六 - a.
2017 / 06 / 05 ( Mon ) ――作り笑いをして過ごす一生で、隣にお前がいてもいい―― 優しく語りかけるような声が頭の奥に残っている。そうだ、あれは意識を手放す直前の会話だった。どういう意味か詳しく訊きたかったのに、結局睡魔に勝てなかったのだった。 これからもずっと肩を並べて作り笑いをしようという誘いだったのだろうか。 ――夢から覚めたら、今度こそみなまで問い質そう。 その想いを抱いて意識が浮上する。 ところが目が覚めた直後にセリカがまず感じたのは、羞恥心と焦りだった。勢いよく上体を跳ね上がらせ、周囲を見回す。身体にかけられているふかふかの毛布。柔らかい絨毯。そこかしこに残る、残り香のようなもの――そこまで観察して、セリカは唐突な寒気に身を震わせた。 現在地は、エランの屋根上の居住空間で間違いない。日の高さからして、まだ早朝だ。何故か当のエランの姿はどこにも見当たらないが、近くの物置棚によりかかって眠るバルバの姿は見つけられた。 (いないか……むしろ、よかったわ) セリカはほっと息を吐き出して寝床から起き上がった。どうもあの男の匂いやら気配やらに包まれているようで変な気分だ。他人の寝床なのだから当然とはいえ、変なものは変なのである。 それにしても酒を少し飲みすぎたのだろう、頭が鈍く痛む。 (あれ? 昨夜、かなり恥ずかしいことを口走った気がするんだけど。何だったかしら) それ以前に、自分が寝床を使ったのなら、エランはどこで寝たと言うのだろう。頭を抱え込んでなんとか思い出そうとするも、記憶があやふやである。 セリカがそうして唸っている間に、バルバも目を覚ました。 「あっ、姫さま! おはようございます!」 「おはよう……あんまり大声出さないで……」 げっそりとした様子で注意してやると、侍女は両手で自身の口を塞いだ。バツが悪そうに笑って、彼女は毛布を片付け始めた。 セリカも手を貸そうとした。が、「ここはわたしに任せて、姫さまは休んでいてください!」と追い払われてしまった。仕方がないので、顔を洗って水分補給もして、身だしなみを整える。それから空模様を見上げた。 まだ幾分か、頭がぼうっとしている。セリカは目を閉じて、まとまりのない思考に耽った。 _______ 「貞操観念!」 その頃にはセリカの視界は大分ぼやけ始めていたが、多分、いきなり妙な単語を突き付けられたエランディーク公子は怪訝そうな顔を返したのだろう。 「――について、ちょっと話しましょうか。昨日のことですが! だ、抱きしめてくれたのは、あたしを落ち着かせる為であって下心があったわけじゃないのはわかってます!」 何のことかすぐには思い至らなかったのか、エランはしばらく目を伏せて黙り込んだ。やがて「ああ、あれか」と言って視線をまた合わせてきた。 「下心が無かったと何故言い切れる」 「なっ――あったの!?」 「どちらとも言えない」 彼は喉を鳴らして笑ったようだった。 「だったら何も言うな……! 話の腰が折れたじゃないのよ」 「……要約して話せ」 「あのね。まだ正式に結婚してないんだし――守って欲しい、いいえ、守るべき線があるというか、ね。今後は無断で触るのを控えて欲しいんですよ」 「なるほど。許諾を得てから触ってくれ、と」 「きょ――ええ、まあ、許可を取ってからだったらいいん、だけど。ちょっと! ここ笑うとこじゃないんだから!」 セリカは膝を叩いて不平を訴えかけた。悪い悪い、と彼はあっさり謝って笑いを収める。 「お前はいつも必死だな」 「それはどーも。あんたはもう少し必死に生きてみれば? 何もかもどうでもいいみたいな、すまし顔してないでさ。その方が人生楽しくなるんじゃない」 「肝に銘じておく」 素直に応じたエランに、うん、とセリカは満足気に点頭した。 _______ |
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