六 あとがき
2017 / 07 / 02 ( Sun )
うん、うんw 

阿鼻叫喚が聴こえる気がするw

私だって本当はここで止めるつもりじゃなかったんだ、もっと手前で切るつもりだったんだ、でもなんかいざここまで書いてみるとしっくり来てしまったYO



拍手[1回]

続きを読む

テーマ:<%topentry_thread_title> - ジャンル:<%topentry_community_janrename>

08:46:16 | 挨拶 | コメント(0) | page top↑
六 - g.
2017 / 07 / 02 ( Sun )
「ちょっと、このお金」
「見つかった場合は十枚も渡せば口封じにこと足りるでしょう。荷馬車に忍び込んで西門から脱出してください」
「くちふうじ……? え?」
 疑問符を飛ばしている間にタバンヌスがまた何かを渡してきた。硬貨の入ったポーチなどよりもずっと重くて冷たいものだ。見下ろせば、セリカの弓矢とエランがいつも持ち歩いていた剣が両手の中にあった。
 嫌でも察してしまう。

「あんたはどうするの。見つかったら始末されるんでしょ」
 声が震えていると自覚したのは、言い終わってからだった。戦士風の男は首を横に振った。
「お二人が逃げおおせるように時間を稼ぎます」
「そんなっ」
 抗議する間もなく、遠くから喚声が聴こえた。目を凝らすと――彼方の果樹園から、槍を持った兵士らしき人影がわらわらと出てきた。

「待ってよ! 首謀者は誰なの? 何でエランがこんな目に、っていうか様子が変なんだけどどうしちゃったのかわかる!?」
 焦り、矢継ぎ早に質問をぶつけてしまう。
「誰が何故企んだのかは公子が一番よく知っています。後でご本人にお聞きください。それからこの状態……ヌンディークで手に入る薬物の中で、人を放心させられるものがあります。命に別状はありませんが毒が完全に抜けるまで数日かかるかと。態勢を立て直す時間が必要です」
 疑問のことごとくをタバンヌスは丁寧にさばいてくれた。

「後で意識が元に戻ったら、エランはあんたの自己犠牲を怒るんじゃないの」
「ご心配なく。そういう契約です」
「そういうってどういう……」
 しかしタバンヌスはその質問にだけは答えず、ふいにエランの両肩をガシッと掴んで何かを言った。それまでぼうっとどこを見ていたのかもわからなかった青灰色の目が、視線を定めるように何度か瞬いた。そして青年もまた、ヤシュレの言葉で何かしら応じた。

「――エラン。どうか達者で」主の肩をまたトンと叩いてから、タバンヌスはこちらを一瞥した。「頼みましたよ、公女殿下」
「まかせて、って豪語できるほどの力も人生経験もあたしには無いけど。できる限りのことはすると、約束するわ」
「はい。お気を付けて」
 彼は自らの外套を脱いでセリカに差し出した。目立たないように、特徴を隠せと言っているのだろう。

 ありがたく借りることにする。有り余る布の面積で派手なドレスを隠し、フードを被って赤い髪も隠した。
 振り返ると、いつの間にか大男は両手にそれぞれ抜き身の曲剣を握って、喧噪のする方へと颯爽と走り去っていた。
 死闘が始まるのを見届けずに、背を向ける。  

(尊き聖獣と天上におわす神々よ、どうかあの者にご加護を)
 大いなる存在に向けて短い祈りを捧げる。今日の内に別れを告げた二人に、バルバティアにもタバンヌスにも生きてまた会えればいいと、切に願った。
「ほら、行くわよ」
 セリカは随分と増えてしまった荷物を抱え直した。それから、依然として地面に座り込んでいる青年の手首を引っ掴む。

_______

 居眠りをしていたらしい。唐突に揺り起こされて、セリカは身震いした。
 道がでこぼこしているのか――車輪の立てる騒音が荒々しく、数秒ごとにお尻を打ち付ける衝撃は強まる一方だ。

(公都を出たのかしら)
 この荷馬車に忍び込んでからというもの、道がこんなにも険しかったのは初めてだ。道路が整備されていない、つまり都市部を離れているのだ。わかるのはそれだけで、荷馬車が何処へ向かっているのかなんて、皆目見当もつかない。
(むしろ何処で降りればいいのよ)
 まさに未知の世界に旅立っている。孤独感に潰れそうで、何度も拳を握りしめては開いた。

 セリカラーサ・エイラクスはゼテミアン公国の公女だ。外出時には常に数人の供が、護衛が付いて回った。自分の命を背負って立つ重圧をほとんど知らずに生きて来たのである。他の誰かの命をまるごと預かったことなんて、あるわけがなかった。
 肩が小刻みに震えている。心労からだ。寒さは、別に感じていない。

「ねえエラン……自由って、怖いね」
 膝の上で頭を休める人間に向かってぼんやりと呟く。何を口走っているかなんて意識していない。どうせ聞こえていない、返事が無いのだから。
「寝すぎて脳がとけるんじゃない? 人がせっかく、こんなガッタガタの道でも安眠を守ってやってるってのに、ありがとうの一言もないの」
 ここ数時間、独り言ばかりで心細かった。けれどもこうして温もりを近くに感じられると安心できた。その点に関しては、感謝の気持ちを抱いている。

(何時だろう。お腹空いた……)
 荷馬車には布を張った屋根がかかっているため、外の景色が遮断されていて見えない。多少の明暗は伝わるが、夕方かもしれない、と感じ取れる程度だ。
 突然、膝が妙にくすぐったくなった。エランが寝返りを打って咳をし出したのである。焦燥した。

(やばっ、御者にばれる!)
 これまで静かにしていたのに急にどうしたというのか。咳と言っても、彼が無意識に取った行動は、口元ではなく腹を押さえることだった。
 その理由が気になって、セリカはエランの帯に手を伸ばす。他人の召し物を、ましてや異性のそれを強引に脱がせるなど言語道断だが、恥じらいならどこかに置き忘れていた。

(え、痣……?)
 めくれた衣服の下から、数えきれないほどの黒い痕が現れた。この暗がりでも確かに痣と見受けられる。色濃い暴力の痕跡に、ぞっとした。
「なんだ!? 誰かいるのか!」
 前方から響く怒号でセリカは我に返った。口封じ、お金、と囁きながら懐に仕舞ったポーチを探る。

「聞き間違いだろ。大した荷でもねえのに神経質になりすぎだ」
 用心棒の声に続いて、馬の嘶きが聞こえた。停める気なのだ――
 ――しかし想像していたよりもずっと乱暴に、停車する。
 轟音が耳朶を殴りつける。尻が浮き上がった。

(浮き上がって、え? 何で!?)
 思考する間にも身体は何かに叩きつけられ。
 衝撃、激痛、そして眩暈がした。急に寒くなった気もする。
 上体を起こせるようになって、知る。もはや天井がなくなり、頭上に広がるのは透き通った夜空のみであるということ――馬車が破壊されたのだ。

 その夜空に、誰かの悲鳴が響き渡った。
 続いた咀嚼音と異臭が全てを物語っていた。泣き喚く御者に覆い被さるナニカ、少し離れた場所で別のナニカに斬りかかる用心棒。

(魔物…………!)
 緊張に、セリカはガッチリと歯を噛み合わせた。

拍手[2回]

テーマ:<%topentry_thread_title> - ジャンル:<%topentry_community_janrename>

08:29:26 | 小説 | コメント(0) | page top↑
六 - f.
2017 / 06 / 28 ( Wed )
「立って! お願い」
 懇願しながらエランの腕を引っ張ってみた。抵抗しているのかと疑うほどにその腕は重かった。しかも袖が汗で湿っているらしく、もっと力を入れて引っ張ろうとしても、手の中から滑り抜けそうになる。
「生きたいでしょ、あんたも!? 立ってよ!」
 セリカは荒く囁いた。返ったのは咳だった。

「こんなところで朽ちていいの!? 立ちなさい! 生きがいとか心残りのひとつやふたつ、あんたにもあるわよね」
「……か」
 やっと彼はこちらを見上げた。名を呼んでくれたのかもしれないし、「わかっている」と言おうとしたのかもしれないが、重要なのは内容よりも反応があったという事実だ。

「そうそう、その調子。頑張って」
 まずは起き上がるのを手伝って、それから肩を貸してやる。夢中で励ました甲斐あってか、数分後には独房の外に一歩踏み出すことができた。
(けどやっぱり重い)
 踏ん張っているからか額に大粒の汗が噴き出て気持ち悪いが、致し方ない。身長は同じくらいなのに、これが男と女の差か――気を抜けば一緒に地面に引きずりおろされる。
 出口がとてつもなく遠く感じられた。本当にセリカの思う方向に出口があるのかどうかすら、定かではないのに。

(やってやるわ。素顔を見せてもらうまでは死なせたりしないんだから)
 この緊迫した場面において、それは雑念の類に入るだろう――今なら、ターバンから流れるこの布をめくってしまえないか、なんて。
 気になってしまったものは仕方がない。けれどもそれをやるのは、人の寝室に土足で駆け上がるのと同じことだ。緊張に紛れて、とんだ好奇心が鎌首をもたげてしまったものだ。

 ズルや近道を選んではいけない。
 これまでに受け取ったのと同等の誠意で応え、真心を伝えたいのだ。

「ま、ごっこっろー、まーごこーろー、つーたわれー」
 即席でつくった鼻歌を歌い、気を紛らわせてみる。案外それで歩が軽くなった気がした。
「おひさまのーしたにでられたらー、まずは、なにがしたいですかー? たべたいものーはありますかー」
「…………サンボサ」
 適当に歌っていただけだったのに。耳元で答える声があって、セリカはぎょっとした。何か言ったのかと訊き返しても、青年は沈黙したまま浅い息だけを繰り返す。

(どの問いに対してだったのかしら。さむぼさ、って食べ物?)
 これもまた気を紛らわせるいいきっかけとなった。「さむぼさ」の正体に想いを馳せている内に、手探りで地上への階段と出口を探り当てられたのである。
 セリカは空いた手の指先だけでかんぬきを外した。手先が器用な人間でよかった、ありがとう神々――と変な方向性の感謝をしながら。

 ガコッ、と古びた戸を外向けに開く。地上から漏れ込む光の刺激が強すぎて、思わず顔を逸らした。
 けれどすぐに再び上を見据える。
 澄んだ空気をもっと吸いたい、心休まる場所に行きたい。転がり出るようにして戸をくぐった。さすがに二人同時に通れるほどの広さは無かったので、まずはセリカが出た。
 それから振り返って、エランに手を伸ばす――

「ン!?」
 急に呼吸ができなくなった。無骨な大きな手によって、鼻や口を封じられたのである。
 瞬間、謎の人物の手に噛みつこうと口を開ける。
「お静かに」
 北の共通語だ。セリカはピンと来るものを感じた。この場合「暴れるな」ではなく「静かにしろ」と注意するのは、まるでこちらの身を案じているようにも解釈できる。

 口を覆っていた手が離れた。
 恐々と振り返ると、歳は二十代前半くらいの、逞しい骨格の男と目が合った。その顔付きは強面と精悍の間くらいに属している。途端に、強張っていたセリカの身体から力が抜けた。

「……タバンヌス。あんた今までどこに? ううん、それより、いいところに来てくれたわね」
 寡黙な戦士は頷いて、地下に残っていた青年を楽々と引きずり出して片腕で支えた。
「昨夜、よからぬ企みに走った者が居たことに気付いてから、身を隠して機を窺っていました」
「機を窺ってたって……何それ。あたしが動くのを待ってたって意味じゃないでしょうね」
 つい語調が厳しくなる。

「己はエラン公子との関係性ゆえ、一度でも姿を現せばその場で始末されます。この身だけで救い出すことは不可能でした」
 ご容赦ください、と大男は頭を下げた。
「貴女の行動力を測りかねていましたし、ここまでするお方だとわかっていれば、もっと早くに協力を仰いでいました。敵も、他国の公女を下手に扱えません」

「へえ。あんたには嫌われていると思ってたわ」
「主に害を成す者ではないかと危惧しただけです。今は考えを改めています」
 全くの無表情でタバンヌスは懐から紐のついたポーチを取り出し、それをセリカの右手に握らせた。ずしりと重い。感触や音からして、硬貨が入っているのだと直感した。

拍手[2回]

テーマ:<%topentry_thread_title> - ジャンル:<%topentry_community_janrename>

11:40:36 | 小説 | コメント(0) | page top↑
六 - e.
2017 / 06 / 24 ( Sat )
「なんだ!」
 怒鳴り声が闇の中で反響する。床に落ちている装飾品を目にすると、看守は愕然となって呟いた。「何でこんなところに宝石が……」
 男の両目は最初に疑惑に見開かれ、瞬く間にそれは醜い欲望の色に取って代わられた。男は視線を首飾りに集中させたまましゃがんだ。

 ここだ、と決めてセリカは飛び出した。
 ――狙うは腰の鍵束!
 右手を伸ばす。冷たい鉄の輪を掴み、思い切り引っ張る。

(抜けない!?)
 落ち着いて考えれば予想できたことだが、革のベルトに繋がれた輪が引いただけで外れるわけがなかった。それに気付かなかったのは焦りゆえだろう。金具を外すまでに数秒は必要だ。
 看守が振り返りかける――
 セリカは頭の被り物を脱いで、男の顔に被せた。

「ふぐっ! 何奴!?」
 くぐもった怒声が浴びせられる。
 誰何に答えてはいけない。顔を見られてもいけない。ならばどうすればいいのか?
 肘から先が、激しく震えていた。そうだ、もっと力を込めよう――刹那の衝動に従った。
 男が暴れて掴みかかろうとしているが、しゃがんでいる態勢の彼と背後に立っているセリカとでは、アドバンテージはこちらに傾いている。

(気絶するまで、窒息、させる)
 狂気じみた決意。存外それは早くに実りを得た。
 看守の手足から力が抜けていった。ぐったりと、その場に崩れる。

 ――怖気がした。試合や喧嘩のような項目とは比べるべくもない。
 暴力。己の意思で人を害したのだ。男の首を絞めた感触が掌に残っていた。
 人を蹴ったり殴ったりするのとは違う、もっと生々しい悪意――その悪意を放ったのが自分だという事実に、慄くしかない。

 セリカは涙していた。罪を省みる時間すら惜しくて、震える指で何とか鍵を物色する。目的の独房まで這い寄り、鍵穴を手探りで見つけ出した。
 ひとつずつ鍵を差し込んで試していく。
 その間も絶えずに咳が聴こえた。何やら頻度と激しさが増している上、音が次第に濡れたものが絡んでいるようにも聴こえて、セリカの中の危機感が強まっていった。
 鍵との試行錯誤に焦れる。

(あと三本しか残ってないわよ……今度こそ、当たれ!)
 願いが通じたのか、ついに「がちゃん」と爽快な開放音が耳に響いた。
(やった!)
 重い扉を押し開け、狭い独房の中に転がり込んだ。
 奥の方に人影が見える。地面に蹲っている人物は、背格好や服装から見るに、まさしくエランディーク公子その人だ。

「エラン! 大丈夫!?」
 駆け寄り、すぐ傍で膝をついた。顔を覗き込んでみたり、肩を軽く揺すったりする。
「ねえ、聴こえる? あたしがわかる? えーと、あなたと結婚する予定の、セリカです。とにかくこっち見てください」
 ゆっくりはっきりと呼びかけてみた。

「え、何?」
 咳の合間に青年は何かを言おうとしてるらしかった。まずは意識があるようで、安心した。
 耳を近付けた。吐息がくすぐったいほどの距離だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。懸命に言葉を拾おうとするも失敗に終わった。掠れた声が囁く音の羅列が、セリカの中でうまく意味を成さないのである。

(もしかして……ヤシュレ公国の言葉かしら)
 寝ぼけた人間などは自分が普段から思考に使っている言語を口走りやすい。ヤシュレの言葉がエランの母語であるのだろうが、残念ながらセリカにとってはいくら勉強しても身に付かなかった言語だ。

(つまり、意識が朦朧としてるってことね。どうしようか)
 もう一度エランの苦しげな横顔を見下ろすと、その仮定を裏付ける点を更に見つけた。
 青灰色の瞳は潤んでいて焦点が合わない。こちらを全く見ていないのは明らかだった。怪我をしているのか、熱を出しているのか、おそらくその両方か。
「だからってあたしじゃあんたを運べないのよ。肩を貸すのが精一杯よ。自分の足で歩いてくれなきゃ困るわ!」
 八つ当たり気味に吐き捨てたのは、絶望に打ちひしがれたくないが故の鼓舞である。

 こんなにも具合が悪そうなのに。どうしてやるのが最善なのか、セリカには判断がつかない。動かさない方が良い気がするけれど、ここに放置していても誰も治療してくれなそうだ。
 そして何より――ここにいては、もっと凄まじい危機が迫ってくるのではないだろうか。
 とにかく逃げなければならない。どこへ、どうやって逃げ延びればいいか、は後で考えることにする。



私も昔は寝ぼけてよくルームメイトに日本語で話しかけて「あれ、何故彼女は私の質問に答えてくれないのだ?」と疑問に思ったりしましたw 通じてなかったという。

拍手[2回]

テーマ:<%topentry_thread_title> - ジャンル:<%topentry_community_janrename>

12:58:29 | 小説 | コメント(0) | page top↑
六 - d.
2017 / 06 / 21 ( Wed )
「じゃあその地下への入口はどこにあるの?」
「存じません。頑張ってお探しくださいませ」
 突き放すように言ってリューキネは茶菓子に夢中になった。これ以上聞き出せることは無いのだと察し、セリカは感謝の意を述べてその場を後にする。

 周りに人の気配がなくなった途端にセリカはよろめいた。
 近くの柱に片手を付き、我が身を支える。ふと視線が地面に落ちた。石造りの道が視界の中で変に揺れていて、何故だか恐ろしいもののように思える。

 ――地の下に、何がある――?

 リューキネを疑うわけではないが、どうしても理解が追い付かない。追い付きたくないのかも、しれない。
(危険は承知の上だとか、さっきはあんなこと言ったけど)
 自分の力量で何ができるのか改めて考えてみた。しかし先ほどバルバの前では毅然と冷静さを保っていた頭も、今やプディング並に柔らかく形を失っているように感じられる。

(ええい、もういいわ。まずは見つけ出してからよ!)
 いよいよ考えるのが面倒になり、セリカは走り出した。行き詰まればとりあえず突っ走る、こういうところは兄と似ているな――と苦い笑いを漏らしながら。

_______

「聞こえてるなら返事しなさいっ! エランディーク・ユオン!」
 気が付けば、地下牢を駆け抜けていた。
 けれどもどれほど呼ばわっても探し人からの応答がない。次第に、不安という名の刃が数本、胸を突き刺した。
(そうよ。あいつがまだ生きてるなんて誰が言ったの)
 彼の妹姫が「隠す」という表現を用いたから思い込みをしてしまったのであって。エランが殺されていないという確証は、どこにも無いのである。

 死人は返事ができない。かと言って、牢を細かく確認するには、さすがにセリカは気力が足りなかった。
 迷いは見えない足枷となって足をもつれさせる。次いで転倒したが、かろうじて腕と膝をついて着地できた。

 ゆっくりと顔を上げて、闇に浮かぶ鉄格子の鈍い輝きを見つめる。恐怖で声が出ない。
 こんな恐ろしい場所で――生きているかどうかもわからない人を捜している。一国の公女が、なんて滑稽な姿だろう。

「んっ」
 滲み出る涙を、セリカは袖で擦った。膝立ちになり、意気消沈しかけている自分を奮い立てる。
 ――そんなことより、悲しい。
「ね、エラン。死んじゃったの……?」
 もう一度あの笛を聴きたいし、くだらない話もしたいし、約束を果たしたい。ただそれだけだ。それだけを願って、手足を動かす――

 瞬間、微かな咳が聴こえた。
 驚いて思わず静止した。そういえばこの辺りは大分静かである。空いた独房ばかりで、周りから囚人の気配がしないことに、今更ながらセリカは気付いた。
 ではこの先はどうか。恐る恐る足を踏み出してみたら、また咳が聴こえてきた。

(ちょっと、ねえ)
 確信交じりの興奮が沸き上がる。通常、咳で人を識別できるものではないし、希望的観測かもしれない。たったこれだけの音を、昨夜喫煙具に噎せたエランに重ねるのもおかしいかもしれない。
 だが再び走り出す力を振り絞るには十分だった。
 間もなく行き止まりに当たりそうになり、そこで人影を見た。今度は一人だけである。

(わざわざ守ってるってことは別の出入り口があったりして)
 来た道を戻らずに地上へ逃げられるという可能性に、一気にやる気が跳ね上がる。
 幸いと看守らしき男は眠そうに天井を見上げていてこちらの足音に気付く様子もない。隙をついて鍵を盗むくらいは、セリカにもできそうだ。
 咄嗟に身を潜めた。もはや、咳の音源がかなり近い。

(隙を作らなきゃ……)
 胸中で逸る気持ちをなんとか宥めすかし、打開策を考える。思い付いたキーワードといえば、光るもの、金目のあるもの――
 首の後ろに手を回した。豪奢な首飾りを外して、看守の目に入りそうな位置まで投げ捨てる。
 落下の際に、じゃらんと派手に音がした。

拍手[2回]

テーマ:<%topentry_thread_title> - ジャンル:<%topentry_community_janrename>

10:25:39 | 小説 | コメント(0) | page top↑
六 - c.
2017 / 06 / 18 ( Sun )
 ――誰がエランの本当の居場所を知っている? 真実は、誰なら教えてくれる? 今すべきことは何だ――

「バルバ。早急にゼテミアンに戻りなさい」
「ひ、姫さま!? 何を!」
「来た時の旅費、まだ余りがあったわよね。全部持っていいわ。なるべく人に見つからずに出て行って……地図も、来た時に使ったものがあるわね」
 狼狽する侍女に次々と指示を出す。自分でもぞっとするほどに頭は冷静だった。

「姫様、まさかわたしから大公陛下にお伝えせよとお考えで」
「いいえ。お父さんとお母さんには黙っていて欲しいの。何食わぬ顔であなたはあなたの人生に戻るのよ。この国で何が起きているかはわからないけど、まだ国家間の問題にしちゃいけない気がする。そうなったら、絶対に後戻りできないわ」
「後戻りって何ですか! 仰る意味がわかりません!」

「ごめん、あたしもよくわかんない。でもこの縁談は国の発展の為に必要なことだから、簡単に反故にしちゃいけないと思う。たとえ別の誰かの思惑が妨害しているとしても」
「だからってわたしだけ帰るなんてできません! 姫さまの御身はどうなるんですか!」
 なかなかバルバは引き下がらなかった。セリカは深く息を吸って語気を強める。

「バルバティア・デミルス、これは命令です。主を捨てて祖国へ帰りなさい」
「嫌です! 嫌です、姫さま……」
「駄々をこねないで。元々、帰す約束だったじゃない」
 困った顔で笑って見せると、ついにバルバは項垂れた。幼馴染との将来を想ったのだろう。

「では太子殿下にだけ相談をしますこと、お許しください」
「お兄さんに? ……いいわ」
 それくらいの譲歩はしてやってもいい。そう思って承諾したのだが、一瞬、不穏なイメージが脳裏を過ぎる。セリカの兄は、行き詰まった時は、剣でものを言わせる人だ。妹の危機と知れば軍を動かさずとも一人で乗り込んで来るやも――いや、さすがにそこまではしないだろう。

「姫さまはこれからどうなさるおつもりで?」
「探るわ」
 それだけ答えて口をきつく引き結んだ。探すべき対象は人物であったり、「事件の実態」でもある。
 もはや一秒たりとも無駄にできない。
 共に国境を超えてくれた友人の肩を抱き寄せ、今まで尽くしてくれた礼と別れの挨拶をする。彼女は終始、目を潤ませていた。最後にセリカは強引にバルバの身体の向きを変えた。やや乱暴に背中を押す。

「……幸せになってね」
「姫さまもどうかお気を付けて」
「わかってるわ」
 返事をするや否や、セリカも踵を返して歩き出した。心の中に押し寄せる寂しさと不安の波を、短い祈りの言葉を綴ることで紛らわす。

 きっとバルバはこちらの急な思考展開についていけなくて、ひどく戸惑っているのだろう。セリカ自身、己の気持ちを整理しきれていない。そんな猶予も、無い。
 あの男に情が移ったとも考えられるし、見捨てるのが不義理だとも思っているし――それでいながら、セリカは自分が土壇場でやはり保身に走ってしまう可能性をも否定できずにいる。確信を持てる一点といえば、急がねばならないこと、それだけだ。

 怪しまれない程度に小走りになって、宮殿の中を移動した。思い付きのままに足を運ぶ。そして目的地に着くなり警備兵に声をかけた。
「リューキネ公女に取り次いでいただけませんか」
 彼らはこちらのただならない様子に驚いたようだったが、それでも申し出を受けてくれた。しばらくして兵士が戻ってきた。

「公女さまがお会いになるそうです。どうぞ」
 促されて、セリカは歩を進めた。ここはちょうど昨日の朝にエランとリューキネ公女が談笑していたバルコニーだ。
 絨毯に腰を掛けて、優雅な仕草で茶を飲んでいる少女がひとり。

「まあセリカ姉さま、ようこそいらっしゃいました。ご一緒に、一杯いかがかしら」
「いえ、あの」
 お茶の誘いを断ろうとして、途中で思い直した。濃い緑色の双眸が威圧的な視線を注いできたからだ。
 数秒遅れてその意図を理解した。周りの侍女や警備兵たちに不審がられない為の、公女からの配慮である。
「いただきます。ありがとうございます」

 セリカはリューキネと向き合うように、卓の前に腰を下ろした。それから果実の香りが濃厚なお茶を二杯ほどいただき、他愛もない話をした。このような何気ないいつものやり取りが、今日ばかりはもどかしく感じられる。
 ようやく公女が人払いをしてくれたところで、間髪入れずにセリカはエランの居場所を訊き出そうとした。

「姉さま……忠告いたしましたわよね。殿方の事情に、姫君が踏み込むべきではないと」
「憶えてるわ。危険は承知の上で、訊いてるの」
 向かいの席の美少女は憂いを帯びた表情で遠くを見つめ、そっと息を吐いた。
「わたくし、兄さまたちが本格的に争い合う日が来れば、アスト兄さまの側に立つと前々から決めていましたの」
「…………顔の崇拝者だから?」
 敵対宣言をされていると解釈すべきか。セリカは目を細める。
 ――これは仮定の話だろうか。それとも公女は既に宮殿内の異変を、兄弟同士の諍いが原因だと、そう突き止めたのだろうか。

「ご恩があるからです。わたくしが自暴自棄になっていた頃に、救ってくださいましたの」リューキネ公女はキッとこちらを睨みつけたが、すぐにまた表情を緩めて嘆息した。「けれど、エラン兄さまにも恩があります」
「じゃあ……あなたの知っていることを話してくれるわね」
「ええ、知っていることであれば。誰がエラン兄さまを隠したのかは存じませんわ。知りたくもありません、巻き込まれたくありませんもの。そうですわね――エラン兄さまでしたらきっと、地下にいらっしゃいますわ」
 地下、とセリカは思わず呆然となってオウム返しにした。

「普通は誰も近付かない場所に『それ』を建てるでしょう。実際に都のすぐ外にあります。でもこの宮殿の敷地内にも、ありますのよ。特殊な理由で公にできなかったりしますから」
 リューキネは、主語を省いた意味深な言を並べ立てる。
「すぐに兄さまをどうこうするには、時間が足りなかったのでしょう。思い立ってから行動に出てまだ一日と経っていないはずです。地下で間違いありませんわ」




返信@ナルハシさん

スマホでしたか! 当初ミスリアをガラケーで読まれていませんでしたっけ? 懐かしい…w

私もたまにスマホからブログの表示を確認したりするんですが(そしてやはり呪われる)、基本的にブログのレイアウトはデフォルトなのですよね。いえまあ、レイアウトで広告が消えるのかは謎ですが… 2011年頃はPCテンプレしかいじれなかったんで、数年後にスマホテンプレができてからも放置状態…一度くらいはいじってみた方がいいですよねw

呪いよ、なくなーれー!

拍手[2回]

テーマ:<%topentry_thread_title> - ジャンル:<%topentry_community_janrename>

07:52:12 | 小説 | コメント(0) | page top↑
えいやーさっさ
2017 / 06 / 16 ( Fri )
(記事タイトルに意味はない)

どうもー
明日ようやっと自分の家に帰って、日常に戻ると思われる甲です。

え、今日は何をしたのかって? サンキューカードを80枚ほど手書きでしたためたんですよw しかも住所はラベルにプリントアウトして貼り付けられるように、エクセルに名前・住所・備考ETCを事細かに入力したりして、フォーミュラでぴしっと出力。いやはや、我ながら、まるで本職がデータ管理の人であるかのようだ(⌒∇⌒)ノ(そうだよ)

昨日で一週間経ちました。たかが一週間、されど一週間。そのうちつらい思い出が褪せて幸せな思い出だけが残るのかなと思ったり、それはそれでもったいないなと思ったり。色々がイロイロです。

さて。更新再開は今週末って感じです。ふと思い返してみると、やっべえ黒赤いまめっちゃいいところじゃねーか! 書かないと! ぎゃー! って気持ちになりますw



拍手返信@ナルハシさん

おお、ありがとうございます。
その呪い、もしや…携帯から読まれているのですかw?

そうなんですよー、恋愛カテとさんざん豪語しておきながらなんちゃって戦闘もまじってます。私はどうもお子たちにストレートに恋愛をさせられないようです。しかし必ず爆発させますので(笑)、ごゆるりとお楽しみくださいまし( ^^) _旦~~

読了報告ありがとうございましたー!!!!

拍手[2回]

テーマ:<%topentry_thread_title> - ジャンル:<%topentry_community_janrename>

11:00:47 | 挨拶 | コメント(0) | page top↑
わたくしごとですが
2017 / 06 / 11 ( Sun )
ですが、






拍手[1回]

続きを読む

テーマ:<%topentry_thread_title> - ジャンル:<%topentry_community_janrename>

23:19:06 | 挨拶 | コメント(0) | page top↑
ついにというかなんというか
2017 / 06 / 08 ( Thu )
とりあえずしばらく更新できるかわからない、との一報。






拍手[1回]

続きを読む

テーマ:<%topentry_thread_title> - ジャンル:<%topentry_community_janrename>

05:55:00 | 挨拶 | コメント(0) | page top↑
六 - b.
2017 / 06 / 07 ( Wed )
 短い回想の旅から戻って来ると、頬が熱くなっているような気がして、つい指で触れて確認する。そして実際に熱かった。意識してしまうとますます恥ずかしさがこみ上げる。
「ねえバルバ。エランを見なかった?」
 気を紛らわせようとして、侍女の背中に向けて問いかける。
「公子さまは、夜にひとりでどこかへ行ったきり、戻らないのですよ」
 振り返った彼女の双眸は憂いに揺れていた。心臓が冷たい手に掴まれた気がした。
「ひとりって……タバンヌスは一緒じゃなかったの」

「あの方は公子さまに命令されて、姫さまの護衛のために屋根上に残りました。でも明け方まで待っても公子さまが戻られないので、通りがかりの兵士に交代を頼んで行かれましたよ」
 バルバが目配せする。その目線が指す方へ、二人で歩んだ。屋根から下りる梯子の前には、武装した見知らぬ男が立っていた。二、三ほどその者と問答をしたが、目ぼしい情報は得られなかった。

 胸騒ぎがする。次にどうすればいいかわからずに、セリカは一旦自室に戻った。身体を拭いて着替えを済ませ、もう一度バルバと共に宮殿内を出歩く。
 気のせいだろうか。やたらと静かである。元々広い宮殿とはいえ、誰かとすれ違うまでに数分かかった。
 最初にすれ違った女中たちは共通語が不得手で、話しかけてもあまりはっきりと受け答えをしてくれなかった。次に庭園で遭遇した官僚たちもよそよそしく、相手にしてくれなかった。

 諦めて朝食に向かおうかと回廊を進み出し、その矢先に小さな人だかりを見つけた。まだ成人していないような年頃の少年と、後ろにぞろぞろ続く男性が四、五人――少年は自分より幾まわりも年上の者たちに向かって助言や命令をしているようだった。話の内容は断片的に聴こえてくるも、難しい話をしているらしいことしかわからない。
 セリカたちは速やかに頭を下げて道を開けた。鋭い目付きと隙が無い立ち姿をしたこの少年は、確か第六公子のハティルだ。

「姫君。おはようございます」
 そのまま通りかかるかと思いきや、少年は足を止めた。
「おはようございます。ハティル公子」
 微笑み、顔を上げる。
 あちらから話しかけてくるとは運が良い。更に運の良いことにいつの間にか人だかりが解散していた。目の前にはハティルと、付き人らしい壮年の男しか残っていない。
 お約束の天気の話題を済ませてから、お伺いしたいことがあります、とセリカは本題を切り出した。

「どうぞ。僕に答えられるものなら」
「では遠慮なく――エランディーク公子が何処(いずこ)にいらっしゃるか、存じませんか」
「エラン兄上ですか。僕は会ってませんけど、まだ寝ているという可能性も……。兄上と何かお約束を?」
 ハティルの声も表情も、本気で驚いている風に感じられた。

(昨日あたしたちが夕食を一緒したのは知れ渡ってるはず。ならその後は、どうかしら)
 セリカの腹の底で勘のようなものが働いた。慎重に返答すべきだと判断する。
「いいえ、約束はしておりません。ただひと目お会いしたいと思った次第です」
「エランなら所領に帰ったって聞いたぞー?」
 回廊の先から人が近付いて来る。歩きながらパンを頬張って食べかすを巻き散らすこの行儀の悪さ、第三公子ウドゥアルだ。

(所領に帰った……? 言伝もなく? 「聞いた」って、誰に)
 最後の疑問はハティルが代弁してくれた。すると第三公子は、大臣が言ってたんだぞ、と答えた。
(ウドゥアルは口裏を合わせてるだけ、それとも本当に何も知らないの? 情報の発信源はその大臣か、別の誰かか)
 セリカはいくつかの引っかかりを感じたが、敢えて何も追及せずに公子たち二人の会話を静聴した。

「帰ったって、こんな時にですか。ベネ兄上みたいに火急の用事でしょうか」
「ルシャンフ領なんて蛮族しか住んでないんだし、なんかあったんだろ。そんなことより、結婚式なくなんのか? せっかくいい肉にありつけると思ったのに。親父殿は、面会謝絶だ。おれももう帰っていーか?」
「帰ればいいんじゃないですか」
 兄の質問に、弟は投げやりに答えた。
 そこでセリカは無難な礼の言葉を並べて、その場をやり過ごした。拭えぬ違和感を胸に抱えたまま、彼らの後ろ姿をそれぞれ見送る。

「ひどい……。姫さまのお立場はどうなるのですか……」
 二人だけになると、バルバがやるせなく呟いた。
「――嘘」
「姫さま?」
「嘘よ。エランは、そんなことしない。何かがおかしいわ」
 そう断言すると、バルバは怯んだようだった。もしかしたら自分は今、かなり険しい顔をしているのかもしれない。

「え、ええ、しっかりしてそうな方ですものね。無責任な真似はされないと、わたしも思います」
「無責任……そうね」
 それだけではない。夜中にいなくなったという事実の異常さは変わらない。
 百歩譲って、既に延期されている結婚式よりも重要な案件が所領で発生したとしても――

「堂々と妃を連れ回すと、あいつは言ったわ」
「はい……?」
「伴侶にそれを望むと。だからどんなに急いでいても、ひとりで発つわけない」
 低く呟きながらも、セリカは思考回路を最大速度で回していた。

拍手[2回]

テーマ:<%topentry_thread_title> - ジャンル:<%topentry_community_janrename>

04:06:31 | 小説 | コメント(0) | page top↑
六 - a.
2017 / 06 / 05 ( Mon )
 ――作り笑いをして過ごす一生で、隣にお前がいてもいい――

 優しく語りかけるような声が頭の奥に残っている。
 そうだ、あれは意識を手放す直前の会話だった。どういう意味か詳しく訊きたかったのに、結局睡魔に勝てなかったのだった。

 これからもずっと肩を並べて作り笑いをしようという誘いだったのだろうか。
 ――夢から覚めたら、今度こそみなまで問い質そう。
 その想いを抱いて意識が浮上する。

 ところが目が覚めた直後にセリカがまず感じたのは、羞恥心と焦りだった。勢いよく上体を跳ね上がらせ、周囲を見回す。身体にかけられているふかふかの毛布。柔らかい絨毯。そこかしこに残る、残り香のようなもの――そこまで観察して、セリカは唐突な寒気に身を震わせた。

 現在地は、エランの屋根上の居住空間で間違いない。日の高さからして、まだ早朝だ。何故か当のエランの姿はどこにも見当たらないが、近くの物置棚によりかかって眠るバルバの姿は見つけられた。

(いないか……むしろ、よかったわ)
 セリカはほっと息を吐き出して寝床から起き上がった。どうもあの男の匂いやら気配やらに包まれているようで変な気分だ。他人の寝床なのだから当然とはいえ、変なものは変なのである。
 それにしても酒を少し飲みすぎたのだろう、頭が鈍く痛む。

(あれ? 昨夜、かなり恥ずかしいことを口走った気がするんだけど。何だったかしら)
 それ以前に、自分が寝床を使ったのなら、エランはどこで寝たと言うのだろう。頭を抱え込んでなんとか思い出そうとするも、記憶があやふやである。
 セリカがそうして唸っている間に、バルバも目を覚ました。

「あっ、姫さま! おはようございます!」
「おはよう……あんまり大声出さないで……」
 げっそりとした様子で注意してやると、侍女は両手で自身の口を塞いだ。バツが悪そうに笑って、彼女は毛布を片付け始めた。

 セリカも手を貸そうとした。が、「ここはわたしに任せて、姫さまは休んでいてください!」と追い払われてしまった。仕方がないので、顔を洗って水分補給もして、身だしなみを整える。それから空模様を見上げた。
 まだ幾分か、頭がぼうっとしている。セリカは目を閉じて、まとまりのない思考に耽った。

_______

「貞操観念!」
 その頃にはセリカの視界は大分ぼやけ始めていたが、多分、いきなり妙な単語を突き付けられたエランディーク公子は怪訝そうな顔を返したのだろう。
「――について、ちょっと話しましょうか。昨日のことですが! だ、抱きしめてくれたのは、あたしを落ち着かせる為であって下心があったわけじゃないのはわかってます!」

 何のことかすぐには思い至らなかったのか、エランはしばらく目を伏せて黙り込んだ。やがて「ああ、あれか」と言って視線をまた合わせてきた。

「下心が無かったと何故言い切れる」
「なっ――あったの!?」
「どちらとも言えない」
 彼は喉を鳴らして笑ったようだった。

「だったら何も言うな……! 話の腰が折れたじゃないのよ」
「……要約して話せ」
「あのね。まだ正式に結婚してないんだし――守って欲しい、いいえ、守るべき線があるというか、ね。今後は無断で触るのを控えて欲しいんですよ」

「なるほど。許諾を得てから触ってくれ、と」
「きょ――ええ、まあ、許可を取ってからだったらいいん、だけど。ちょっと! ここ笑うとこじゃないんだから!」
 セリカは膝を叩いて不平を訴えかけた。悪い悪い、と彼はあっさり謝って笑いを収める。

「お前はいつも必死だな」
「それはどーも。あんたはもう少し必死に生きてみれば? 何もかもどうでもいいみたいな、すまし顔してないでさ。その方が人生楽しくなるんじゃない」

「肝に銘じておく」
 素直に応じたエランに、うん、とセリカは満足気に点頭した。

_______

拍手[2回]

テーマ:<%topentry_thread_title> - ジャンル:<%topentry_community_janrename>

05:15:23 | 小説 | コメント(0) | page top↑
規定枚数
2017 / 06 / 04 ( Sun )
公募に出そうと意気込んだ次の日に、既存の話だけで400字詰め原稿用紙250枚を超す長さがあると判明。規定枚数は100~400枚だよ☆彡

やべえよ、まだ黒赤は半分しか話進んでないんだよ。

書き終わってから本格的に削ろう…

既にちょっと見直したんだけど、なかなか思い切って削ることができないね。登場人物の数を減らすとか、世界観説明や描写を省くとか。場面を減らそうにも大抵の場面には役割があるし、会話を減らすとテンポが不自然になりそう。ちびちびと要らない台詞とかを削ってみたけど、せいぜい数ページしか稼げない。



誰か、規定枚数がもっと多くてウェブから投稿できる公募を教えて(他力本願


10万字以下で面白い話が書けない私が悪いのかもしれないけど…いやあ道のりは長いね…。

どうも変なプレッシャー感じて、続きをのびのびと書けないー
そういうことなら、公募目指すのやめた方がいいのかもしれないなぁ。さみしいなぁ。

ウェブ投稿以外に術が無く、海外住まいでは受賞しにくそうな匂いがするところも手が出せないので、自然とオプションが狭まる。以前エブリスタで賞とった時、住民票? 出せみたいに言われて、じゃあ(そんなもん存在しないから)賞金見送るわ。ってなったのがまだ記憶に新しい。アイリス恋愛ファンタジー大賞なら海外OKって明記してるけど、あそこのラベルカラーが私に合わな過ぎ問題。よほど無茶しないとかすりもしないだろうなww <ミスリアはかすりもしなかったよ



つらたん…

拍手[0回]

テーマ:<%topentry_thread_title> - ジャンル:<%topentry_community_janrename>

05:25:32 | 余談 | コメント(0) | page top↑
5・6合間 あとがき
2017 / 06 / 02 ( Fri )
ごめんね! エランのターンはこれで終わりだよwww
今回はシーンも少ないので短め。

とはいえ、これからちょくちょく別の視点も入るんじゃないかと思います。予定は未定。




続きへどうぞ!


拍手[0回]

続きを読む

テーマ:<%topentry_thread_title> - ジャンル:<%topentry_community_janrename>

00:15:51 | 挨拶 | コメント(0) | page top↑
五と六の合間 - c.
2017 / 06 / 01 ( Thu )
 ――言い返しても無駄だ。
 代わりに、繰り出される斬撃の一つ一つにエランは慎重に対応した。アストファンが他の手を使ってくる可能性も考慮して、一定以上に接近を許さない。
 使っている刃物の種類は同じだ。長さも同等。注意すべきは身長差、即ち間合いの長さである。

(踏まえるべき点を踏まえていれば、やり込められたりしない!)
 度々弾ける火花につい目を逸らしてしまわないよう、瞬きのタイミングを計った。
 動悸が多少速まったが、あくまでエランは冷静だった。
 昔から稽古をサボってばかりだった、この兄の性質も熟知している――攻撃にキレは無いし防御も遅れている。何よりも殺気はあっても根気が無いのだ。数分打ち合っている内に焦れたのか飽きたのか、アストファンは舌打ちして後ろに跳んだ。

 逆にエランは思い切り踏み込んだ。みぞおちを刺さんと切っ先を突き出す。横跳びでかわされる。
 ペシュカブズを横薙ぎに振り払った。今度は兄はかわしきれなかった。ただでさえはだけていた絹の衣服が避けたのが、暗がりの中で確認できた。

 燭台から離れつつあるため、視界がどんどん悪くなっている。暗闇に慣れたなら慣れたで、火花が余計に眩しい。
 ふいに、死角である右側から寒気がして――
 剣撃が飛んできた。
 受け止めたはいいが、相殺し切れずに身体が後ろに傾ぐ。持ち直す暇は無い。
 敢えて倒れた。頭が地を打った痛みが冷めやらぬまま、横に回転して起き上がる。

(上!)
 予感がした。
 膝立ちでナイフを水平に構え――直後、強烈な衝撃が降りかかる。
 右腕が激しく痺れた代償に敵方の刃の動きが止まった。好機とばかりに、空いた左手で土を掴んで投げる。

「くっ」
 アストファンが反射的にしゃがんで顔を背けた、その一瞬に。エランは逆手に構えたペシュカブズを斜めに振り上げた。
 狙うは首筋。湾曲した刃が、形の良い顎の真下を捉える――
 ――パシン!
 左手で右の拳の軌道を止めた。勢い余って、第二公子の命をうっかり絶ってしまわないようにだ。

「……解せませんね」優勢に立ったエランは、やがて冷ややかに呟いた。「私を殺しても兄上には益が無いでしょうに」
 未だ俯いているアストファンが、喉を鳴らして笑い出す。
 エランは不快感に眉根を寄せた。思わず、刃をもっと強く押し当てる。

「そうだね。私には、益が、無いね」
 その一言ずつがゆっくりと。やたらと強調するように、発音された。
 ぞわり。
 どす黒い危機感がエランの背骨を駆け上がった。最悪の事態を連想する。
「――! だめだ、あなたがたは手を組むべきではない……!」
「さあ、彼はそう思わなかったみたいだね」
「まさか――」
 言い終わることができなかった。

 鈍い音が頭蓋を打った。
 脳髄が激しく揺さぶられる。即時、痛みが響いて全身を麻痺させた。血の苦い味が口内を這う。舌を噛んだのかもしれない。

 おそらくは、膝からくずおれた、のだと思う。気が付けば顔面は草の中に埋もれ、背中には重いものが圧し掛かっていた。
 不覚だった。第三者の介入も警戒していたのに、兄は然るべき生業の人間を雇ったのだろう、まるで気配を察知できなかった。

「私が唆(そそのか)したと形容せずに『手を組んだ』と真っ先に察する辺り、さすがだね」
 愚兄が何かを言っているが、正直どうでもいい。エランは不安定な視界の中を巡り、敵影を確認した。
 ひとつ、ふたつ、みっつ。第二公子の左右に増えた人影を数える。
 ――最少でも計四人いるなら、こちらに勝ち目は無い。

「ねえエラン。統率力やら人徳やらで昔からベネ兄上が一番チヤホヤされてたけれど、私は密かにお前を評価してたんだよ。突出した才覚がなくても大抵のことは器用にこなせる。武術ではベネ兄上に次いでセンスが良いし、ハティルに劣らず聡明だし、周りをよく見ている」
 ――褒めるな、気持ち悪い……!
 怒りが四肢を伝う。強すぎる激情のせいか、それとも肺が圧迫されているせいか、エランは声が出せなかった。

「けど甘い。優しすぎるのが、決定的にダメだ。さっきの機会に私の首を掻っ切っていれば、窮地に陥ることも無かったのに。愚かだね、エランディーク・ユオン」
 声は依然として出ない。精一杯に首を回して、アストファンを睨みつけた。
「はははは! 凄んでも無駄だよ! お前はこれから跡形もなく消えるんだ!」
「…………き、え」
「そうさ、消えるんだ。幸いお前の人間関係は希薄だから併せて消す人数が少なく済む……ああ、でも間が悪い。実に悪いね」
 パチン! とアストファンが嫌味らしく指を鳴らす。

「姫殿下は、どうしようかな」
「――や! め……か、には……手を、出すな……!」
 喉の奥が焼けるように熱い。押さえつけられているとわかっていても手足に力を込める。
 かつてないほどの憎しみに吐き気すらした。

「さてね。彼女が私に落とされるか――我々につくのは良し、邪魔せずに大人しく帰ってくれるならそれも良し。お前が消えたことに気付かないのが一番なんだけど、どうなるかな?」
 それを聞いて、エランは身体を強張らせる。

『ほんと? 楽しみにしてる!』
 遠乗りの約束に彼女がどんな風に顔を輝かせたのか、まだ記憶に新しい。
(こいつらがどんな虚偽で私の失踪を覆い隠すつもりかは知れないが)
 セリカが簡単に騙されるとは思えなかった。どう誤魔化したところで、結婚を控えたこの時期にいなくなるのは不自然だ。

 唐突に、地面が遠ざかった。アストファンがターバンの布を引っ張ったらしい。
 無理に反り返らせられた首に激痛が走る。

「ああ、いつ見ても醜い面だ。その顔を晒せばきっと、どんな気丈なご婦人だって泣いて逃げるに違いない!」
 エランは暗澹とした思いに占められた。
(逃げる、か。そうしてくれるなら、どんなにいいか)
 良くも悪くも、あの公女さまがそのように薄情な人間だとは思えない。

『約束よ。絶対だからね』
 ――このままでは果たせないかもしれない。嘘をついた、ことになってしまった。
(逃げてくれセリカ……お前は国に帰れ……)
 極めて気色の悪い「おやすみ」が耳元で囁かれた途端、腹部に猛烈な衝撃があった。
 気が遠くなっていく。

 ――頼む、私を捜すな――
 意識が無情なる闇に屈するその瞬間まで、一心に願った。

拍手[2回]

テーマ:<%topentry_thread_title> - ジャンル:<%topentry_community_janrename>

23:45:15 | 小説 | コメント(0) | page top↑
五と六の合間 - b.
2017 / 05 / 30 ( Tue )
 いつもならこの近辺を巡回しているはずの衛兵の姿を、今夜は未だに見ていない。道中にすれ違うこともなければ、水を汲んでいる間に彼らが通り過ぎることもなかった。
 昨夜魔物が入り込んだ件に続いて、このざまとは――宮殿の警備はいつからこうも程度が低くなったのか。二日連続で衛兵隊長を責め立てなければならないらしい。エランは眉間に指を当てた。

 暗殺者の一人や二人、侵入を許してしまいそうである。
 それはあまりに真に迫っていて、笑えない妄想だった。首謀者が外敵である必要もない。日頃から公宮に出入りする人間は多く、中には良からぬ企みを秘めた輩とて少なからずいるはずだ。
 吟味すべき問題は、そんな陰謀渦巻く宮中での自らの身の振り方である。

(たとえ父上が殺されたとして……私はどんな感情を覚えるだろうな)
 それすらも未知であった。
 そろそろ不吉な想像は止めて、戻った方が良いだろう。井戸の縁に置いた水瓶に向けて手を伸ばす。
 まさに取っ手に触れるか触れないかの段階で、全身を静止させた。

 ――背後に気配がする。
 考えるより先に腰の得物を抜き放って身体を反転させた。愛用のナイフの切っ先を、人影に向けて突き出す。
 衛兵がやっと来たのかもしれないが、そうとも限らない。他の危険な可能性が存在する以上、口よりも刃で誰何した方が得策だ。

 微かに漂う香(こう)の印象からして高貴な衣服を身に着けていると考えられた。つまり、決して身分の低くない者。
 だがこちらからは声をかけてやらない。
 ほどなくして、相手が一歩踏みにじってきた。井戸の傍に立ててある燭台の光により、全容が薄っすらと浮かび上がる。

「驚かせて悪かったよ。物騒なペシュカブズをしまってくれないかい、エラン」
 降参の意を表しているつもりか、長身痩躯の男は両手を広げて肩を竦めてみせた。
「……夜に一人で敷地内を歩き回るとは、らしくないですね。もしや寝床を共にしてくださる女性が集(つど)わなかったのですか? アスト兄上」

 警戒を一切解かずに目を細める。
 相対する不審者は、兄弟の中でエランがひときわ嫌悪している男だ。奴は後頭部でひとまとめにしている黒髪を揺らして、わざとらしく笑った。

「ふふ、お前は相変わらず面白いね。そうじゃないよ。今夜はどうも父上が心配で心配で何も手が付かなくてね、気晴らしに散歩をしているわけだ」
 誰が見ても最高と評さざるをえない美貌が、偽りの感情を映し出している。
 エランは動かなかった。
「いい加減、ナイフを下ろしてくれよ。落ち着いて話もできやしない」

「私は兄上と話がしたいとは一言も申しておりませんが」
「ねえ、エランは興味ないのかい、父上の生死に」
 冷たくあしらったところで引き下がる愚兄ではなかった。また一歩、距離が縮められた。
「興味ないはずがありません」
 ――癇に障る。
 アストファンに敵意が無いにしろ、こうして詰め寄られるのも、ねっとりとした視線に絡まれるのも。

 そんな訴えを込めて、手首を一転させ、ペシュカブズを逆手に持ち替えた。突く攻撃に特化した刃物だが、切る働きにおいても優れた代物なのである。
 第二公子が瞬きをして視線を落とした。
 同時に、纏っていた空気が一変したのを感じ取る。

「無関係を装っていられるのは今の内だけだよ、エランディーク。もしも父上が太子を立てる間も無くご逝去されようものなら……その皺寄せはまずお前に来るのだから」
「なりません。そんな事態には」
 固く否定した。
 アストファンが指摘した通り、諸々あってヌンディーク大公はまだ公式に太子を立てていない。それは周知の事実である。

 頭の奥では警鐘が鳴っていた。周知の事実を、敢えてこの男が口にする理由とは――。
 考え込んだのが隙となった。
 目で捉えるよりも早く。肌がざわついた。

 刹那、甲高い衝突音が響く。
 エランは振り上げられた斬撃を受け流す傍ら、水瓶が地に倒れるのを見た。割れこそしなかったが、苦労して溜めた水が派手に零れていくさまには、腹を立てずにいられない。

「なんてことしてくれるんですか。もったいない!」
「あはは! 一国の公子が、細かいことを気にしすぎじゃないかい」

拍手[2回]

テーマ:<%topentry_thread_title> - ジャンル:<%topentry_community_janrename>

03:29:15 | 小説 | コメント(0) | page top↑
前ページ| ホーム |次ページ