点を繋げていた。 ほう、と感心したように枢機卿は僅かに伸びた顎髭を撫でた。 「そういうことです。私の身の安全に気を遣うことはありませんよ、幼き聖女」 |
鹿肉シチューを
2016 / 03 / 09 ( Wed ) 作っていたら、こんな時間になってました。
といっても電子鍋に材料突っ込んで6~8時間放置する系のヤツなんですが。 ただでさえ最近はミンチ肉しか扱ってなかったのにいきなり鹿のラウンドステーキですよ奥さん。筋切った方が苦味が出なくて美味しいよ~と肉を下さったおばさまの仰せだったので、こまめに切り落としてたらスゲー時間かかったw 精進せねば。 果たしてこれでうまく行くのかは謎ですが、およそ8時間後に答えが出るでしょう。 そろそろ更新しまーす |
さて、
2016 / 03 / 05 ( Sat ) 防護服と進化論の世界から帰ってきました、甲です。
SF(?)短編「たえよいつか」完結しました。去年から温めていたネタを、エブリスタの妄想コンテストに合わせて書き出したものです。1万字以下のはずなのに、エブリスタって改行とかタイトルも数えてるのでしょうか、オーバーしちゃってますw これって失格になるの?? 楽しかったからまあいいやもうww 来月はアルファのホラー大賞ですね。特にどうということはありませんが好き息をエントリーしときました。応援よろしくお願いします。 ……とりあえず仕事忙しいです(現実逃避現在進行中 道のりがRPGで言うところのリニア(一直線)型じゃなくなってきているミスリアも、そろそろ投稿します。寄り道ばっかりのようですが、なんだかんだで北に来ました。 ひゃっふー! |
あるある
2016 / 03 / 02 ( Wed ) http://ncode.syosetu.com/n0088de/
気が付いたら新作書いてるなんて、あるあるだよね! この話は今週中にズバッと完結させたいと思います。お付き合いいただけるとうれしいです。 そして組み合わせアンケートのミスリアxゲズゥ支持率www 投票してくださってる皆様ありがとうございます! |
惰性で
2016 / 03 / 01 ( Tue ) いきているか
人は生まれた瞬間から限られた日数を生きることしかできない。その時間をどう過ごしたいか、考えたことはあるか? ただダラダラと時間を浪費してはいないか? と、私の中のオルト様があざ笑っております(? 立てた片膝に腕をのせながら。 すみません! もっと精神統一して色々頑張りますぅううう 何故ふとこんなことを思ったのかと言うと、酒と女に溺れてgdgd生きてる友達に叱咤のメッセージを送ったぜ、と宣言してる知り合いがFBにいるからですw 友人思いで結構だが公共の場で何言ってんだよって感じでした。 がんばろう。 時間をどう使うかは人それぞれ。でも、どうせ、みんな――。 だからこそ、どう人生を使いたい? さあ、今日は 何をする? 余談ですがパセリの種が昨日芽吹きました。一本にゅっとしたら二本目もにょきっと。今朝見たら三本目まで顔を出しております。 うおおお ありがとううう 頑張って大きくなってくれよーー |
53 あとがき
2016 / 02 / 28 ( Sun ) なんちゅーとこで止めやがるんだよって感じですが、53はここで終わりです!
*アルシュント大陸に「新聞」技術は普及してません。一般市民の耳に入るニュースは噂か、イマリナ=タユスに登場した街中の壇みたいな場所でアナウンサーが伝えます。それゆえにゲズゥみたいな元指名手配犯がうろついても、知名度にムラがあります。図書館に行けば役所からの公開データ(今回ミスリアが持ってたやつ)が読めますが、リアルタイムに更新されるものではありません。 続きは読み終わった人へ |
53.i.
2016 / 02 / 28 ( Sun ) 初見では見分けがつかないくらいに人の形をしている。ただし首は前後百八十度に捩れ、あちこちの関節が外れていた。身体を地面に縫い付ける槍の束縛から逃れたくてひとしきり暴れた後、力尽きてしまったのだと考えられよう。 (むごい…………) いたたまれなくなり、ミスリアは手をかざした。 黄金の輝きが異形のモノを銀粒子へと還す瞬間、残留思念のようなものが脳裏に閃く。 その者は、窃盗を繰り返して生活していた。「稼ぐ」際に被害者と揉めて、暴力沙汰に発展することもあった。一つ一つの罪はそれほど重くなくても、彼は幾度となく首都の警察から逃れた。それでジュリノイの手配犯リストに載るに至ったようだ。 罪に対して罰の方が重すぎたのである。 あの四人組に捕まり、非を認め罪を告白するまでいたぶられ、それでも解放されることなく死に追いやられた。 絶望はそこで終わらない。元々背負っていた業に彼自身の世界を憎む負の感情などが重なり、窃盗犯は魔物に転じた。 対象が魔物となっても、少年たちの暴行は止まるどころかエスカレートした。むしろ彼らは、それを期待して待っていた。要するに、罪人の魔物化を促したのである。 (懲罰なんかじゃない。折檻という枠にすら収まらない。ただの拷問だわ) ミスリアは左手で口元を押さえ、嗚咽を押し殺した。飲み込まれてはいけない。集中が乱れてしまえば正しく彼の魂を救済することは叶わないのだから。 まるで呪縛のように「快楽殺人」の概念が、その場に漂っていた。 思えば少年たちは逃げはしても、言い訳は述べなかった。抵抗したからやむなく殺した、みたいな嘘の一つすらなく。彼らは全てわかっていて行為に及んだのである。 沸々と喉の奥に溜まる澱が、憤りが、ミスリアを蝕んだ。 ――ガッ! 衝撃音で、我に返る。 足元の闇が残らず銀色の燐光になったことを認め、ミスリアは踵を返した。音は階段の方からだ。地上に逃げようとする魔物を、ゲズゥが追っている。二つの影はあっという間に見えなくなった。 追いかけて、階段を駆け上がる。 女性の悲鳴が夜を裂いた。 (しまった、人が!?) 急いで階段を上りきると、想像していた最悪の事態とは違う場面に遭遇した。 人間と見間違うような小柄な魔物が、胴体らしき部分と下半身らしき部分をすっぱりと切り離されて、どす黒い液体を傷口から噴いている。勿論、それは大剣を振り下ろした青年の仕業であった。 その体液をまともに浴びせられているうら若い女性が一人。恐怖のあまりに硬直している。 (何か言わなきゃ) と思うのに、ミスリアは金縛りにあったように何もできなかった。 二分(にぶん)された魔物は呻いている。ゲズゥは再び剣を振り上げた。 「ひとごろしっ」 女性は呟くような小声で吐き捨てた。けれども鋭い非難を無視して、剣は軌道を辿り切る。ドロドロとした液体がまた散った。 「ひいいいい」 叫びながらも女性はその場に腰が抜けた。それでも這って離れようとしている。 「待ってください! 違うんです」 やっと声を取り戻せたミスリアが呼び止める。思わず腕を伸ばし――そして女性の向こうの闇から、すうっと松明を持った背の高い男性が現れるのを見た。 厳かそうな、彫りの深い顔立ち。白と青銅色の混じった髪の上には茜色の丸い帽子(カロッタ)を被っている。男性は状況を把握せんと、ぐるりと辺りを瞥見した。 「猊下!」 「何事です」 女性は跪いた体勢で年配の男性に縋った。男性は聖職者特有の、裾の長い黒装束を身に纏っている。 「あの男が! その者を真っ二つにぃ! ひっ、ひと、人殺しです。お逃げください!」 「なんと」 猊下と呼ばれた男性の碧眼に強い警戒が宿る。女性を庇い、彼は力強い足取りで前に進み出た。 よく見ると、黒装束に茜色の絹の帯が巻かれていた。 高位の聖職者だけが身に纏う衣装。彼が何者であるかを認めて、ミスリアは青ざめた。 |
53.h.
2016 / 02 / 27 ( Sat ) 「行きましょう」
その一言を絞り出した途端に走り出していた。通り過ぎる景色や建物の並びに一切注意を割かない。 (どこ……どこなの) もうほとんど距離は縮め切ったはずなのに、特定できずにいた。息が切れ切れになるまで走り回り、やっと別の可能性に思い当たる。 「地下! 地下への入り口を探してください」 指示しながらも自分も周囲を見回した。すっかり陽が落ちてしまって視界は闇に浸食されている。建物の傍に四角い出入口を求めるが、みつからない。 ふいに手を引かれた。 「向こうの廃屋の裏庭はどうだ」 夜目の利くゲズゥが先導する。確かに、手入れの行き届いていない小さな草原の端には植物の生えていない箇所があった。 木の戸に古びた取っ手がある。両手で掴んで引き上げてみたが、内から鍵がかけられているのか、けたたましい音を立てるだけでびくともしない。 「――っ」 ミスリアは汚れるのも厭わずに戸に耳を当てる。 すると、奥からは獣の慟哭みたいなものが響いてくるではないか。肺の深いところに鉛を落とすような痛切な音だった。 「ここで間違いありません!」 「どいていろ」 端的な言葉に素直に応じた。瞬く間に青年は高く跳び上がり、体重に落下の勢いを加えて戸を蹴り破いた。 破片を手早く退けてから、二人は地下へ続く階段を下りる。そこから先の会話は全て、囁く程度の音量でこなした。 「灯りが無い」 「火で照らすのは控えましょう。ちょっと邪道ですが、聖気を少しだけ使います」 ミスリアは黄金の燐光を微かに纏って、歩を進める。階段は二十段前後あった。二人並んで通っても余裕が残るくらいに広い。 息を潜めて歩く。 階下からは複数の笑い声がした。いつの間にか慟哭はぱたりと止んでしまっている。残る音は―― ――泣き声だ。 「たす……た、すけて」 「やーだね」 若々しい笑い声が必死な命乞いをはねのける。 「ひっ! たすけ……たすけてください! もうしません! もう、うっ。うあああああ」 耳をつんざく絶叫。 たまらなくなってミスリアは残る数段を駆け下りた。下には血の臭いが充満していた。 燭台がじんわりと照らし出す光景、それは。 地を這う男性、群がる人影。その内の一人がこちらに目を向けた。髪をかき上げる仕草が妙にさまになっていて、暗がりの中でも、見覚えがあるとハッキリわかる青年。 誰何するまでもなく、昼間出会った四人組だ。彼らは男性を踏みにじり、随所に剣を刺して身動きを封じ、蹂躙していた。もはや虫の息である。 (何をしてるの。なにを、してるの) 言葉が舌から転がり落ちることは無かった。 断末魔は産声となる。 肉体から命が喪われ、なのに魂の方は去ることができずに魔に変質する。変容は、新たな死体をも巻き込んでいった。 全身から鳥肌が立った。おぞましい。なんて、おぞましい。 「大きな音はあなたがたでしたか。思ったより早い再会ですね」 「やーいやーい、見つかっちった」 「ずらかるぜー」 「おい、さっさと行くぞバカども」 魔物の悲鳴にかき消され、四人の言葉はミスリアの耳に入らなかった。 強大過ぎる怒りの感情に、身体が押し潰される。 初めてだ。こんなに、誰かを、許せないと思ったのは。激情のあまりに、四肢が痙攣しかけた。 遠くで――ではなく、近くで呼ぶ声がする。冷水のように落ち着いた声が、たしなめるように命じた。 「ミスリア。呼吸」 「……わ、かってます」 燭台だけ残して、四人の姿はもう何処にも無かった。奥に別の出入口があるのかもしれない。取り逃がしたのは、己の失態だ。しかし彼らを追うよりもすべきことはあった。 前方で、唸りながら影がぎこちなく起き上がっている。この空間内には彼の他にも、まだ気配を感じる。 「斬るぞ」 ゲズゥが行動する前に告げた。深呼吸の後、答える。 「お願いします」 せめて早々に楽にしてあげねばならない。 数秒だけ、周りを一瞥する為の時間を使った。 おそらくこれは竜巻という天災が多発しやすい土地でよく見られる、地下避難所であろう。廃屋の傍だとしてもこの避難所は今でも使われているのか、日持ちの良い食物や飲み水の貯まった樽が壁にびっしりと並べられ、藁の枕などが積んであった。二十人、或いは四家族分の備えだ。 人命を守るのを本来の目的とする場所が、拷問に利用されていた。 信じられない所業である。 壁際にも、無数の槍を刺されて動けなくなっている人が居た。 ――否。人では、ない。 |