五と六の合間 - c.
2017 / 06 / 01 ( Thu )
 ――言い返しても無駄だ。
 代わりに、繰り出される斬撃の一つ一つにエランは慎重に対応した。アストファンが他の手を使ってくる可能性も考慮して、一定以上に接近を許さない。
 使っている刃物の種類は同じだ。長さも同等。注意すべきは身長差、即ち間合いの長さである。

(踏まえるべき点を踏まえていれば、やり込められたりしない!)
 度々弾ける火花につい目を逸らしてしまわないよう、瞬きのタイミングを計った。
 動悸が多少速まったが、あくまでエランは冷静だった。
 昔から稽古をサボってばかりだった、この兄の性質も熟知している――攻撃にキレは無いし防御も遅れている。何よりも殺気はあっても根気が無いのだ。数分打ち合っている内に焦れたのか飽きたのか、アストファンは舌打ちして後ろに跳んだ。

 逆にエランは思い切り踏み込んだ。みぞおちを刺さんと切っ先を突き出す。横跳びでかわされる。
 ペシュカブズを横薙ぎに振り払った。今度は兄はかわしきれなかった。ただでさえはだけていた絹の衣服が避けたのが、暗がりの中で確認できた。

 燭台から離れつつあるため、視界がどんどん悪くなっている。暗闇に慣れたなら慣れたで、火花が余計に眩しい。
 ふいに、死角である右側から寒気がして――
 剣撃が飛んできた。
 受け止めたはいいが、相殺し切れずに身体が後ろに傾ぐ。持ち直す暇は無い。
 敢えて倒れた。頭が地を打った痛みが冷めやらぬまま、横に回転して起き上がる。

(上!)
 予感がした。
 膝立ちでナイフを水平に構え――直後、強烈な衝撃が降りかかる。
 右腕が激しく痺れた代償に敵方の刃の動きが止まった。好機とばかりに、空いた左手で土を掴んで投げる。

「くっ」
 アストファンが反射的にしゃがんで顔を背けた、その一瞬に。エランは逆手に構えたペシュカブズを斜めに振り上げた。
 狙うは首筋。湾曲した刃が、形の良い顎の真下を捉える――
 ――パシン!
 左手で右の拳の軌道を止めた。勢い余って、第二公子の命をうっかり絶ってしまわないようにだ。

「……解せませんね」優勢に立ったエランは、やがて冷ややかに呟いた。「私を殺しても兄上には益が無いでしょうに」
 未だ俯いているアストファンが、喉を鳴らして笑い出す。
 エランは不快感に眉根を寄せた。思わず、刃をもっと強く押し当てる。

「そうだね。私には、益が、無いね」
 その一言ずつがゆっくりと。やたらと強調するように、発音された。
 ぞわり。
 どす黒い危機感がエランの背骨を駆け上がった。最悪の事態を連想する。
「――! だめだ、あなたがたは手を組むべきではない……!」
「さあ、彼はそう思わなかったみたいだね」
「まさか――」
 言い終わることができなかった。

 鈍い音が頭蓋を打った。
 脳髄が激しく揺さぶられる。即時、痛みが響いて全身を麻痺させた。血の苦い味が口内を這う。舌を噛んだのかもしれない。

 おそらくは、膝からくずおれた、のだと思う。気が付けば顔面は草の中に埋もれ、背中には重いものが圧し掛かっていた。
 不覚だった。第三者の介入も警戒していたのに、兄は然るべき生業の人間を雇ったのだろう、まるで気配を察知できなかった。

「私が唆(そそのか)したと形容せずに『手を組んだ』と真っ先に察する辺り、さすがだね」
 愚兄が何かを言っているが、正直どうでもいい。エランは不安定な視界の中を巡り、敵影を確認した。
 ひとつ、ふたつ、みっつ。第二公子の左右に増えた人影を数える。
 ――最少でも計四人いるなら、こちらに勝ち目は無い。

「ねえエラン。統率力やら人徳やらで昔からベネ兄上が一番チヤホヤされてたけれど、私は密かにお前を評価してたんだよ。突出した才覚がなくても大抵のことは器用にこなせる。武術ではベネ兄上に次いでセンスが良いし、ハティルに劣らず聡明だし、周りをよく見ている」
 ――褒めるな、気持ち悪い……!
 怒りが四肢を伝う。強すぎる激情のせいか、それとも肺が圧迫されているせいか、エランは声が出せなかった。

「けど甘い。優しすぎるのが、決定的にダメだ。さっきの機会に私の首を掻っ切っていれば、窮地に陥ることも無かったのに。愚かだね、エランディーク・ユオン」
 声は依然として出ない。精一杯に首を回して、アストファンを睨みつけた。
「はははは! 凄んでも無駄だよ! お前はこれから跡形もなく消えるんだ!」
「…………き、え」
「そうさ、消えるんだ。幸いお前の人間関係は希薄だから併せて消す人数が少なく済む……ああ、でも間が悪い。実に悪いね」
 パチン! とアストファンが嫌味らしく指を鳴らす。

「姫殿下は、どうしようかな」
「――や! め……か、には……手を、出すな……!」
 喉の奥が焼けるように熱い。押さえつけられているとわかっていても手足に力を込める。
 かつてないほどの憎しみに吐き気すらした。

「さてね。彼女が私に落とされるか――我々につくのは良し、邪魔せずに大人しく帰ってくれるならそれも良し。お前が消えたことに気付かないのが一番なんだけど、どうなるかな?」
 それを聞いて、エランは身体を強張らせる。

『ほんと? 楽しみにしてる!』
 遠乗りの約束に彼女がどんな風に顔を輝かせたのか、まだ記憶に新しい。
(こいつらがどんな虚偽で私の失踪を覆い隠すつもりかは知れないが)
 セリカが簡単に騙されるとは思えなかった。どう誤魔化したところで、結婚を控えたこの時期にいなくなるのは不自然だ。

 唐突に、地面が遠ざかった。アストファンがターバンの布を引っ張ったらしい。
 無理に反り返らせられた首に激痛が走る。

「ああ、いつ見ても醜い面だ。その顔を晒せばきっと、どんな気丈なご婦人だって泣いて逃げるに違いない!」
 エランは暗澹とした思いに占められた。
(逃げる、か。そうしてくれるなら、どんなにいいか)
 良くも悪くも、あの公女さまがそのように薄情な人間だとは思えない。

『約束よ。絶対だからね』
 ――このままでは果たせないかもしれない。嘘をついた、ことになってしまった。
(逃げてくれセリカ……お前は国に帰れ……)
 極めて気色の悪い「おやすみ」が耳元で囁かれた途端、腹部に猛烈な衝撃があった。
 気が遠くなっていく。

 ――頼む、私を捜すな――
 意識が無情なる闇に屈するその瞬間まで、一心に願った。

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