もうすぐ6周年になりますが
2017 / 12 / 07 ( Thu ) いまさら? ブログをちょびっとリニューアル? しています。
とまあ、なんだかくっそ寒くなっているこの頃ですが、セーターを活躍できるのはいいことです。 明日までに「御簾ごしの姫」を完結させる予定です。やばいです。 メインの長編連載がなくなった分、前から抱えていたいろんな案に妄想時間を割くことができて、非常に楽しいですね。「たえよいつか」の続編とかな~。未完のまま10年は放置してきたOth-Dもなんとかしたいよなー。 もちろん藻と即興とミスリア世界の番外編も気が向くままに投下します。 今年も残りわずかですが、頑張っていきまっしょい! |
新作投稿
2017 / 12 / 05 ( Tue ) https://ncode.syosetu.com/n6901ek/
間があくかなと思ったけど案外そんなことはなく、気が付けばなんか書いてました。 全四話完結の予定です。謎恋愛。お付き合いいただけると幸いです。 |
拍手返信12-2
2017 / 12 / 03 ( Sun ) @ナルハシさん
読了&温かいコメントありがとうございます! >イチャイチャしだすと敬語になる たぶんセリカが恥ずかしくなって敬語でお茶を濁そうとして、エランがそれにノる感じですねw 机を叩いていただけて光栄です。 口に出して遠慮が無いのは性格半分、最初は相手のことがどうでもいい半分でしょうか。どうでもよくなくなると今度は気遣うようになって、出逢って間もない他人だから歩み寄り方がよくわからなくて……はい、結婚してからはきっと遠慮がなくなりますね。 >登場人物の名前が覚えられなかった 馴染みない音の羅列オンパレード…! 長いですしね/(^o^)\ リズミカルな滝神の名前とはまた違った感じでしたね。よくぞ生き延びてくださいました。 完走お疲れさまです! 当面は、ダグラス湖(とツイッター)でお会いしましょう! |
黒赤 あとがき
2017 / 12 / 02 ( Sat ) |
終 - f.
2017 / 12 / 01 ( Fri ) 「おい! この状況で眠れるか、普通。とんでもないな」
起き抜けに呆れた声が耳に入った。セリカは、寝ぼけ眼を瞬かせる。 「どうしたの?」 「どうしたのじゃない。馬の上で寝るな、危ない。何度言えばわかる」 初めて会った時と同様の風変わりな格好をしたエランが、責めるような目で振り返る。筒型の帽子やボタンの多い詰襟の黒いチュニック、半袖の羽織り物。ヌンディーク公国に多少は慣れてきた今だからこそわかる、この服装は特異なものだ。 聞けば、ルシャンフ領の先住民族から贈られたものだという。動きやすくて楽だからと彼は宮殿の外ではこちらを好んで着るらしい。 「だって眠くなるのよ……。いいじゃない、一応つかまってたでしょ」 手首を布で結び合わせるという、保険はかけてあった。セリカは馬の手綱を持ったエランの後ろに乗って、振り落されないようにその腰につかまっていた。 荷物はあまり多くない。後ろを走る荷馬車に必需品を積んである。二人で先行したいと言い出したのはエランで、その為に身を軽くした。 現在、馬は速歩(はやあし)で野を横切っていた。やや遅れて、タバンヌスも続いている。 エランは大げさにため息を吐いた。 「それより、もうすぐ着く。上を見てみろ」 「うえ?」 言われた通りに上空を振り仰ぐ。 時を同じくして、清々しい風が吹き抜けた。春が夏と出会うまでもう少しと言ったところの、暖かい風が袖口を撫でる。 呼吸を奪われた。そう感じるほどの絶景であった。 抜けるような青空を見上げたのは、いつぶりだっただろうか。遠くでは、絹を思わせる柔らかそうな白雲が並んでいる。 「空に落ちたら飲み込まれそう」 自分でも変な感想だと思う。深く息を吸い込んでみると、肺は優しい夏の香りに満たされていった。 「まだ驚くのは早い。下も見てみろ」 セリカは首を戻した。 若葉色の地平線が、群青を受け止める。大草原が視界を占領していった。 際限なく美しい眺めだ。奥に向かってなだらかな丘陵が展開しており、そこまですっきりと見渡せるほどに、平地が広々としている。 後ろを振り返っても同じだった。いつの間にか森が途切れていたのだ。まばらな常緑樹だけが残っている。 進行方向には木という木の姿はほとんどなく、あるのは草花と――白くて丸い人工物。てっぺんだけが尖っている。 「あの円柱、何?」 指を指すと、形は指の爪ほどの大きさもないように見えた。いかに遠くにあるかを実感する。 「移動式住居だ。ルシャンフ領の民は冬は山や谷の近くに定住するが、暖かい間は放牧しながら天幕に寝泊りする」 なるほど目を凝らしてみれば、住居の影に羊が見えた気がした。 「あたしたちも?」 「当然」 「遊牧民って排外的だって聞いたけど」 泊めてもらえるだろうか。近くで天幕を張ることすら嫌がられるのでは、との疑念を込めて指摘する。 「一概にそうとも言えない。まあ私は、受け入れてもらえるまでに色々とやらされたな」 そう言った青年の横顔には、領主の余裕みたいなものが感じられた。果たして領民はどんな人たちなのだろう。 「色々って何よ」 「それは後で話そう。酒でも入れないと、語る気になれない」 「えー。どんだけ恥ずかしい思い出なのよ」 エランは誤魔化すように笑って、取り合わない。馬の走行を調整しているようだ。 「駆けるぞ。ちゃんと掴まってろ」 「うん」 限界までに密着した。首筋と髪に顔を近付けると、もはや慣れつつある香油の匂いがした。夫の、とても安心する匂いだ。 のびやかな風が草花を揺らす。目の前で黄色い蝶が二匹、ひらひらと舞っていた。 掛け声と共に、エランが馬の腹を蹴った。 ――穏やかな昼下がりだった。 そんな世界を、息苦しいほどの速さで駆け抜ける。 景色が勢いよく通り過ぎていった。胸が高鳴る。この手応え、爽快、としか評せない。 ――ああ、ほんとうだ。あたしの知らなかった「自由」がある。 約束がひとつ果たされた。それゆえに、溢れんばかりの幸せに浸る。 これからいくつ約束を繋ぎ、そして果たしていくのか――楽しみだ。 咳き込んだ。空気の流れが速すぎて、肌から熱がさらわれている。余計なことを一切考えられなくなる。余計なことを取り除くと、後には鮮烈な想いが残った。 「エラン! ありがとう! すっごくたのしい!」 叫んだ。唾が少量、風に乗って消えていく。 「よかった! けど、まだこれからだ! セリカを楽しませるのは私の役目で歓びだ!」 わかっている。が、これ以上喋ったら舌を噛みそうだったので、相槌を打つのは断念した。 ――わかってる。あたしたちは二人でひとつの魂だから。 きっと二人でなら、悲しいこと辛いことは分かち合うことができて、そのぶん楽しい遊びは倍楽しくなること、間違いなしである。 面白そうだ。面白い人生に、これからなりそうだ――。 <了> ちょっとこれからホットヨガ行くのであとがきはまた後ほどにw |
終 - e.
2017 / 11 / 30 ( Thu ) ここまで来ていまさら回れ右したい人がいるかは謎ですがw
それなりにいちゃつきます。苦手な方はご注意ください。 「任せなさい」 嫌なことがある分だけ、優しくしてあげよう。半年ばかり年下の夫を見下ろして、そう決意する。 当人は気持ちよさそうに目を閉じている。 (幸せそうな顔しちゃって、もう) ――満たされる。 この感覚は何だろうとセリカは不思議に思った。胸が膨らんだようだ。誰かが嬉しそうにしているのを、こうも感化されて喜んだのは初めてだ。 「なら私は、お前に何をしてやればいい」 「え。元気にしてくれれば、十分だけど」 「それ以外で頼む。もっと欲を出せ」 「だってねえ……遊び相手になって、はもう言ったし、構って、も言ったわよ。対等に接してくださいとか? あ」 エランはぐりっと首を巡らせてこちらを見上げた。変な感じがした。できればあまり動かないでほしい。 窮屈だったのかなと思って、手を放す。 「笛、また聞かせてほしいな」 「わかった。約束する。今は取り込んでいて無理だが」 むくりと彼は上体を起こした。 別に今じゃなくても、と言いかけたところでふいに唇を塞がれた。 (この男! 取り込んでるって、そういう意味) 脳内で悪態をつけたのはそこまでだ。瞼を下ろすと気分が良かった。たとえるなら、まろやかなぬるま湯に浸かっている風だ。 もっとこうしていたい。ところが、ほどなくして温もりが口元から離れた。名残惜しそうに目で追うと、今度は頬に、耳に、首筋に、肩に、胸元に、口付けが落とされる。 「……や」 触れられた箇所が火照る。何かにしがみついていたかった。エランの左上腕を掴むと、ただでさえ緩かったローブがずれて、肩が露になる。色素の濃い点があった。 セリカは謎の衝動に駆られて、はむっと唇を付けた。ぱくついて、世にいう甘噛みに転じる。なんとも満足のいく歯ごたえであった。 青灰色の瞳が自身の肩口に向かった。エランは特に何も言わないし、止めない。 「あんたこんなとこにほくろあったんだね」 気が済んだら、放してやった。 「お前は顔に小さいのが結構あるな」 「鼻の横とか頬骨の周りにいくつかね。みっともないから白粉で隠してなさいってお母さんは言うんだけど」 「そうか? 味があって、私は好きだな」 好きと言われるとそわそわする。セリカは目線を逸らして自身の髪をひと房、指に巻いた。 「ありがと。隠すと言えばこの髪、この国では一生隠して過ごすのかぁ。自慢の赤なのにな」 エランは答える代わりに髪に顔を近付けた。ジャリ、と微かな音がする。 「こら。食べ物じゃないわよ。そりゃああんたは、さくらんぼみたいな色だって最初に言ったけど」 「……独り占めできるから、私はこれでいい」 見上げる瞳は湿っぽく煌く。客観的にではなく主観的に見て、色っぽい。奥深くまで揺さぶられるような錯覚がした。 「そ、そう言われると、うわあ。ドキドキする。独り占めかあ」 「事実だろう」 「何よ、勝ち誇ってんじゃないわ。あんたがあたしを独り占めできるんなら、あたしだってエランを独り占めするんだからね」 言ってから、張り合うところだっただろうかと首を傾げる。恥ずかしいことを口走っている自覚はあったが、もう言ってしまったものは仕方がない。 それに――楽しそうに口角を吊り上げる彼を見てしまっては、前言を撤回する気になれないのであった。 「そうか。そういうことなら、もっとナカヨクしませんか」 「うん、する。……してください」 でもどうすればいいかわからないんですけど、とセリカが囁く。 彼は面食らったように一拍を置いた。 「力を抜いて、好きにしてればいい」 ――適当すぎる。 むくれようとして、ふと手の中の布に注目する。視線を落として、青年の、結び目がほどけかかっている帯を目に入れた。 するりと手を下へ滑らせる。 「じゃあこれ、脱がせますね」 問いながらも手は帯を解いていた。 「お願いします」 答え、エランは距離を縮める。 次なる接吻はより熱く、激しく、そして深かった。息をつく暇がない。つかせたくも、ない。 お互いの柔らかい部分が交われば交わるほど、脳が蕩けるようだ。 痛苦も、快楽も、困惑も、幸福も。共に過ごす全てが特別な渦を成して――夜は更けていった。 _______ |
終 - d.
2017 / 11 / 30 ( Thu ) 「セリカ。ふてくされてないでこっち向け。私が黙って別の部屋で寝るとでも思ったか?」
「ふてくされてない! ほっといてよ」 枕を下から両手で握り、顔を深く埋めた。 「構えと言ったり放っておけと言ったり、忙しいな」 「みゃっ」 腕を掴まれたのだが、指の触れた位置が脇の下に近くて、くすぐったい。足をバタバタさせると、布のようなものに当たって、動きを制限された。 力づくで裏返される。 仕返しがてら、砂色の衣を脇腹辺りを狙って鷲掴みにした。堪えたような笑い声が返る。目線を上げて、ハッとなった。 近い。覆い被さる体勢で見下ろされている。石鹸とタバコの匂いに酔いそうだ。 (わ、わ。視界いっぱいにエランだ) 男に強引に組み敷かれているのに拒否感が全くなくて、むしろ嬉しいくらいで、そう感じる自分に戸惑う。 こういうのを「目のやり場がない」と言うのか。内着がはだけて、左肩が布の下からのぞいている。首都を逃れた時や川で水浴びをした時にも目にした肌だ。着やせする方なのだろう、じっくり観察すると、筋肉の盛り上がりや筋がきれいだと思った。 目のやり場がないというよりもこれは、眺めたい、気がする。 (さわってみたいな) 触る口実が欲しい。首筋や鎖骨を、指の腹でなぞってみたい。だが首を触らせてもらえるような口実とは一体何なのか。 ふと、青い涙型の耳飾が目にちらついたため、気が逸れた。 付けたままお風呂入ったの? と訊ねると、外すのを忘れてた、と彼が答えた。セリカは手を伸ばして留め具を外した。ラピスマトリクスの耳飾を、そっと寝台横の家具にのせる。 「案外軽いのね。宝石」 「重かったら左右で耳の長さが変わってくるからな」 そう返されて、噴き出した。 「ごめんごめん……想像したら可笑しくて」 ほーう、とエランは目を細める。右手を動かしたのかと思えば、セリカの耳たぶを引っ張った。 「いたっ! ちょ、伸びる伸びる」 足をばたつかせるも、抑え込まれていて思うように動かせない。かたい。うっかり蹴った太ももの触感も、拘束も。 「伸ばそうとしているからな。片方だけ」 じゃれる程度の力で、実際伸びる心配は無いと思うが。面白がって覗き込む顔に向けて、セリカは歯の間から威嚇音を出す。 お前は蛇か。彼がくつくつと喉を鳴らして笑った時、また少し距離が縮んだ。 セリカは抵抗を止めて、目の前の青年を改めて見上げた。 目の前にそれがあったから、手を伸ばした。訊き出す勇気をついに持てたというよりも、弾みだった。 「これ、お母さんがやったって」 盛り上がった皮膚に指先が掠る。青年は身を引いて、表情を曇らせる。 「聞いたのか」 「聞いたっていうか聞かされたっていうか…………ごめんなさい」 「いや……いつかは話すつもりだった。気分のいい話じゃないが、聞くか?」 セリカは力強く頷いた。 それから彼は簡潔にあらましを語った。異国人であった母親が、世継ぎを産むのに執着していたこと。だというのに、第一子の後に何度も子が流れたこと。 「……女は子孫を精製する機械じゃないわ」 「さあ。人は男女等しくみな己の役割を探し求め、得て、全うしようと生きている。母は、それでしか居場所が得られないと思ったのだろう」 深いため息をついて、エランは話を続ける。 「せめて私が大公に気に入られていれば違ったかもしれないが、この通り、外見も内面もほとんど似なかった。三度目の流産を経て情緒不安定になっていた母は、周りに突然当たり散らすことも多くなった。煙たがられて、親子揃って軟禁されたのが六年前。その折にハティルが生まれたとの報せが宮中に流れて、何かが壊れたというわけだ。六歳だった私にそこまで母の心境に気が回るはずがなく、ある時普通に構って欲しくて近付いたら……癇癪を起こされた。たまたまその場に果物ナイフがあった」 ――ナイフは誰かの不注意か、思惑か。 結局答えが出ることはなかったし、本気で調査してもらえたわけでもない、と彼は言う。 狂人のレッテルを貼られた妃はそれからも隔離され続けたが、その後は緩やかに衰弱していった。意識は薄れ、我が子の顔も忘れ、侍女のヤチマ以外の誰かとまともに言葉を交わすこともなくなった。 そうしてある夜。彼女は誰にも見咎められることなく部屋を抜け出て、静かに逝った。おそらく事故だった。ヤチマは己を責めて自害を試みたが、お前のせいではないと、エランは繰り返し言い聞かせて宥めたという。 「…………」 セリカはしばらく二の句が継げずにいた。確かに、気分の良い話ではない。 胸の奥がむかむかする。怒りをぶつけたい相手が多々いたが、何より腹が立つのは―― 首の後ろに両手を巻き付ける。力いっぱいエランの頭を抱き寄せて、胸に沈めてやった。 「わかってると思うけど。あんたは何も悪くない。お母さんが追い詰められたのは環境のせいで、元々そういう傾向があったとは限らないし。だからあんたが周りに疎まれてるのって、理不尽以外のなにものでもないわ」 母親に顔を忘れられたのも、彼のせいではないのだ。セリカはこれでもかと手に力を込める。 胸元を温める息遣いは、僅かに乱れていた。 「めいっぱい愛情を注ぐからね。寂れた子供時代なんかあたしが忘れさせてあげる。だから、そんな泣きそうな顔しないで」 「そうしてもらえると、助かる」 |
終 - c.
2017 / 11 / 28 ( Tue ) 慣れと言われても、今すぐにはどうしようもない。セリカは毛布に突っ伏した。タバコの匂いも、意図せずお揃いになってしまった石鹸の残り香も、意識しないように必死だ。 とにかく間を埋めよう。何でもいいから話を振るのだ。「それで退位後の、後継者の件は解決のめどがつきそう――] 言った直後に後悔する。 (ああもう。日頃の激務に追われてるエランに、私的な空間でまで政治の話を振ってどうするのよ) 毎日結婚式の行事が済んだ後に執務室にこもっていたのも知っている。 己の至らなさに嫌気がさした。これでは気の利かない女だと呆れられそうだ。やっぱり今のはナシ、って続けようとして顔を上げた。 「二人で決めろと、あいつらに課してからなかなか結論が出ないな。セリカは、どうした方がいいと思う?」 予想外に質問が返ってきた。話題に気を悪くした様子は感じられない。 ならばと唇を湿らせて、考えを述べる。 「そうね、適正についてはあんたの方がよくわかってるし。あたしが気になるのは……第六公子なら大公即位までが三年、第七なら九年。空位が長く続いても、周りから付け込まれる隙ができてしまうとこね」 「他の三国で、遠くない未来に動きそうなのがいると思うか」 「少なくともうちは無理よ。知ってるでしょ。あんたんとこに街道を設けたいのは、ヌンディークの主要都市と、果てはヤシュレとの通商を強めたいからよ。大陸の南西海岸四か国の戦争に首突っ込んで以来、食糧難の兆しが見えてきたからね」 ゼテミアン大公は懇意にしている国への義理立てに、南西海岸に遠征軍を出している。食糧難と言ってもまだ先のことだろうが、父は呑気そうな顔に反して抜かりない君主だ。数年先の情勢を見据えて交易の道を開こうとしているのだ。 ゆえに、祖国にはヌンディーク公国との友好関係が必要だ。セリカはその為の人質でもある。攻め入るなどありえない。 「協定があるとはいえ、ディーナジャーヤ帝国とヤシュレ公国がどういうスタンスかはよくわからないわ」 「まあ他国の思惑はともかく、いつか帝国の傘下から抜け出たいのが有権者たち過半数の意見だ。協定は恩恵も多いが、最も望ましい形ではないと。長い目で見るなら、独立も視野に入れたい」 「エランがそういう考えだったの、なんか意外だわ」 「私は戦という手段に反対であって独立という目標には反対していない。で、戦を介さずして果たすなら――長期に渡る繊細な交渉が必要だ」 ふう、と彼は白い霧を吐いた。燭台の光を受けながら、幻想的な形がうねる。 「ベネ兄上は臣下や州民からの信望が厚いが、腹の探り合いに向かない。人格破綻者のアスト兄上、ウドゥアル兄上は論外」 「わかりやすい消去法ね」 「扱いが面倒な親類や貴族をまとめた上で、外交官を管理し、宰相が力をつけすぎないように牽制できるとすれば……ハティルしかいない。父の件で誰より動揺しているのもあいつだが、平静に戻ればもっと広い視野で物事を見渡せる奴だ」 「その線でいくなら、役割分担してアダレム公子を大公にした方が良くない? 九年待つのは痛いけど」 「それもひとつのやり方か。どの道、ここがハティルの檻だ。混沌を根こそぎ失くそうと極論を目指したあいつは、結局は、混沌を宥める中心人物となる。目指していたものはそう違わなかったはずだがな。私に負けたから、私が敷く道を歩むしかない」 霧越しにエランが笑うのが見えた。この男、実は鬼畜な一面があるのではないか。 「できることなら当人たちに決めさせてやりたいが、いっそサイでも投げるか。結論を先延ばしにして、得られるものなど何もない」 「サイコロって、あんた。投げやりすぎでしょ」 「優柔不断よりはマシだ」 「…………」 亡き大公を指したのだろう。非常に返答しづらく、セリカはまた毛布の上で横になる。目線だけ、夫の後ろ姿を捉えたままにして。 ガリヤーンを置いて、エランは後処理をし出す。 「安心しろ。どんなに面倒だろうと、逃げるつもりも見捨てるつもりもない」 「うん。あんたは、優しいからね」 自分ではわかっていないのかもしれないが、根が真面目で責任感も強い。温かい人だ。心底そう思う。 エランが唇を噛んだ。つられて、照れくさく感じる。 会話が止まってしまった。心地良いはずの沈黙が、今夜ばかりは気をそぞろにさせる。 ――カタン 喫煙具を片付ける際に、小さく物音がした。それだけのことに驚いて、セリカはびくりと身じろぎした。振動がベッドを通して伝わる程度に。 物入れに向かって歩き出したエランの背を、よくわからない気持ちで見つめた。怯え、ではない。暴行されかけた時に味わった底冷えのする恐怖と屈辱とは、似ても似つかない心情だ。 怖いもの見たさとも違う。怖いけれど、先にあるものを望んでいるのか、いないのか。いずれにせよ青年の動向が気になる。 「セリカ、一応言っておくが」棚の前で、彼は肩から振り返った。「何もしてほしくないなら、私は何もしない」 ――立ち去ろうとしている? 心臓が見えない手に握りしめられた気がした。 ――待って。行かないで。 落胆と、傷付けてしまったのかという懸念で、顔からサッと血の気が引いた。起き上がり、ベッドから飛び上がろうと床を踏む。 「何も、だなんて思ってない……!」 けれども足の指が絨毯に降り立った瞬間、迷いが生じた。「で、でも、何をするにも、何があるのかわからない……し。何かをしてほしいとは思うけど、たぶん」 言葉がうまく出てこないどころか途中から共通語ではなく母国語になってしまった。まるでダメだ。泣きたい。 「まずどうして欲しいかを具体的に言ってくれ。私に読心術の心得は無い」 対するエランの言葉ははっきりとしていて、丁寧だ。 優しさが眩しい。なんとなく俯いて視線から逃れた。 ローブの締め付けが緩んで前が開きすぎているな、直さなきゃ、とぼんやり自分の胸を見下ろす。やがて口を開く決心がつく。 「…………もっと近くに来て……構って、ください」 「いいですよ」 ちらりと目に入った微笑までもが眩しくて、セリカは身を翻してまた突っ伏すしかなかった。 毛布がずれ、ベッドが軋むのを感じる。 なっげえ。でも多分完結までこんな調子です。 誰だ、イチャイチャさせるとか言ったやつ。甲はHPがすり減っています。 |
終 - b.
2017 / 11 / 26 ( Sun ) 離宮の一角を二人だけで占拠できたのは、新婚だからではなく大公特権からだろう。 静かでなおかつ警備は万全で、都に幾つと見られない風呂設備が内包されている。破格の待遇らしい。浴場が珍しいという感覚に慣れないセリカにも、内装の華やかさからして、ここが特別であることが伝わった。(生き返ったー) うつ伏せに寝そべり、組んだ腕の上に顎をのせる。寝室のベッドの広さも、以前あてがわれた部屋のそれとは比べものにならない。 「一週間もお風呂に入れなかったなんて信じらんない」 気が緩みすぎて、うとうとする。召使たちは既に下がらせており、気楽だ。 「お前の国の浴場は大抵、温泉を引いたものだろう。ここにそんなものはない」 独り言に返事があった。 入り口にかけられた仕切り布がめくられ、同じく湯上りのエランが入ってきた。被り物以外は、羽織って前を重ね合わせるだけの、砂色のローブを身に纏っている。セリカが着ているものと色違いの内着だ。 入ってすぐに、彼は物入れの棚を漁り始めた。 「うん。お湯を沸かすのって大変だったのね。水も貴重だし……」 先ほど使用人たちに、この建物の風呂場にお湯を張らせる過程を見せてもらった。実に大掛かりな作業だった。セリカは何やら申し訳ない気持ちになり、これから冬までは水浴びで済ませようかと検討中だ。 更には地形や風向きの関係上、ヌンディークの領土は雨が不定期で、一度に得られる水量もそう多くない。降る度に貯蓄するのが常識らしい。水道橋は建てられておらず、主に井戸や貯水槽が生活を支えている。幸いと、この間の大雨のおかげで都の河川と蓄えは当分潤う。 「昔は首都が河沿いにあったくらいだ。戦略的に山の方が護りやすいからと今の位置になったが、国の名が『河の恵み』だからな」 「へえ」 セリカは感心した。ヌンディークの名にそんな意味があったとは知らなかった。名といえば、と思って首をもたげる。 「エランディーク」 「? はい」 虚を突かれた表情で、青年が面を上げた。 「呼んでみただけ。いい響きよね」 どうも、と言ってエランは微妙な顔をした。 「父がつけた。意味は河の星――正確には『河面に浮かぶ星明かり』か。母親譲りの瞳の色から思いついたそうだ。ついでに、国の名と揃えたかったらしい」 「ロマンチストね」 「どうだか」 壁際の物入れから、エランは喫煙具ガリヤーンを一式取り出していた。部品を腕に抱えて、こちらに近付いて来る。それから彼は絨毯に胡坐をかいて、ベッドの側面に背を預けた。 (母親譲りの瞳の色、か。訊きたいな。お母さんと……傷痕のこと) あれからまだ、問い質す機会を得られていない。どうやって切り出せばいいかわからなかったのだ。 思わず起き上がった。 今なら自然に話題を繋げられるだろうか。しかもちょうどエランは、ターバンを片手で解いて無造作に脱ぎ捨てたばかりだ。 (どうしよう。せっかく? 新婚……とかいうアレなわけで。暗い話は良くないわよね) だが訊き出すタイミングを逸しては、今後もこっそり気にしながら接さなければならない。 (いつまでも黙ってられる自信がないわ) かといって相手を傷付けない言葉選びにも、自信がない――。 悶々と小難しく考え続ける。次第に脳が疲れたのか、大きく欠伸をしてしまった。 「眠いなら、もう寝るか?」 ガリヤーンを組み立て終えて、エランは石炭に火を点けていた。振り返らずに話している。セリカは、涅色の後頭部に向かって返事をした。 「…………まだ」 おそらく数日ぶりに二人きりになれたのにあっさり就寝してはもったいない、という思いがある。その他に「寝る」の単語が彼の口から出た途端、変に目が冴えたというのもある。 この部屋のベッドは相当に広い。広いが、一台しかない。 世の中の夫婦――政略結婚ともなればなおのこと――は同じ部屋同じ寝具で夜を過ごさなければならない決まりではない。しかし夫が我が物顔で寝室に入ってきた以上、追い払う道理も無いのである。 エランは答えずに、水蒸気を立ち上らせている。 (声かけもノックもせずに入ってきたってことは、自分の部屋と思っているも同然で。つまり……どういうこと? そもそも「初夜」とかにどういうことも何もないような。あ、うん、頭ぐるぐるする) こういった場面での心構えを教わった気はするのに、いざとなると何もまともな考えが浮かび上がって来ない。 さっきまで気分が良かったのが転じて、吐き気がしてきた。 「吸ってみてもいい?」 苦肉の策だ。何とかして神経を落ち着かせたい。物入れから酒瓶を探し出すよりも、用意が済んでいる喫煙具を試してみた方が早いと判断した。 「どうぞ」 エランはガリヤーンを持ち上げて、枝のような長い管部分を向けてくる。 セリカは管の先を指で摘み、口に付ける。見よう見まねで吸ってみた。すぐに手を放し、咳き込んだ。 「不味かったか?」 「だっ……! 甘いし、美味しいと思うけどね、熱い! うう、水蒸気吸った」 途切れ途切れに抗議した。苦しい。今更ながら――水蒸気を肺に吸い込むのは、水に噎せるのと同義ではないか。 「お前は何を当たり前のことを。要は、慣れだな」 もしかして旧都はイマリナ=タユスだったかもしれませんね(・∀・)? |
終 - a.
2017 / 11 / 23 ( Thu ) 雨は一週間、ほとんど絶えず降り続けた。 故郷ゼテミアン公国には四季があり、降雨には慣れていたものだが、こうも継続的な雨は新鮮に思える。そんなセリカの個人的な感想はさておいて、雨続きで、ただでさえ慌ただしいムゥダ=ヴァハナの宮殿はますます大変だった。古来より火葬の習慣のあったヌンディーク公国だ。教団の教えが大陸に浸透してからは土葬を選ぶ民も増えているが、大公家は未だ火葬を主流としている。 だが今回ばかりは天候がそれを許さなかった。やむなく、大公の亡骸は燃やされずにありのままで土の下に還されることとなった。 司祭の祈祷の声が止んで、葬儀も終わりつつあった頃――夫となる男の横顔を盗み見た。 葬儀に参列していても、セリカにとっては一度しか会ったことのない他人だ。粛々と悼むことはできても、悲しむことはできなかった。最も気がかりだったのは、エランの心の内だった。 赤みを帯びた目元で、泣いていたのだと知った。大丈夫かと訊ねると、彼はこう答えた。 ――喪ったのが悲しいんじゃない。私は最期まで父が好きじゃなかったが、好きになれなかったのが、悲しいのかもしれない。好かれようとした頃はあったと思うが。もっと歩み寄ればよかったか……今となっては、どうしようもないことだ。 エランが父の為に泣いたのは、後にも先にもその一回だけだった。 ヌンディーク公国大公崩御の報せがまだ大陸中に伝わりきらない間に、次期大公の即位式が内々に執り行われた。一時的な措置であることは、しばらく公にされなかった。 いくつかの宣誓が並べられただけの、あっさりとしたものだ。即位式に関してセリカの記憶に残った点は二つ、冠が無駄にキラキラしていて重そうだったことと、エランの作り笑いにますます磨きがかかっていたことである。 連日の雨が上がった頃に、結婚式が始まった。こちらも内々に行われたため、通常に比べると小規模だったらしい。 と言っても宮廷人とその身内のほとんどは招かれ、三日三晩と宴会が続いた。遠方から戻ってきたベネフォーリ公子の無事な姿もあれば、顔面の腫れがまだ引かないアストファン公子の姿もあり、リューキネ公女も体調の良い間は楽しげに参加していた。 各々のしがらみはまだ取り除かれないままに。 さすがは公族貴族といったところか、腹の中にどんな企みを抱えていようと、みな表面上は和やかに振舞った。 宰相を暗殺しようと目論む人間とて片手で数えられない程度にはいるだろうに、彼も相変わらず平然としていた。密かに暗殺者集団を育成していると噂されるだけあって、一筋縄ではいかない男だ。 祝いの席に水を差す者が現れないよう、衛兵やイルッシオの兵が終始目を光らせていた。 その甲斐あってか、無事に最終目を迎えることができた。 _______ (あつい……。エランが言ってた通り、衣装はめっちゃ重いし、裾長いし。被り物は顔まで覆ってて、目鼻口の穴が無いし。おなかすいた) 花嫁はある種の宴会場の飾り物で、身動きが取れずにひたすらに忍耐を強いられた。ヴェールの中からでは外の様子は全くうかがえなかった。 そして、食事できる時間が限られていたのだ。何とか隙を見つけられても、かき込める量はそう多くなかった。 (やっと終わる) 終息が近づいているとはいえ、まだ気を抜けない。 結婚式典の核である儀式に同席できるのは当事者以外に聖職者のみだ。それでも緊張する。手順は頭に入っているのだが、いざとなると間違えそうなのである。 法式は地域の古い慣習と教団の教えを混合したものだ。 セリカは被り物の暗闇の中、絨毯の上で膝を揃えて座り、司祭の聖歌奏上を静聴した。歌が止むと、いよいよ式辞が始まる。 「……天上の神々と尊き聖獣が見守ります中、今日この時をもってして、男と女、ふたりであった者がひとつとなります。エランディーク・ユオン・ファジワニ、そして、セリカラーサ・エイラクス。共にあなたがたの肉体がこの地上に在ります限り、魂はひとつで在りますことを――ここに、誓いの証を立てなさい」 司祭の指示の後に、静寂があった。 カチ、と陶器がぶつかり合う音がする。微風と衣擦れで、正面にあった気配が動くのを感じ取れた。 セリカは瞼を下ろし、意識的に静止した。心臓だけが場違いに大きく動いているようだ。 やがて、ふわりと被り物がめくられる。酒の香りが鼻孔をくすぐった。セリカは明るさに慣れる為に、何度か瞬いた。 向かい合って座すエランが酒瓶と空(から)のゴブレットを差し出してきた。いつもと違って、ターバンから垂れる布が顔の右半分を隠していない。 真剣そのものの表情を見て、「こいつも緊張してるな」と内心で笑ってやれるほど、セリカには余裕がなかった。 差し出されたものを受け取り、少量の酒を注ぐ。酒瓶は司祭に渡して、ゴブレットを丁寧に持ち直した。右手で持ち上げて、左手を下に添える形だ。エランも、自身が注いだ方のゴブレットで同じ動作をした。 膝の前にゴブレットを置き、相手が注いだ方の酒と交換する。 再びゴブレットを持ち上げると、互いに小さく礼をしてから、右腕同士を絡める。 絡めた状態で、同時に酒を飲み干す。 「ふたりの魂は混じり合い、境を失くしました。おめでとうございます! ヴィールヴ=ハイス教団を代表して、私が証人となりましょう。あなたがたは、夫婦となりました」 「ありがとうございます」 二人で声と体の向きを揃え、司祭に深々と頭を下げる。 これから来客に個別に挨拶をしなければならない。改めてのお披露目を経て、ようやく結婚式は終了となる。 にしても、よほど強い酒だったのか。 頭の奥が甘く痺れた――。 半ばダイジェスト形式でお送りしました結婚式( 腕を絡めて酒を飲む儀式は確か中国風をなぞってます(もちろん私の好みです 余談、ハリャもたぶん暗殺者集団の一員。 |
拍手おれい18
2017 / 11 / 20 ( Mon ) |
十 あとがき消失
2017 / 11 / 16 ( Thu ) うわー まだ公開してなかったのにブラウザクラッシュしはりましたよ。
えっと、ハティルとアストファンの番外編書きたいとかそういう話してたと思います。あとどんだけ濡れたまま走り回ってるのかとかつじつま合わせが甘かったなとか(改稿時に直すつもり 次回で最終話の予定です。何文字になるかは謎。 十話でお待たせしてしまった分、今度は全速で頑張ります。 いちゃつきますよ。おそらく。書いてる私が悶絶死しない限りは。 |
十 - m.
2017 / 11 / 16 ( Thu ) 「……違うわね、もうちょっとしたら大公サマか。ね、エラン、あんた大丈夫なの。あんなに嫌がってたのに、それでいいの」
ふいに近付いてきたと思ったら、セリカはぽすんと肩に頭をのせてきた。被り物がずれているせいで前髪が垂れ出ている。 エランはなんとなくそのひと房の髪を見つめながら、彼女の背中をそっと撫でてやった。 「大丈夫じゃなかったら、セリカが骨を拾ってくれ」 「やだ」 駄々をこねる子供のように、首筋に顔を擦り付けてくる。 「どうせ一時的だ。約定通りに街道を開設できなかったら、お前の国に何をされるか」 「それもそうね」 異国の姫はくすくすと静かに笑った。 「ところでお前……身だしなみに不可解な点があるが」 再会してからずっと気になっていたことを口にした。腕の中のセリカはびくりとなって姿勢を正した。 「え、うん? 色々あってスカートが破けちゃって……その、深く考えないで」 「鎖骨あたりに傷もあったような――」 「転んだのよ! 転んで擦りむいたの」 そうか転んだのか、とエランは反射で答えたが、全く納得できなかった。何故しどろもどろとしているのか、まるで隠し事をしているようではないか。 「失礼いたします。ご報告が」 見計らったかのように、タバンヌスが部屋の入口から、姿を見せずに声だけをかけてきた。 入口まで行って、続きを話すよう促した。背後でセリカが「ちょっとあんたは黙ってなさい!」と騒いでいる気もするが、後回しだ。 実は先ほど――タバンヌスから切り出された話はそのようにして始まった。 問題は後に続いた内容だ。耳朶を通り、脳に至って、言葉の羅列が意味を成した時。胃から煮えたぎるような熱さがほとばしった。 部屋から飛び出る。控えていたタバンヌスを押し退け、廊下の床に横たわる男を蹴った。 無心で。どこを狙うわけでもなく。蹴った。 その内に、男は目を覚ました。 「――ずいぶんな……ご挨拶だね……!」 鼻血を垂らして何か言っているようだが、構わずに蹴り続ける。 「ちょ、ちょっと! エラン! やめ――ねえ、あんた止めなさいよ!」 「止めてよろしいのですか」 「よろしいっていうかこれ死んじゃうでしょ!?」 後ろからタバンヌスに羽交い絞めにされてやっと、エランは息をついた。まだ腹の虫は収まりそうにない。血まみれになって苦しげに咳き込んでいるクズ男を見下ろし、吐き捨てる。 「おはようございます、アスト兄上。私の妃に暴行を加えてくださり、大変ありがとうございます。私から心ばかりのお礼です」 体内では腸が煮えくり返っていながら、舌が練り出した言は凍てついていた。最後にもう一度だけ、顔を蹴っておいた。 「お前、は……やっぱ、いい性格……してるね」 自慢の美形も鼻が折れていては影も形もない。何かを言われているが、無視する。 廊下を見回すと、異変を聞きつけた者が遠巻きにこちらの様子をうかがっている。 タバンヌスに放されたと同時に、袖が引っ張られた。振り向くと、セリカが申し訳なさそうな顔をしていた。 「あんた、自分がめちゃくちゃにされても冷静だったのに……。あたしは平気よ、タバンヌスに間一髪で助けてもらったし。怒ってくれて、ありがとう。本当に平気だからね」 「…………わかった」 今、彼女に不安そうな顔をさせているのは自分だ。そう思うと、頭は多少冷えていった。 壁に片足をかけ、身を屈めて、第二公子本人とすぐ近くの数人にしか聴こえないように囁く。 「どう対処するかは、大公家の威信と尊厳、そして外交に関わる。秘密裏に処理するなら死刑は論外か」 「生ぬるいよ」 アストファンは嘲笑ったが、エランも嘲笑で返す。 「安心してください。牢に投げ込む以外にも、自由を奪う方法なんていくらでもある。きっとご期待に添えますよ」 衛兵を呼びつけて、これでこの件はひとまず終いとする。必要以上に奴と同じ空気を吸っているのも嫌だ。セリカの手を引き、歩き出す。 まだ、父への最後の挨拶をせねばならないのだ。エランには、別れに対して特に感慨が無いように感じられたが、本人を前にすればまた違ってくるだろう。 「きっと大変なのはこれからよね」 廊下を度々振り返りながら、セリカがぽつりと言った。 「他人事みたいに言うが、お前もだ」 「え?」 「葬式、即位式、結婚式と息をつく暇もない。大体お前、この国の服にまだ慣れてないだろう。結婚式の衣装は相当に息苦しいんじゃないか」 「う、わぁ。ドタバタしてて忘れてた……絶対めんどくさい……」 「今更やっぱり帰るってなっても、帰す気はないが」 「わかってるわ。結婚式のひとつやふたつ、やってやろうじゃないのよ!」 「頼もしいな」 本心からの感想だった。この先の人生にどんな難事が降りかかろうとも――この娘が共に居るのならば、それだけで頼もしい。 エランは口元が緩むのを止めなかった。 |
十 - l.
2017 / 11 / 15 ( Wed ) 視線の重さを質量に換算できるなら、きっと馬十頭分はあっただろう。 決断を迫られていると言っても、エランの返事は決まっていた。問題はそれが喉まで出かかって止まっていることだ。身に纏うものの感触が急に意識を占める。母から贈られた耳飾の重さ。顔の右半分を覆う布の、濡れた肌触り。鼻先から垂れる水滴。 喉の奥が引き締まって息がうまくできない。そんな中、視界に動きがあった。先ほどアダレムを背負ってきた女が、すぐ傍まで近付いてきた。 肌の白い女はヌンディーク公国にあふれているが、これほど色素の薄い瞳はあまり見ない。橙色のアクセントが美しい、ヘーゼル色。角ばった目の形も特徴的だ。 女は数歩の距離を残して立ち止まった。微かな笑みを、朱色の唇にのせている。 『好きだけどね。そうやってかっこつけないとこも』 彼女の微笑につられ、遠くない過去を思い出す。 目が合うと、セリカはパチリと片目を瞬かせた。意味のわからない仕草を前に、あっという間に肩の力が抜けていった。 腹から呼吸をして、声を張り上げる。 「暫定! 空いた大公の座はこの私、エランディーク・ユオン・ファジワニが埋める」 数秒の静寂。次いで、今日一番のどよめきが上がった。押し寄せる人波を、タバンヌスとイルッシオ公子の兵士たちが身を挺して食い止めてくれる。 有象無象の考えが手に取るようにわかる。兼ねてより、数ある公族の中で一等大公を任せられない男だと思われていることくらい、知っていた。 だからどうした、と一笑に付す。 「――最後まで聞け! 暫定と言ったのが聴こえなかったのか。ひと月……三十日後に私は退位する。だがひと月の間に、ハティルかアダレムか、大公世子を必ずや決定してみせる。それからの数年間、世子が成人して大公に即位するまでは、代理を立てて政を回せばいい。資力・人材が集中している都はそれで十分回せる。対して、属領ルシャンフの領主は簡単に替えられるものじゃない。私はいずれ元の役目に戻る」 「ご英断にございます!」次なる抗言が飛び出るより早く、宰相が大げさに手を叩いて感嘆した。「これで我が国はしばらく安泰です!」 「ご即決、ありがとうございます。どうか我らファジワニ家を率いてくださいませ」 流れに乗って跪いた者が意外にももうひとり。殊勝な弟だった。正確にはハティルはアダレムをも――後頭部を押さえつけることで――平伏させているため、二人か。状況を理解しているのかいないのか、アダレムは呑気そうに「ひきーてくださいませ!」と復唱している。 更にはセリカとタバンヌスが跪いた。特にそんな必要もないだろうに、イルッシオ公子の兵までもがくるりと身を翻して、それに倣う。徐々に、群衆の中からも後に続く者が出始める。 奇妙な空気になった。直立したまま異論を唱えたそうにする者、その場を去る者、最後まで流れに乗らない者も少なからずいた。 当のエランと言えば、頭を下げる人々に囲まれても、優越感も何もあったものではない。早く終わらせたい、それしか考えられない。 「尊き聖獣と天上におわす神々に誓って、私は国と民に尽くす。ヌンディーク公国の未来に、栄光あれ」 「栄光あれ!」 大抵の者が沸き立つ中、 「すぐにでも即位式を……!」 と誰かが呟いたのが聴こえた。 「即位式よりも葬式だ。まずは聖職者を手配しろ。差し当たり父上の件に関しては、進行は宰相殿に一任する。よろしいか」 謹んで拝命いたします、と宰相が深く礼をする。 「さあ皆、濡れて冷えているだろう。早く中に入るぞ」 そっちはお前が仕切れ、とエランは第六公子に伝えた。命じられたままに、彼はアダレムを連れてテキパキと屋上から人を追い払う。第二公子はどうなされたのかと問う者も居たが、それを言葉巧みにあしらったのもハティルだった。 屋内に入ったところで、人だかりから密かに離れる。 誰もいない一室に滑り込む。後についてきた足音はひとり分だけだ。ちょうど三歩後ろから、静かに。 部屋の中央に至ると、エランは唐突に前後反転した。背後にあった人影が、驚いたように立ち止まり、輪郭を揺らした。 ――なんなの? 小さく発せられた疑問に覆い被さるようにして、抱き寄せる。 「わっ! もう……びっくりした」 「悪い」言葉とは裏腹に、腕の力は勝手に増した。衝動のままにかき抱く。「無事でよかった」 「それは、こっちのセリフよ」 拘束を逃れようとセリカがもぞもぞ動いている。解放してやると、真っ先に手が伸びてきた。躊躇いがちな指先が顎下を撫でる。くすぐったい。 「公子サマが顔に傷増やしてんじゃないわよ。ばかじゃないの」 心配する声がひどく切なく、胸を打った。薄闇で表情が見えないのが悔やまれる。 「好きで増やしたんじゃな」 「口答えしないの」 「スミマセン」 手を優しく包み込もうとしたら、叩かれた。邪険にされているのとは違うのだと直感した。照れ隠しが可愛くて、愛おしい。 どばっと出して終わらせたかったんですがむりでした。 次回、m記事で今度こそ十話は終わりです。 |
十 - k.
2017 / 11 / 11 ( Sat ) 「必要とされているかどうかなんて知ったことか。私が国と民にどうしてやりたいか、のみ追求する。今はそれでいい」
「そう考えられる時点で、あなたは強いのですよ」 ハティルはやはり呆れたように嘆息した。 「逆に訊くが、天候が神々の祝福の表れなら……今日は何が生まれるんだ」 「兄上は何だと思います?」 「さあ」エランは空を見上げ、意味深な間を置いてから、視線を戻す。「それより、忘れてないだろうな」 声を低めて念を押すと、ハティルは苦い顔で、もちろん、と応じた。 「負けた方が勝った方に無条件に従う。期限は本日からひと月、ですよね」 決闘開始の際に交わされた約定――それこそが、思想を擦れ合わせるほかに、戦わなければならなかった理由だ。 「笑っていられるのも今の内だ。馬車馬に生まれ変わった方がまだマシだと思うくらい、働かせるぞ」 「嫌な言い方をしますね」 「それが罰だ」 「僕は己の選択を後悔してません……が、負けは認めます。しでかしたことの代償を払うつもりです」 「聞き分けが良くて何よりだが、お前は何かと苦労しそうだな」 真面目すぎるのも考え物だ。心中で苦笑する。 「お構いなく」 しれっと答えてハティルは被り物を整え直した。少年の所作や表情からは、先ほど「何も考えたくない」と口走った時の危うさも緊迫感も抜け落ちている。 (それでこそ、正面からやり合った甲斐があったというもの) 顎から首に垂れる血を、エランは手の甲で拭った。 「さて……」 大公の側近だった者や大臣たちの表情が醜く歪むのを、エランは確かに見た。奴らの不安を煽る為に、会話は敢えて周りにも聴こえるような音量で行っていたのだ。 (これを機に炙り出せたら好都合だな) ――じきに蹴散らさねばなるまい。 (結託できる相手が宰相だけなのは今後問題となるだろうが、対応はおいおい考えるか……) 視線を向けたのがきっかけだった。宮廷人の人だかりは、押し寄せるようにして一斉に騒ぎ出した。 幸いと、イルッシオ公子に借りた兵も薔薇園に上がってきていた。彼らが間に飛び込んで壁となってくれたが、喧噪はしばらく収まらない。 エランは絶えず、敵意や思惑の気配を探った。察しの良い輩なら、さっそく傀儡化せんとする対象を切り替えようと、検討しているところだろう。 ついでに投げかけられている言葉を断片的に拾う。どれも失笑せざるをえない内容だった。 「聞いたかハティル。『陛下の近くで血を流すなど、悪ふざけが過ぎる』『混乱に乗じて悪巧みか』と言われているぞ。心外だ」 悪巧みをされた側として、少々嫌味を込めて言う。聡い弟はバツの悪そうな顔をする。 「この騒ぎ、どう収めればいいんですか」 「それは――」 だしぬけに、どよめきが上がった。 最も騒がしい方へと目を凝らす。ほどなくして、図体の大きい男が、人垣をかきわけて前へ出た。 「タバンヌス、どうしてお前が」 旧知の男の登場に留まらず。驚愕を誘う顔ぶれが次々と集まった。人だかりの方も、気圧されて場所を開ける。 タバンヌスによって地面に投げ出されたアストファン公子。次に歩み出たのは、宰相。 宰相が痩せ細った長身を折り曲げて地面に膝をつくと、彼の背後から色白の若い女が現れた。女の背中から、五・六歳ほどの男児が飛び降りる。 「アダレム!」 意図せずハティルと声を揃えて、末弟を呼んだ。男児は無邪気に笑って駆け寄ってくる。 目線を逸らしたハティルを尻目に、エランはしゃがんでアダレムを迎えた。幼児は抱き着く一歩手前で転び、わっと声を上げながらエランの右膝にもたれかかった。 「無事だったか。少し痩せたな、ちゃんと食べていたか」 細い両腕を掴み、立たせる。 「たべてたです。ごはん、おいしくなかったです」 アダレムはこくこくと首肯した。先ほどの走りっぷりといい、五体満足で間違いないようだ。 「そうか、よく我慢した。後で好きなだけ美味しいものを食べような」 頬をむにっと軽くつまんでやる。アダレムはくすぐったそうにした。 「あい。えらんあにうえ、またりすさんといっしょに、あそんでください」 「ああ、約束だ。……リスの分まで約束はできないが」 動物は気まぐれだ、餌付けしても戻ってきてくれるとは限らない。深刻そうに断っておくと、アダレムは楽しそうに笑った。 そしてふいにむくれた顔をする。どうしたのかと問う間もなく、アダレムは隣へ逸れた。 隣のハティルはいつの間にか背を向けている。その背を、末弟が遠慮なしにぽかぽかと殴った。 「ははうえが、かわいそうです。はやく、だしてあげてください」 「わ、わかった。わかったから、落ち着け」 六歳児なりの本気の拳を、ハティルは困惑気味に受ける。 「ほんとですか」 「ああ。この後すぐ、なんとかする」 「ほんとのほんとですか。じゃあ……ゆるします」 殴る手を止め、第六公子は「いーっ」と歯を見せて笑った。それを受けたハティルは、苦しげに唇を震わせる。 「アダレム、僕は……、ごめん。許してくれなくてもいいよ……でも、ごめん」 幼児が唖然となって兄を見上げた。 「わ、わ。だいじょぶですか。やまい、ですか? あにうえも、ごはんおいしくないですか」 「別に僕は病じゃないし、宮殿のご飯はいつも美味しいよ! ああクソ! はなれろ!」 「だいじょぶなんですか。じゃ、あそびましょう。あにうえ、あにうえ、はてぃるあにうえ、あそんでください」 「連呼するな! くっつくな、服がベタベタして気持ち悪い!」 「えへへ」 まるで木肌にひっつく虫の容貌だ。再三怒られて、ついにアダレムが離れた。 そんなやり取りを眺めながら、エランは口元を覆って笑みを隠した。決して仲良くないはずの兄弟はこれからも、複雑な想いが拭えない関係であり続けるだろう。 (溝が完全に埋まらなくても、境界線が残ったままでもいい。探り探り、きっとやっていける) おせっかいだと思われようが、今度はできるだけ手助けをしたい。 エランは首を巡らせて、依然として跪いている宰相に楽にするよう声をかけた。宰相は頭を垂れたまま立ち上がる。 「ありがとうございます。ではご報告いたします。先刻、大公陛下がご崩御なさりました。エランディーク公子殿下。法定にのっとりまして、お願い申し上げます――ご決断を」 風雨の響きを除いて、場はすっかり静まり返った。誰しもが、まるでエランの息遣いすら逃さぬように耳を傾けている。 アダレムは自分が閉じ込められたことに関して恨みを感じてない風です。その延長で、逃げ出したことを後ろめたくも思ってないです。ああだめだうまくいえないw まあ子供の思考も刹那的だよねって話。 ハティルは相変わらずアダレムが好きで嫌いでもうほっといてくれよって感じだけど、誤らない限りは、そのうち大人になって「嫌い」の方の感情との付き合い方を覚えていくんだと思います。 ところでタバさんって片腕しか使えないのによくアストファンを担げたよね...? 逆側の膝とかで蹴り上げた疑惑。(すいません、改稿する時にでも直しますw |