56.h.
2016 / 05 / 14 ( Sat ) 唖然としていても時間は止まってくれない。 予期せぬ変化に対処できる迅速さは、いつだってゲズゥたちの方が上だ。天秤がこちらに傾き始めたことを感じ取った護衛らは、突風が如く敵を薙ぎ倒している男を援護した。イマリナに放された後、ミスリアのすべきことは避難だった。這い上がって、走った。 雨滴(あましただり)が降りしきる。 乱戦に振動していた丘は、徐々に落ち着きを取り戻してゆく。 ふいに、稲妻が天上を駆けた。地上に広がる惨状に目を向けようとして――木陰からはみ出る平べったく長い物に気付いた。まさしく、白髪の男性が常に武器の柄に結び付けているリボンの片割れである。 (あんなに大事にしてるのに) これが外れて落ちてしまったことに気付かないほどに我を忘れている。 (どうして。やめて、酷いことしないで) 呼びかける声を形にできずに、空しく口を開閉させる。喉がカラカラに渇いていた。 何度も何度も繰り返される短い「死ね」の一言が、聞くに堪えない。顔は見えないけれど、この日までに見せてきたどの変貌よりも今の彼は恐ろしい。地に倒れた敵の息の根を止めに戻る入念さに、ミスリアは慄いた。 どうすればいいのかわからず、リボンに向かって手を伸ばす。濡れた土からそっとそれをかき上げた。 今回は、突然意識が遠くに飛ぶなんてことは起こらなかった。 (お姉さま……貴女がここに居たなら、どうしたかな……) 左の掌にリボンをのせ、右手の指でそっと表面をなぞり。すぐに指を止めた。 微かな凹凸を感じる。 (本体と同じ色の糸で刺繍が施されてる?) そのように連想して、先端から撫でてみた。 形状はまるで、文字。しかし何かが違う。逆さなのだと思い至り、翻して、確認し直す。これは元々筆記システムを持たなかった言語を、南の共通語の文字に半ば無理やり当てはめたもの。 故郷のファイヌィ列島の母語だ。 ミスリアは逸(はや)る気持ちを必死に抑えつつ、刺繍に込められた想いを指先で読み取った。 ――尊き聖獣と天上におわします神々よ 出だしだけで、すぐにわかった。祈りの言辞だ。 その先を急いで読み解く―― 「止めてくださいっ!」 気が付けばゲズゥの上着にしがみ付いていた。夢中で動いたため、間の意識が瞬きのように通り過ぎていた。「ゲズゥ、お願いです。あの人を止めてください」 珍しく、ぎょっとした表情で彼は振り返る。何を頼まれているのか理解し、目を細めた。 「………………それが最優先事項か」 カラーコンタクトを落としてしまったのか、不揃いの双眸がじっと見つめ返してきた。 「はい。手荒くても構いません。絶対に止めてください」 「わかった」 前を向き直っての返事だった。湾曲した大剣を、両手に構え直している。 思えばゲズゥが父親の形見である剣を人相手に振るう頻度は、段々と減っているように感じる。 その理由は、剣そのものが重く、薙ぐに必要な予備動作や遅れがあるため「扱いにくい」からかもしれない。或いは「対象を一刀両断できる」道具であるからかもしれない。 魔物であれば願ったりな結果でも、生き物を殺傷してしまうのは避けたいはずだ。他ならぬミスリア自身が、そうして欲しいと嘆願したのだ。 心が痛んだ。左胸の上に手を置いても、ちっとも気分は晴れない。 あまり時間が無い。町民の追っ手はすぐそこまで来ている。彼らこそ、殺さずに凌ぐのが難しい相手ではないか。かろうじて生き延びた馬たちが、坂下に向かって逃げ惑っている。それが多少の時間稼ぎになるだろう。 逃げそびれた三頭ほどを、リーデンとイマリナが確保していた。ミスリアは彼らの隣に駆け寄った。 まだ倒れない森の民はたったの三人。いずれも、狂戦士と化したエザレイに応戦している。 グレイヴの先端が閃いた。それを軌道の途中で食い止めたのは、横合いから割り込んだ大剣。 火花が散った。 隙を得た三人は、迷わずにその機会を掴んだ。灰銀色の瞳は恨みがましそうに逃げる者たちを一瞥し、すぐにゲズゥの方に注目した。 邪魔をされて気が立っている風だ。エザレイはグレイヴを引き戻して、無言で再び攻撃に出た。 グレイヴが次に振り下ろされた時、ゲズゥは刃を下向きに構えて受け流し――切れずに、たたらを踏む。それほどまでにエザレイの一撃は重い。心なしか、先ほどの魔物と押し合った際よりもゲズゥは苦戦しているように見えた。 何合か刃はぶつかり合い、ゲズゥは最初こそは間合いを詰めようとしていたが、やがて何かを思いついたように足を止めた。 切り付けんとするグレイヴを見上げ――刃先ではなく、柄部分に向けて剣をしならせる。 木がひび割れるような音。切られることがなくても、柄は目に見えて折れ曲がった。 「聖女さん、提案」 「なんでしょうかリーデンさん」 「オニーサンが最初に人格っていうか正気を取り戻したのってさ、君が怪我を治癒してあげた直後じゃない? もしかしたら君の力が一番、有効、なのかも」 あ、とミスリアは唇を驚きの形に開いた。 「やってみます」 「オーケー、マリちゃんの後ろに乗って。兄さんたち拾い上げに行くから、さっさと進もう」 「はい」 頷き、言われた通りにイマリナと同じ馬に騎乗する。 リーデンも馬上の人となりながら、鞍の空いた三頭目を引いて走り出す。 (……伝えなきゃ) ミスリアは急速に近付く男性の後ろ姿を見据え、聖気を展開する。 (手遅れになる前に……ううん、もう手遅れでもいいから、伝えなきゃ) 黄金色の光の帯が、熱望を代弁した。 |
56.g.
2016 / 05 / 12 ( Thu ) (あの人は私たちを貶めたりしない)
自発的に彼が此処に来ようとしたのではなく、サエドラに行こうと誘ったのはこちらだ。などといくら疑念をどこかへ押しやろうとしても、引っかかりは拭い去れない。 「まあどっちでもいいよね。まずはこのピンチを切り抜けないと」 気遣ってくれたのか、リーデンが話を畳んだ。 既に護衛らは行動に移っていた。どうやら、進むべき方向を「前」と定めたらしい。 町はもう安全ではないだろうし、目的にかすりもしないで逃げるよりは目的地に向かって逃げるのが得策だと、ミスリアも思う。 気がかりなのは――魔物の気配がそちらに近付くに連れて強くなっていることだ。 住民が魔物を使役している? 不安が、渦となって胸の内を占めていった。 疎らに上って来る松明の群れがどんどん小さくなっていく。 ミスリアが身体を捻って森の民の方を振り返ると、横一列に並ぶ馬上の人影が奇観を呈していた。こちらからは横一列に見えてしまうだけで、実際は特攻に適した陣形かもしれない。例えば、V字型陣形。 口笛のような音の応酬があった。中央付近の人が吹けば、列の左端右端がそれぞれ応答する。 夜盗と思しき者たちに襲われたあの夜と、どことなく状況が似ている。彼らはありきたりな夜盗ではなかったのだと、察するほかない。 列の横幅は二十人程度。 (こんなの、抜けられるの) 焦ったところで自分にはどうしようもない。仲間たちを信じて、掴まる腕に力を込めた。 稲妻が再び周囲を明るく照らす。瞬間、すぐ後ろを走る二人の姿が目に入った。まるで照らし合わせたかのように二人は足を止め、左右に跳んだ。銀髪の青年の指の間から、直径十インチ(約20.5cm)ほどの特大の鉄輪が飛び立つ。同様に、イマリナも何かの凶器を続けざまに投擲した。 「ぐあっ!」 ミスリアにとっての背後から、呻き声が幾つか上がる。 「まだ通り抜ける隙間が無い、ね!」 言っている傍からリーデンはまた何かを投げ飛ばしている。そのいくらか切迫した叫びに、別の声が重なった。 「下ろすぞ」 「え!?」 すかさず落とされた。尻餅をついた姿勢から地面に両手をつき、這うようにして前後反転した。 するとミスリアを庇い、立ちはだかるゲズゥの全身がよく見えた。何故よく見えたのかと言うと、光源があったからだ。頭上高く跳んで顎から唾を垂らす、異形の巨体が―― 「きゃあっ」 呪いのような青白いゆらめきを網膜に焼き付けたまま、ミスリアは地に伏せた。衝突の余波が髪を乱すのを感じる。 舌打ちが聴こえた。顔を上げれば、巨大な狼に似た影に圧されるゲズゥの姿を認めた。狼の大きな顎は、長身の青年のそれとちょうど同じ高さに位置していた。彼に襲いかかろうとした牙は全く噛み合っていない。 斜めの角度で挿し挟まれた剣の刃が、ギリギリと牙と擦れる。 濁った色の唾液が、汚臭を放ちながら刀身を伝っていく。 森の住民たちの居る方から、場に不似合いな音が上がった。拍手喝采、歓声、手拍子。狼に似た魔物はまるでその声を応援としたかのように、激しく頭を振り始めた。 迫りくる馬蹄の勢いが落ちている。列が少し開けた。けれどもそれは求めていた好機ではなく。 ――また狼が現れた! こうしてはいられない。ミスリアは、聖女である己にしかできない戦い方をした。 聖気の流れを作り出し、一直線に伸びるよう制御して、新手の魔物に集中させる。狙う先は――頭蓋。がくがくと震える手でも楽に当てられる、大きな的であった。 ぼ、と余韻すら残さない短い効果音と銀色の素粒子の発散が、試みの成功を報せてくれる。胴体だけとなった異形は、それでも俊敏に駆け寄ってくる。迎え撃ったのはチャクラムの連撃。魔物の前足は切断され、元の半分の長さになった。巨体はついにくずおれた。 (もう一体は!?) 確かめようと視界を探るも、そちらは危機ではなくなっていた。魔物はゲズゥの剣先によって容赦なく分解されつつある。 だがもう、騎乗した軍団が攻撃の有効範囲までに到達している。端の人影が斧を振り上げて投擲しようとしている。落雷によって、その姿はひどく鮮明に目に映った。 「――!」 庇ってくれたのはイマリナだった。肩から抱き寄せられ、頭を押さえ付けられる。 かろうじて片目からの視界はまだ活きていた。 怖いもの見たさだろうか。ミスリアの視線は筋骨隆々とした男性の輪郭に釘付けになった。 息を呑んだ。 次の瞬間、輪郭が激変した。 (……な) 人の首とは、あんな風に回転して放物線を描くものだったかしら。あんな風に宙を飛んで地面に転がっていいものだったかしら。衝撃のあまりに、思考回路が追いつかない。 斧を片手で振り上げたまま、首を失った身体がゆっくりと前倒れになる。 列が崩れた。リーデンたちが仕掛けていた攻撃で倒れた人たちとは異なり、死角から起こっている別の何かによって倒れていっている。人も、馬も。 彼らが驚いて振り返る間にも、次々と数が減った。鉄が鉄を打ち、肉が裂かれ、そして―― 「死ね。おまえら、全員死ねよ」 聞き覚えのある声が呪詛のように吐く。 それに対する森の民の反応が、印象深かった。 「こやつ、まさか!」 「この手口!」 「あの時の奴ではないかっ」 「間違いない、赤い悪魔……!」 絶望と怨嗟の言葉に被せるように、一頭の馬が最期の嘶きを上げる。 唐突に理解した。 赤い髪が厭われる原因こそが、エザレイその人なのか―― エザレイは、敵ではなかった。 敵ではないが、だからと言って、正常でも、ない。 |
56.f.
2016 / 05 / 10 ( Tue ) リボンの糸がほつれてますよ――前を歩く彼にそう声をかけたのは、ミスリアだった。 噛み切ってくれ、とエザレイは無機質に応じた。何もおかしな話ではなかった。服などからほつれた糸を手っ取り早く噛み切るのは日常の中でよくやることだ。だからその時も、ミスリアは深く考えずにグレイヴの柄に結ばれた灰色のリボンに手を伸ばしたのだった。 糸を歯に引っ掛けた先から何があったのか、よく思い出せない。 とりあえず件の糸に注目する。古びて汚れていて、ところどころ色が違っていた。灰色でないところは、敢えて言うなら灰銀色である。元の色が日に焼けて褪せたか、汚れを吸って濃くなってしまったのか。 (もしかして、残留思念) 白昼夢に出た青年は、ミスリアの知る「エザレイ・ロゥン」とは人物像が異なっていた。面影は濃かったものの、今よりもいくらか若々しく、生命力に溢れた顔つきだった。髪色も一致しない。けれど背中を覆い尽くす火傷の痕を思えば、同一人物で間違いないのではないか。 他の二人についても、彼らに関する記述は姉カタリアの報告書にあったものの、詳細な外見描写までは書かれていなかった。 (リボンに付着した、お姉さまの――――未練の欠片) 糸一本でこれでは、リボンそのものを検証したらどうなるのか。広がる未知の可能性に、震えた。 「あのっ、エザレイさんは何処に!?」 いつの間にかその姿が消えていたことに、やっとのこと気付く。すると護衛たちは顔を見合わせた。 「音が気になるから調べに行くって、走ってっちゃったよ。でも変だよね」 リーデンがゲズゥに目配せする。それを受けて、ゲズゥが小さく頷いた。 「何も聴こえなかった」 「そうなんだよ。僕も兄さんも結構な地獄耳なのに、何も音なんてしなかったよ。引き止める暇もなく疾走しちゃった」 「え……」 リーデンが指差した丘の向こうへと目を凝らすも、森が佇むだけだった。後は町の方から流れてくる祭の音楽や歌が微かにするくらいで、おかしな音なんてしない。 「戻って来ます……よね?」 「う~ん、あんまり期待しない方がいいんじゃないか――」 な、とまで言って、リーデンは素早く首を巡らせた。 どうしたんですか、とミスリアは訊こうとする。しかし言葉が喉から滑り出るより先に腹部が圧迫され、未然に息を吐かされた。 瞬く間に視界は一転し、地面ばかりとなっていた。 愕然としたのは一瞬。すぐに状況が飲み込めた。担ぎ上げてくれた肩を掴んで、振り返る。 「敵襲ですか!?」 「……ああ。問題は、数」 ぐっと眉間に皺を寄せたゲズゥが答えた。 「奥の森に向かう途中で邪魔されることは予想の範囲内だったけど、これは予想以上のお出迎えだね」 呆れたようにリーデンが言った。 町へと戻る坂の下から、じわじわと迫る松明の灯り。森へと続く丘の方からは、馬の蹄と――笛の音? 極め付けは胸に生じた冷ややかな手応え。つまり、魔物の気配が、近い。その予感を裏付けるのか否か、獣の咆哮が横手の木々の間から轟いた。 「最悪の事態だと思って臨もうか。その方が油断しないし」 「同感だ」 「一に魔物、二に森の住民、三に町民、四に熊。森と町の住民がグルで、魔物と熊を飼い慣らして使役してる、ってのがサイアクの事態かな」 町人たちは、祭の最中でありながらこっそりと抜け出す自分たちの姿を見咎めて不審に思ったかもしれない。 森の住民は――熊の縄張りに人が居たのは意外だけれど――踏み込んだ自分たちを敵視しても仕方ない。 猛獣と魔物は言わずもがな。 それぞれの勢力が襲って来ることは想像に難くなかったとはいえ、よもやこうして一斉に矛を向けてくるとは思わなかったのだ。リーデンの言葉に誘導されて、忽ち恐ろしい絵図が頭の中に出来上がる。 「さて問題は『五』に僕らが連れ回していた泡沫のオニーサン、もといエザレイ・ロゥンまでもが、グルだったのかなぁってとこ」 「そんなっ! ありえません! 違います、彼は」 森の民と町の人々と馴れ合うはずが無い! ミスリアは反射的に抗議した。何せ彼は厭われた赤い髪の持ち主で、そのことをちゃんと教えてくれた―― (……――どうして、エザレイさんは赤い髪が嫌われることを知っていたの) 出会って日の浅い人間の何がわかるかなんて、たかが知れている。それでも信じたい、信じなければならない。 |
56.e.
2016 / 05 / 09 ( Mon ) 何か言わなきゃ。別の提案をしなきゃ。時間に余裕があったなら、或いは他の作戦に辿り着けたかもしれない。そう思っても声は出ず、手のみが勝手に動いていた。 (代わってあげたい)いつも痛い思いを、苦しい思いをするのは彼らであって自分ではない。申し訳ない気持ちで一杯になったが、絶対に泣いてはいけない、とカタリアは呪文みたく脳内で繰り返した。 手ぬぐいをエザレイに噛ませた。 震える手で、端と端を後頭部にて寄せる。革の髪紐によって束ねられた、毛先に多少クセのある赤茶色の髪の下で。解けないように、しっかりと猿ぐつわ代わりの布を結んでやった。 次にエザレイはイリュサの手助けを得て袖から赤く染まったシャツを脱ぎ、泥の上に敷いた。それを寝床にしてうつ伏せになる。両手の指は、どっぷりと泥の中に食い込ませて。 応急処置として巻かれていた包帯を解いて、イリュサは縫合に使う道具を準備している。その間カタリアは、火傷に覆われた背中の上に膝立ちになった。これは確か彼が家族と死に別れた火事の際に負った、古傷であったはずだ。 ――二人も乗っていては流石に重くないだろうか、骨が軋んではいないだろうか。 行き場の無い迷いばかりが募った。 一方、イリュサはハサミと糸と針を手にする。患部をサッと確認し、エザレイが暴れるのを見越して、前腕を片膝で押さえつけた。 「では、手早く済ませます。それだけは約束できましてよ」 イリュサの宣言に、当然ながら返事は無かった。 針の煌めきが目に入る。カタリアの胸内で恐怖が膨れ上がったのも束の間、煌めきは躊躇なく動いた。 「――――――っ!」 くぐもった叫びが漏れた。同時に、膝の下で押さえつけたはずの四肢が激しくのたうった。 「ひっ」 つられて悲鳴を上げてしまいそうなのを、なんとかして飲み込む。 想像を絶する力だった。組み敷いた身体が発する痙攣によってカタリアはバランスを崩しかける。支えを求めて手を突き出し、土を掴んだ。 苦鳴は尚も続いている。 (早く、早く終われ。おねがい。早く終わって) 実際その時間はイリュサが約束した通り、短かったはずだった。ことの最中では、果てしなく長く感じられただけだ。 噎せ返るような血の臭いで、頭がくらくらした。目元が滲んで視界が歪む。カタリアは奥歯を食いしばった。 『あんた一人じゃ心もとないから、連合拠点まで案内してやるよ』 『よろしくしなくていい』 初めて出会った日の記憶が、何故か耳元に蘇った。 (ごめんなさい。ごめんなさいエザレイ。私が誘ったから) 激痛に抗い続ける肉体を見下ろし、思う。どうして、代わってやれないのか。 大した力も持たない右手で、彼の肩を精一杯押さえた。力を込めれば込めるほどに痛い。 手も、心も―― ――遥か遠くから、獣の咆哮と指笛のような音が響いた。 _______ ふわりと身体が軽くなったと同時に、雷鳴が轟いた。閃光が大空を照らしたものの、雨は降っていない。 引きつつある夢心地に驚き、浅い呼吸が彼女の唇から漏れた。 宵闇の中に浮かんだ三つの人影は、馴染みのあるものだ。最も近くに立っているのは、大剣を背負った黒ずくめの青年。際立った長身や濃い肌色と物静かな雰囲気などが印象的で、喋っていなくても大木のような存在感をたたえる人物である。 「どうした」 低く通る声が鼓膜を打った。ミスリアにとっては安心を誘う声である。やっと地に足が付いた心地になって、彼女は旅の護衛であるゲズゥ・スディルに笑いかけた。 「あの……私どのくらいぼーっとしてましたか」 「えー、二十秒くらいじゃない? 何かあったの」 答えたのは二番目に近くに居た、こちらもそれなりに長身の男性。ゲズゥの母親違いの弟であるため骨格や目元などに似通った箇所はあるものの、兄とは真逆に、徹底して色鮮やかで華やかな印象を放っている。イマリナ=タユスの町で出会い、旅の道連れとなった、リーデン・ユラスという名の銀髪の青年である。 彼の隣に控える三つ目の人影は、その町と名を同じくする、イマリナと呼ばれる女性。紅褐色の髪をいつも三つ編みにしてまとめているのだが、わけあって今は染め粉で色を変えて、念の為にフードの下に隠している。 「たったの、二十秒……」 誰にも聴こえないように呟く。 ミスリアは両手を見下ろし、そのまま視線を下へと落として、膝や足元までを眺めた。 肌や神経に残る感触はやけに真実味を帯びていた。それに加えて、深い悲しみと後悔が未だに心臓を締め付ける。 (何だったの――) 白昼夢だとして、とても二十秒で見るような夢とは思えない。 (この人たちこそが、私の仲間) 改めて傍らの人間を見回した。お揃いのヘアバンドとヘッドバンドを身に着けた兄妹は居ないし、ましてや腕から血を滴らせる青年も居ない。 どうしてか我が身に起きた出来事のように、おかしな名残がある。しかし一秒経つごとに認識が己の中にしっくりと沈み込んだ。あれは、自分の記憶ではない。 まさか姉の過去を妄想したのだろうか。 (なんか、納得行かない) こんなにも鮮烈な妄想ができるだろうか、自分に。聞いた話だけで? ふと舌に、か細い物が絡まったような違和感があった。 疑問符を飛ばす仲間たちが見守る中、ミスリアは人差し指と親指を口に含んで探ってみる。 「んっ」 指に何かが引っかかった。唾液に絡まって、灰色の糸が出て来た。 途端に、数分前の出来事が脳裏に蘇った。 すみません、赤茶色なのは「スターアニス」の種であって「アニス」は別物です。過去の文は一部修正します(読み直す必要はありません) |
56.d.
2016 / 05 / 08 ( Sun ) 「情報開示のお時間だよー。森にはこわーい熊さんが住んでるんだってさ。良い子のみなさんは行っちゃだめだよ」
銀髪の青年が何気なく南の共通語で話した。ここ一帯では北の共通語の方が重点的に使われており、南のを解する者が少ない。会話の内容を盗み聞かれる可能性は低い。 「く、熊ですか」 聖女ミスリアがびくりと怯んだ。 「でね、聖地のことはよくわからなかったよ。それ自体が森の向こうにあるのか森の中にあるのか。町民の演技じゃなくて、本当に知らない感じ。訊ねる相手を老若男女バラバラに五人選んでみたけど、誰もはっきりとは知らなかった」 話しながらも青年の切れ長な眼が、鮮やかな緑色の瞳が、サッとこちらを一瞥した。 他に有益な情報を持っていないのか、と責められているようだ。エザレイは曖昧に唇を斜に曲げた。 頑張って思い出そうとすれば何かしら沸き出て来そうな気がしないでもない。単に、やりたくないという気持ちが追憶を妨害していた。 動機は不明だ。彼らに非があるわけではない。 喉の奥に石が詰まっているとでも言うのか、妙な息苦しさがあった。 それにしても耳鳴りがひどい。 激烈な高音。鋭く、大気を突き刺すような。嫌な音だ。あらゆる神経がざわざわと不快感を訴えてくる。 (うるさい。うるさい、止めろ) 雨を吸って重くなってきた己の前髪を乱暴に引っ掴む。 (おまえら、―――ねよ――) 思考の結び目が引き締まらず、まともな糸を紡げない。 固く瞼を閉ざすと、暗闇の中に朱が弾けた。 _______ ――追いつかれる――! 走るのが困難な状況で、濡れた足場に足をもつれさせながらも、スカートの裾を踏み破いてしまいながらも、ただ走った。 一心不乱に走った。けれど元々あまり運動能力を鍛えて来なかった彼女は、既に全身で息をしていた。嗚咽のような呼吸をしつつ、腰を折り曲げて立ち止まる。仲間たちを振り返った。他の三人とは意外に距離が開いていた。 いつもなら必ず先頭を走りたがるディアクラ・ハリドが脚を負傷し、意識を手放しかけている。それゆえに彼はイリュサとエザレイにそれぞれ肩から支えられていた。エザレイの現在使われていない方の腕からは、夥しい量の鮮血が滴っていた。 カタリア・ノイラートは身を隠せる場所を探した。目と鼻の先にちょうどいい場所を見つけ、仲間たちの傍に駆け戻り、今度は歩を揃えた。 一行はひとまずは倒れた巨木の下に入って、息を潜めた。低いがそれなりに広い隙間であり、何より雨を凌げるのは有り難い。 それでも、このままでは追っ手に見つかるのは時間の問題だ。取るべき対策は一つだった。 「治させて下さい!」 負傷した両名に、カタリアはどちらともなく呼びかけた。 先に応じたのはスターアニスの種と同じ色の髪をした青年だった。ただでさえ苦渋に歪んでいた表情が、更に渋くなった。 「ディアクラの方が重傷だ、多分骨が砕けてる。俺は後回しでいい」 「でもその血の量も深刻では……」 「カタリア、あんたはもう限界じゃないのか。あと一回聖気を使えば昏睡する。どっちかしか治せないなら、わかるだろ! 腕と脚じゃあ優先すべきは明らかに脚の方」 「正論ですわね。かと言って、それも放って置いていい怪我ではありませんわ」 イリュサが口を挟んだ。エザレイはその指摘に対する答えを即座に捻出した。 「ああ。だから、お前が縫ってくれ」 それを聞いたカタリアは思わず息を呑んだ。 「……本気ですか、エザレイ・ロゥン」 話を振られたイリュサ・ハリド本人も、目を大きく見開く。 「本気じゃなきゃこんなこと頼めるかよ。道具は持ってるんだろ」 問いを返され、イリュサはしばしの間沈黙した。 理に適っている、その点は認めざるをえない。聖気で治してもディアクラがすぐに動けるようになるとは限らないし、直後にカタリアが動けなくなって、結局は全体の機動力の回復には多少なりとも時間がかかる。その間、深く切り裂かれたエザレイの腕の傷は、悪化する一方だろう。 それも本人では処置しにくいような上腕の裏側から後ろ肩を回っている。 「…………見くびらないで。道具と技量ならありますわ、兄さまの手当てで慣れてますもの。今のわたしの手元に無いのは、麻酔だけです」 「上等だ。二人で乗っかって押さえつけてくれ。それとカタリア、俺が叫ばないようにこの手ぬぐいを」 結んでくれよ、と一枚の布を差し出した彼の顔色は、彼女の目には青紫色に映った。 手ぬぐいの硬めの肌触りを掌に感じ、遅れてカタリアは指を布に巻き付けた。ただの布をこんなに重く感じるなんて――これが最善の選択なのか、幾度となく自問した。 |
56.c.
2016 / 05 / 07 ( Sat ) 「よく、発つ気になったな」
――楽園のような島国。愛する家族や見知った隣人と、老いるまで共に、ただ平穏に生きればよかったものの。 安穏とした未来を敢えて捨てて、険しい人生を選んだのは何故か。 「それはですね……」 聖女ミスリアは懐かしむように目を細めた。 (そうか、俺は前にも同じことを) 背筋が既視感にぞわっとした。まるで学習しない、愚か者。 記憶が無いのは仕方のないこととはいえ、ここまで来れば呆れる。雪の中に作った自分の足跡を、同じ場所を踏んで通るようなものだ。二度目では初回のような感動は無く、前よりも深く雪に沈み込み、進むのが難しい。 ――カタリア・ノイラートには、生まれ付いて聖者となりうる素質があった。 それを知り、世界の危機を知った彼女は居てもたっても居られなくなり、大陸に出ることにした。きっと、妹も同じような経緯で―― 「私がお姉さまに憧れてたからです」 思考に割り込む少女の声は清廉そのものだった。エザレイは思わず瞠目した。想像していた回答とは違ったからだ。 「憧れ、同じ道を辿ろうとして、その中で私は自らの進みたい方向を見つけられました。故郷が恋しいとは思いますけれど、大陸に来てから出会った人々、得られた経験は……どんなに恐ろしくて悲しいものでも、全部私の宝物です」 刹那、再び花びらの嵐が視界を遮る。 小さな聖女に見惚れた僅かな数秒。エザレイ・ロゥンの中に芽生えたのは、一筋の薄暗い感情だった。だけど、それだけでは決してないはずだ。同情のような想いも、芽生えていたはずだ。 そう、自分に言い聞かせた。 「……カタリアの妹。あんたらは、ちゃんとわかっているのか」 エザレイの視線は、連れの者たちを巡っていった。向こうで町娘と雑談しているらしい派手な銀髪の男とその相方の女。それから、聖女ミスリアの背後で黙々と肉片を口に放り込む長身の青年。 無表情の青年と目が合った。底なし沼のように黒い瞳に、得体の知れない寒気を覚える。 「わかっているって、何をですか?」 「聖獣を蘇らせた後のことだ。偉業を果たした聖人聖女は、生きながら祭り上げられるんだ」 「そうですね。とても大事に、何一つ不自由なく、待遇の良い一生を約束させられると聞きました」 「いつだ」 「はい?」 エザレイの問いかけの意味がわからずに、聖女ミスリアは小首を傾げた。 「あんたがその話を聞いたのは、いつだった」 「えっと、まだ聖女になる為の研修をしていた頃だと思います」 予想通りの返答に、エザレイはため息をついた。 彼女はやはりわかっていない。これ以上言葉を重ねるのは酷かもしれないとわかっていながら、止められなかった。 「じゃあもっとよく考えてみろ。祭り上げられるってのはどういうことだったか。修道司祭みたいに、外界には簡単に降りられなくなるんだ。血の繋がった両親だろうと妹だろうと滅多に会えない。カタリアはそのことを気にしていた――俺はそう憶えている」 「お姉さまが……」 「旅に出る前なら、まだ重く捉えてなかったんだろうな。大聖者は、教皇や枢機卿とはまた違う。どれほど近しい間柄でも、聖職者でないなら年に何度と会えなくなるぞ。たとえ苦楽を共にした護衛だろうとな」 そこで、終始無言で咀嚼をしていただけの青年がぴたりと動きを止めた。嚥下に、喉仏がごくりと上下する。 「そう、ですね。せっかく仲良くなれたのに……皆さんには会えなく、なります、ね」 聖女ミスリアは小さな舌で唇を湿らせて、ぎこちなく答える。茶色の双眸は、ついぞ一度も黒髪の青年の方を振り返らなかった。 哀れだと思った。が、早めに理解すれば傷の治りも早まるものだ。 苦労して作り上げたつもりの居場所が、その実、砂上の城だと。 ――自分には、遅すぎた―― 気まずい空気が流れた。周囲がお祭り気分であるだけに、三人を囲う空間だけが湿っているのはどうにも滑稽であった。 残る二人の帰還で、その空気が壊された。 |
56.b.
2016 / 05 / 05 ( Thu ) 「大型肉食獣……では奥の森が立ち入り禁止なのって……」
血の気の失せた顔で聖女ミスリアが呟く。森が区切られているのは、臣民を獰猛な肉食獣から守る為だとでも推測したのだろう。 「立ち入り禁止なのはそんな親切な理由じゃないと思うなー。ね、兄さん」 「行けばわかる」 腹違いの兄弟らしい二人の青年のやり取りを、エザレイは横目で眺めた。目を合わせないように、一瞬だけだ。 一見まるで性格の似ない兄弟だが、上辺ではどれほど社交的に振る舞っていようがいまいが、根っこのところで疑り深く人を観察している点では同じだ。 素直で人の好い聖女が狂った世の中を生き延びるには、きっとこういう護衛が傍に居るべきなのだろう。 「行けばわかる、か。そうだな。どの道、夜が更けたら行くんだ」 エザレイは立ち止まって言った。周りの町人に音が漏れないよう、小声で。 言葉を形にすると、心臓に鉛が落とされたみたいに感じた。気が重い。ちっとも耳鳴りが収まらないというのに、「奥の森」のことを考えると、ますます苦しかった。 女神への讃美歌の合唱がふいに止んで、歓声に変わった。 視界一杯にごうっと色とりどりの花びらが舞う。息をすれば吸い込んでしまいそうだ。実際、何枚かが歯にくっついた。 それを剥がしている内に、隣に聖女ミスリアが立った。 「あの、エザレイさん。訊いてもいいですか」 「なんだ」 「そのリボンは、大切なものなんですか? 折りを見ては丁寧に洗ってますよね」 大きな茶色の瞳が、エザレイの腰に集中していた。正確にはメイスの柄に結びつけてある灰色のリボンに、だ。 「ああ、これは――」 答えかけて、一瞬だけ戸惑う。質問自体にではなく、ほぼ抵抗なく答えようとしている己にである。 かつての自分はもっと嫌々と他人と会話していた気がする。訊かれたことに答えるまでに、やたらと逡巡していたはずだ。 ――人格は統合されたのであって、完全な回帰をしたのではない。 そう考えると、納得した。いわゆる霧の中を彷徨っていた数年とて、確かに自分は生きていたのだ。その間に作られた「シュエギ」という在り様は、消えたのではない。 吸収されたのだ。 答えようとして、変な嗚咽が喉から漏れた。音にするなら「るっ」とでも発したのだろうか。聖女ミスリアが不思議そうな顔をした。 「……っ、悪いな。大事なものだった気はするけど、よく思い出せない」 言い直した。 常に持ち歩いている、否、手放そうとすると指先から激しい震えが始まるくらいには大切らしい。懐に仕舞って持ち歩けばいいものの、視界に入っていないと落ち着かない。それゆえにリボンは繰り返し汚され、エザレイは手間を取って繰り返し洗う羽目になる。 「女性ものに見えますね」 「女が着けるには色が渋す――」 頭痛がした。 息切れに、エザレイは不自然に言葉を切った。これも覚えがある。舌が、台詞を憶えている。 「だ、大丈夫ですか? 無理に思い出そうとしないで下さい」 隣の少女が泣きそうな顔で心配している。それがあまりに興味深いからか、つい苦しさを忘れられた。 「カタリアの妹、優しいところはあいつと一緒だな。あんたら姉妹からは、春の日差しみたいな匂いがする」 「そ、そうでしょうか」 聖女ミスリアは照れたように片手で耳を撫でた。 「故郷も、常春なんだったか」 「はい。ファイヌィ列島は、年中ぬくぬくしたところです。草木がよく茂って、虫や花や魚も、いつも元気そうでした」 |
56.a.
2016 / 04 / 30 ( Sat ) 耳鳴りがひどい。 小雨がぴたぴたと降りしきる音や、女神の祭に伴う騒がしさを抜けて、嫌に高い響きが頭蓋を満たしている。体外かそれとも体内より出でた事象であるのか、エザレイ・ロゥンには判断がつかなかった。「どうぞ」 正面に、大きな皿を持った女が現れた。何かの肉切れを配っているらしい。笑顔で皿を差し出されては、一枚だけでも手にせずにはいられない。 口に運ぶと、芳香がツンと広がった。燻製だ。 実に味わい深いそれを咀嚼している際に、電流のような悪寒が背筋を走った。 この肉の旨みに覚えがある。それに留まらず、籠から花びらを散らして走る子供たちの姿や、「燻製たまごどうぞー」と人込みの中から声を張る少年や、平和と豊穣への感謝を込めた合唱にも、覚えがあった。 かつて一度は見た景色だ、と潜在的に彼は感じ取った。 ――あの時に傍で笑っていた人物は、もう居ない。たぶん、どこにも―― 彼の中ではその事実に疑う余地など無かった。 ごくん、とエザレイは肉切れを飲み込んだ。 「すごく美味しいですね。何の肉でしょうか」 後ろに立っていた小柄な少女が、指先に付いた肉汁を舐めている。彼女の左右に立つ二人の若い男がそれぞれ、「わからん」「なんだろうねー」と答える。 「ロゥンさんにはわかりますか?」 「……エザレイでいい。地域の野生大型肉食獣だろ」 深く考えずに彼は答えを提示する。 突然、ハッとなった。サエドラの町で振舞われる燻製の施された食物の数々。その大部分を占めるのは、謎の四足歩行動物。町の中でそのような生き物は見ないし、外れの森に行ってもちらりとも姿を目にしたことは無い。最近の経験でも、過去の記憶の中でも、皆無だ。 それには何か特別な意味があったはずだ。だがどうにも、半端な具合でしか思い出せない。 エザレイは最後尾を歩く女を目の端で認めた。紅褐色であったはずの長い髪を黒い染め粉で隠している。 助言したのは自分だ。赤い髪はサエドラ付近では厭われるはずだから誤魔化した方が良い、と。女の保護者か何かであるらしい銀髪の青年は理由を求めたが、よく憶えていないの一点張りで通した。そうして当人は垂れ気味の黒い瞳を瞬かせて、従ってくれた。 実は自分も以前は赤茶色の髪だったのである。最初に会った日に、カタリアはスターアニスの種のようだと言った―― どういう風に厭われるのか、原因は何なのかまでは思い出せないが、間違いなく毛嫌いされている、それだけはわかっていた。 そして何故か、この者たちには濁してしまった。 |
いっときのやつ
2016 / 04 / 26 ( Tue ) みなさまいつもお世話になっとりますー(?
http://estar.jp/.pc/_ofcl_evt_outline?e=146752&_from=top_ann&_entpt=3656 なんか、ちょっとしたコンテストで大賞を取ってしまいました。 これ賞金どうやって受け取るよ…で… 親に相談することになりw 我が趣味の一端が身内バレしたわけだが、まだ反応はない。あ、やばい、そのうち身内はこのブログも読むのかw? ヤメテー ヤメテー ちなみに彼氏は知ってるが、奴は日本語が読めないのでセーフ( このブログに来てGoogle translateとかにかけない限りはセーフ( なんで私は身バレの話をしているんだっけ。 えーと、さまざまな形での甲姫作品への応援ありがとうございますw! うれしか! |
55.i.
2016 / 04 / 25 ( Mon ) 「カタリア…………? じゃない、か……似てるけど、幼すぎる」
「え」 「誰だ」 不可解な発言に続いて、男がミスリアに顔を近付けようとした。 一歩、二歩。ゲズゥは大股で近付いて、間に割って入る。 そこでシュエギは初めてミスリアの他にも人間が居ることに気付いたようだった。 パニックに彩られた視線があちこちを飛び跳ねて、他の面々を順次巡っていく。 「おまえは――おまえらは、誰だ!?」 物狂わしい叫びが嫌に煩く鼓膜に響く。思わず身じろぎをした隙に、ミスリアが背後から飛び出て、惑乱の真っ只中にある男の肩を小さな両手で掴んだ。 「落ち着いて下さい! 私は聖女ミスリア・ノイラートと申します。カタリア・ノイラートとは血の繋がった姉妹です! 似てるのはそのためです!」 びくりと男の筋肉が痙攣して、静止した。 「姉妹」 「はい、そうです」 「あー……あいつ、歳の離れた妹が居るって言ってたな」 感心して息をついたのも束の間、シュエギは表情を歪めて口元に手をやった。次いで上体を捻ってミスリアの縛を逃れ、後方の茂みに向かって反吐を出した。 極度のストレスか怪我の後遺症が原因か、生理現象はしばらく続いた。 この機にゲズゥは今一度状況を分析した。そして直感に従い、抜きかけていた短剣を鞘に戻した。 「はいはーい。ちょっと整理しようかー」 焚火から離れてこちらに来たリーデンが、男の隣で膝を揃えてしゃがむ。膝の上に組んだ腕をのせ、にっこりと笑った。 「記憶と人格の統合は済んだかな」 「……あんたは、いやあんたらは――……俺が道端で寝てた時に、出会った――んだったか」 胃の内容物を一通り大地に還したシュエギが、しわがれた声で答えた。 「正解だよ。とりあえずお湯飲むー?」 無音で現れた従者の女の手からリーデンの手へと、水筒が渡る。男は有り難そうにそれを受け取ってごくごくと飲み干した。空になった水筒は三者の間を、今度は逆の順に渡って戻る。 「君は、自分がダレなのか思い出したんだね」 リーデンが問いかけると、男はおもむろに胡坐をかいた。数度の咳払いを経て、答えを語る。 「俺は『エザレイ』って名だった。エザレイ・ロゥン。聖女カタリア・ノイラートに誘われて、大陸を旅してた……いや、旅するところだった……?」 取り戻したばかりの記憶が定着しないのか、実名をエザレイと名乗った男が、目を泳がせている。 これでは未知の「箱」の蓋はまだ開いていないのと同じだ。 「ロゥンさん。改めて、気分はどうですか」 ミスリアが恐る恐る問うた。 「ああ、さっきは怖がらせて悪かったな、カタリアの妹。気分は良くないが、一応生きてる。あんたのおかげだ。ありがとう」 男は座したまま、深く頭を下げた。 「礼には及びません――」 「そうじゃないでしょ、聖女さん。僕らが訊きたいのは体調のことじゃないよね」 裾をはためかせてリーデンが立ち上がる。男に目線を合わせたしゃがんだ体勢から、見下ろす体勢になった。 「ずばり、君は、全部思い出したの?」 容赦なく主点を探るリーデン。 蒼白な面に暗鬱とした笑みを浮かべ、その男は応じた。 「…………全部じゃない」 「ふうん?」 「全部じゃねえよ。一番肝心なトコだけ――あいつらと会えなくなった時期の、前後一か月くらいの記憶だけがまだ霧の向こうだ」 ――やはり箱の蓋は開き切っていなかった。 ゲズゥは何とも言えない心持ちでミスリアの反応を窺った。小さな聖女は拳を握り締めた以外には、これと言って動きを見せていない。 「使えない奴だって思ったか?」 「うんまあ、ぶっちゃけ思ったけど」 包み隠さずに答えたリーデンを見上げて、男は陰鬱に笑った。 「銀髪、あんた俺に怖いかって訊いたよな。そりゃ怖いに決まってる。忘れてないと生きてられない過去なんて、絶対ろくでもないだろ。取り戻したいわけあるか」 数度咳き込んでから、続ける。 「でもいつまでも大事なモノが欠如したままなのは、それはそれで、気持ち悪い。こうなったら腹括るしかない」 男の自嘲気味な嘆息が、先ほどの叫び声とは違った意味で鼓膜に長く残った――。 ん~~、あとがきはなしでいっかな? 次回でお会いしましょう! エザレイは「あんた」で他人を指します。混乱してた間だけ「おまえ」になってました。 |
55.h.
2016 / 04 / 24 ( Sun ) どこぞに穴が空きそうなほどに強く睨まれた。 その割には、ゲズゥは自分が見られているとは感じなかった。灰銀色の眼差しはここではない遥か遠くの何かを視ている。息づかいから瞬きまでもが苦しげだ。シュエギは唇を開いて、声にならない声を発しようとしている―― 「動かないでください!」 慌ててミスリアが制止をかけた。奴の怪我した位置が、首の近くだったからだ。喉を裂くほど深くなくとも、いくらでも悪化のしようがある。 「な……んで――でぃ……」 よくわからない音を発した後、その男は気を失った。 間もなく黄金色の柔らかな光がパッと広がる。それは帯状になって傷を包み込む。 「えっと……運んでくれますか」 五分ほどでミスリアは聖気を閉じ、遠慮がちにゲズゥに訊ねた。 「ああ」 「お手数おかけします」 「別にお前の所為じゃない」 「わかってます。でもありがとうございます」 早速ゲズゥは倒れた男を肩に担いで馬車の中に運んだ。後はリーデンの従者の女が引き受けた。手際よく汚れを拭いてやったり、席から倒れないように固定して座らせたりしている。 ゲズゥは馬車から後退して踏み出た。入れ替わりにミスリアが乗り込んだ。 「あの、貴方の傷の具合は」 腰を下ろす前に少女は一度振り返った。 「もう塞がった」 実際はまだズキズキ痛むが、この程度の痛みは無視して済む話だ。 「兄さん、こっちお願いー」 リーデンが御者席から呼んでる。わかった、と返事をして、ゲズゥは馬車の戸を閉めた。 _______ その夜、野営地として選んだ水辺の周囲にはこれと言って危険が無かった。現れる魔物も雑魚ばかりで、ゲズゥ一人ですぐに片付いた。 剣を収めて野営地に戻ると、木に繋がれた馬車の傍ではミスリアが片手をかざしていた。尚も意識の戻らない男に聖気を当てているらしい。 「おかえり兄さん。ちょうどもう少しで焼き上がるよ」 リーデンと女が中サイズの鳥類を三羽、串に刺して炙っている。美味しそうな匂いとは形容し難いが、食えるのであれば文句を言うつもりはない。 「あ、ゲズゥ。どんな様子でしたか?」 かざした手をそのままに、ミスリアが顔を上げた。 「静かなものだ」 「よかった。それを聞いて安心しました」 ミスリアはほっとしたように頬を緩めた。それを受けて、多分ではあるが自らの頬もつられて緩んだ気がする。 ゲズゥは馬車の後方の荷物置き場への戸を開けて、大剣を鞘ごと肩から下ろした。小腹が空いたので夜食の鳥類の焼き加減を見に行こう、そう思って戸を閉めた時。 微かな呻き声がした。 「気が付きましたか」 「!?」 ミスリアの声で、男は勢いよく上体を起こした。肩までの長さの白髪が無造作に跳ね、かけられていたシーツが滑り落ちる。上半身が裸であるために皮膚に残った傷跡が露わになった。肩から腰上まで、背中に古い火傷の痕がある。 「気分はどうですか」 ミスリアがいつも通りの穏やかな声で問いかけた。男は答えない。ただ、仰天した表情で己を包む金色の光を凝視している。 ゲズゥはどこか冷え切った警戒心をもって観察し続けた。 「な、んだコレ――聖気か?」 奥歯を噛みしめ、カタカタと音を鳴らしながらも男が訴えかける。 「はい。危険なものではありません――」 「じゃあおまえは聖女……なのか?」 「え? はい」 ミスリアが眉根を寄せた。聖女という身分は以前からこの男に打ち明けてあるのだから、奴の動揺のし方をおかしいと感じたのだろう。 むしろ全てにおいて様子がおかしい。ゲズゥは腰に提げている短剣に片手をやった。 |
55.g.
2016 / 04 / 23 ( Sat ) 奴の後ろ首に打撃を与えて気絶させたと同時に、残る敵が手を振り上げた。ゲズゥはその手から踊り出て来た物を、横に跳んで避けた。この身に代わって打たれた地面から、土が跳ね上がる。
凶器の様相が残像となって目に焼き付いた。 投げ出された勢いで伸び、鞭のようにもしなる、関節の多い鉄器だ。関節の形状は矢尻に似ている。 当たれば肉を抉られるだろう。 繰り出される一手ずつを避けつつ、対策を考えた。次第に息は上がり、額には汗の粒が浮かんでいた。絡め取られるのも時間の問題だ。 ふと、ゲズゥの視覚と脳の繋がる場所で一つの認識が弾けた。不規則な動きの中での、唯一の規則。 使い手のクセ。 鉄器を投げ出す動きは他者が見切れないような幾つものパターンがあるが、関節のどこかが障害物に引っかかって主の手元に戻りにくくなった場合だけ、直後の攻撃は必ず―― ――バシ! ゲズゥは左足を蹴り下ろして、靴底で鉄器を地面に押さえつけんとした。巻き戻る運動の威力の方が勝り、試みは失敗に終わる、が。 ぎぎぎぎっ、と巻き戻る音が不自然に止まった。そこらにあった切り株に引っかかったのだ。使い手は慣れた手つきで腕を振り、引っかかった武器を外した。 鉄器が巻き戻る。次の一撃は―― ――向かって左上から逆時計回り――! 予測さえできればなんてことはない。ゲズゥは流れに沿うようにして敵の懐に飛び込み、顎に立ち膝蹴りを叩き込んだ。 これで自分が相手をしていた二人は倒れた。 素早く馬車の方を振り返った。と同時に、物騒な音がした。骨が砕ける音であろう。 白髪の男が、メイスを振り回している。ここからでは表情までは見えない。 予備動作が全くない辺り、迷いの無さが窺える。この男にとっては人間の骨を砕くのと魔物の巨体を殴り崩すのに、大した違いは無いのかもしれない。 個人的には常々、生物を「斬る」よりも「砕く」方が手に残る感触が不快だと思っていた。 シュエギという男の現在の人格はそこをどう思っているのか、興味が沸いた。 ごず、とメイスが敵を打った鈍い音の後、残っている敵の数は最初に居た五人の内一人だけとなった。 最後の一人の頬骨に、チャクラムが命中する。 絶叫が響いた。 「止まってる的の方が襲いやすいって思ったー? こっちだって止まってる方が動いてる的を狙いやすいんだよ」 笑い声が敵の悲鳴に重なる。当のリーデンは御者席から一歩も離れておらず、いつしか馬車を前後回転させていた。 鉄輪を投げたのは窓から身を乗り出した長髪の女の方である。今まで考えてみたことも無かったが、リーデンの従者なら暗器の扱いを会得していても何ら不思議はない。 夜盗どもが例の妙な口笛を交わし合って逃げる動きに移っても、追ったりはしなかった。 その理由は、こちら側にあった。 「大丈夫ですか!」 馬車から転がり出たミスリアが、膝をついて項垂れた男の傍に駆け寄った。 男はメイスを地面に立てて支えとしつつ、激しく咳き込んでいる。足元ではどこからか流れ出ている血だまりが、徐々に広がっていた。 「ゲズゥも、怪我をされたんですね」 少女の心配する声がこちらにも向けられた。今更のように思い出したが、そういえば落馬の際に頭などを打っていた。 「俺は後回しでいい。治すなら、そっちの方が重傷だ」 どう見ても最も合理的な判断だ。そう思って答えたのだが、シュエギとやらが何故か過剰に反応した。 |
やめろ…やめるんだ…
2016 / 04 / 22 ( Fri ) 私に仕事をさせるんじゃねえ… (おい
急に慌しくなったリアルライフ。 そんな時こそ、執筆したくてたまらないw ミスリアの続きは勿論のこと、無毒養父の番外編ネタがまたふつふつと私の中で沸き起こっている。書きます。かならず。 そうそう、つまようじ様からオルトたんのミニキャラ絵をツイッターでいただきました。かわいいのにセクシーという素敵な状態でお届けされています。是非ごらんになってください。 https://twitter.com/kiedayouzi/status/721939224614670336 |
55.f.
2016 / 04 / 21 ( Thu ) 「別に、話してくれたっていいじゃないですか」
いじわるー、とミスリアは不平を漏らして口角を下げる。不覚にも可愛いと思ってしまったが、問題は別のところにあった。 なかなか引き下がってくれない。となれば、反撃に出るしかない。 「そっちこそ、話してないことがあるだろう」 車内の空気が凍った。 少女の顔色が気まずそうなものに変わるのを見計らって、更に畳みかけた。 「何故このタイミングで、巡礼の道を外れて姉の手がかりを求めた」 ミスリアは視線を逸らして黙りこくっている。 「それとも、実は外れていないのか。姉が消息を絶った地点がそのまま、次に向かうべき聖地か」 「……そう考えるのが或いは一番自然なのかもしれません」 「つまり、わからないと」 「そうですね。全ては聖獣のお導きです。真実を知りたければウフレ=ザンダに行け、と」 ――み言葉を賜ったのです。 薄闇に浮かぶ聖女の微笑みは儚げで、神秘的な燐光を帯びていた。 まただ。また、浮世離れた印象がある――聖気を展開したわけでもないのに。 胸騒ぎがした。これこそが己の、ゲズゥ・スディル・クレインカティにとっての最も「開けてはならない箱」である気がした。 結論を恐れてまごついているのは性に合わない。だが、壊れ物の扱い方は心得ていない。無理にこじ開けようとした結果、とことんまで心を閉ざされたのでは救いが無い。 これ以上の質問攻めをしていいものか。答えの出ないまま、逡巡はいつまでも続くように思われた――が。 俄かに馬車が急停車した。その衝撃で窓際にのせていた肘がずれ、前のめりに揺さぶられた。 「どうしたんですか!?」 「ごめん、追手っていうかなんていうかー」 リーデンの返事を聞き終えるよりも早く、ゲズゥは側面の扉を開け放って飛び出した。追手とやらは、すぐに目に入った。馬上の人間が五人。身なりからして夜盗の類だ。 五人は妙な口笛で合図を取り合っている。 ゲズゥは姿勢を低くして目を細めた。大剣は馬車の後方の荷物の中である。この場面で取れる選択肢はそう多くない。 「あなたは馬が怯えて逃げ出さないように制御していてください!」 シュエギとやらがこちらに向かっているのが声の接近具合でわかった。 夜盗までの距離が完全になくなるまで、残り数秒とない。 鉄の鈍い光が視界の端に入った。メイスだ。グレイヴと違ってそれほど邪魔にならない武器であるからか、狭い御者席に座りながらも手元に置いていたのだろう。 ――それよりも、迫る五頭の馬と乗り手だ。 速度に差がある。馬車に向かう三頭の内、横並びになっているのが二頭。ここが狙い目だ。 決断した。 跳んだ。 ゲズゥは並んでいる夜盗の内の片方に、抱き付くようにして飛びかかった。 「!? 放せ! この!」 羽交い絞めにしたかったが、そううまく行くはずもなく。暴れられ、もつれ合い、落ちそうになる。その時点で速度は隣の馬にやや劣っていた。 隣の夜盗が短剣を抜いて振り下ろす。ゲズゥは左の手首でその軌道を遮った。上着が裂かれる音がしたが、革の籠手が皮膚をかろうじて守り切る。 男たちが北の共通語で何かを叫んでいる。 構わずに右手を隣の馬に伸ばした。鞍を掴もうとするが届かずに空振る。代わりに尾を掴んだ―― けたたましい嘶きの後、混乱があった。 気が付けば強烈な衝撃に見舞われ、落馬していた。激痛で起き上がるのも困難だが、それでも落ちた他の二人よりも先に平衡感覚が戻る。膝立ちになり、頭から首までぬめっと流れ落ちてきた血を、袖で拭う。 すぐ横で殺意が閃いたのを肌がいち早く察知した。 しかし奴にはまだ混乱の余韻が残っているのか、幼児でも避けられそうなほどに短剣がふらついている。 ゲズゥは上体を傾けて難を逃れ、次いで夜盗の手首をいともたやすく捻り上げた。 |
55.e.
2016 / 04 / 16 ( Sat ) 「どういう――」
「そんなことよりもどうやらこの先……お姉さまが行こうとしていた聖地は、ただならないことになっているようです」 遮られた。そのことにゲズゥは眉をしかめたが、結局手を引いて軽く頭を掻く。 「ただならないって、何だ」 「それは近付いてみないとわかりません」 「…………」 「保護されていると言っても、聖地の幾つかは教団の管理の手から逃れてしまってるんですよ。現地人との折り合いが悪いなどが理由で、どうしても詳しいことはわからないんです」 「お前の姉の報告書には」 問い質すと、ミスリアは一度視線を落とした。足元に置かれた鞄の中の紙束を意識しているのだろう。 「サエドラを通って聖地に行こうとした以外には何も……。少なくともその先に目的地があったのは確かですが、間にどんな障害物があったのかまでは不明です。誰かに邪魔をされたのか、地理の所為で通れなかったのか――想像の域を出ません」 「そうか」 一瞬、ゲズゥの脳裏をリーデンが口にした「奥の森」の言葉が横切った。それをミスリアに伝えるべきだ。そう思ったが、僅かに躊躇した。 「すみません。起こしてしまいましたか」 いつの間にか目を覚ました隣の女に手話を向けている少女は、一見いつも通りの様子だった。 言えなかった。 その不安は初めて抱いた感情のようで、さざ波が大波に育つかどうかの瀬戸際であった。知るのが早いか遅いかの違いでしかないことでも、飲み込んでしまう。 ――何に呼ばれているのかは知らないが、行くな。まだ俺たちにはお前が必要だ―― それも、言わなかった。 自覚はあった。もはやミスリアと離れる未来を拒絶している己の心を。自覚したところで、次に考慮すべきなのはどうすれば離れずに済むか、その手段である。 頬杖ついて、掛け布から覗ける窓の外の景色をぼんやりと目に入れた。 「あの、もしかして何か怒ってません?」 見れば、リーデンの従者の女はまた眠りについている。珍しい現象に出会い、戸惑う表情のミスリアがこちらを見上げている。 「…………」 「怒ってますよね……?」 自信なさげな質問。そこで、よくわかったな、とは答えずに。 「寝てろ」 とだけ言った。 短めでサーセン。出かけないと! でゅわっ! |