66.a.
2016 / 12 / 31 ( Sat )
 かつて、天下の大罪人と呼ばれた青年が居た。
 かつて、最年少で聖獣を蘇らせる旅に出た少女が居た。
 出会いはいつだって変化を呼び寄せる。
 大陸の民が辿りうる軌道が、変わった。これからの数百年の未来に渡り、人々がこの変化を活かせるかは、まだ誰にも視えない――

_______

 そんな二人が伝説の聖獣に連れられてヒューラカナンテ高原に生還してから、半年余り巡って、季節は夏になっていた。大陸の南半分が通常よりも涼しい気候を楽しめている一方、北半分は例年に無い熱波に襲われている。

(暑い……)
 聖人の正装、幾重にも重なる白装束が恨めしい。カイルサィート・デューセは、誰も見ていない隙に掌でパタパタと首元を煽いだ。
 此処はウフレ=ザンダの首都の一角にある裁判所だ。要人たち――シャスヴォル国、対犯罪組織ジュリノイ、そしてヴィールヴ=ハイス教団それぞれからの代表者――が会議室に篭ってから一週間が経った。

 結論が出るまでに、相当な時間がかかっている。これは判断材料が揃うまでの期間を含めての計算だ。冤罪の疑いがあるところを徹底的に調べ直し、晴らせる罪は片っ端から晴らすべきだと、ジュリノイと教団が取り決めたからである。
 そう思うと、半年はかなり急いだ方だと言えよう。

(目まぐるしい半年だったな)
 あれから尊き聖獣がどうなったのかと言うと――余力を残して、一月ほど教団を拠点として活動したのだった。ランダムに飛び回るより、『汝らの示す優先度の高い場所を祓う』と、教団に意見を求めてきたのである。

 何故そのような判断をされたのかと教皇猊下が訊ねると、単に現在の大陸を導く宗教団体にはそれをこなせるほどの組織力があるから、活用するだけだと、聖獣は答えた。その期待に応えるべく、教団は動かせる人材を残らず駆使して情報を集めた。おかげで忌み地はほとんど浄化され、多くの病院に奇跡を振りまくことができた。

 既に聖獣は聖泉の域に戻られている。おそらくはもう、ミスリアが探し当てた泉とは別の場所に眠りについているのだろう。次はいつ、人の世に舞い降りてくださるのだろうか――。
 不思議と、聖獣に最も近かったはずの二人の反応は薄かった。むしろゲズゥの方は、聖獣の話題を出してやると、あからさまに渋い顔をする。何があったのかは詳細まで聞き出せていないけれど、よほど面倒な目に遭ったようだ。

 その時、奥の仰々しい扉が軋んだ。
 一堂に会していた数十人が、緊張した面持ちで顔を見合わせる。が、断罪を待つ当の罪人はこれといって何も感じていないようで、さっきから何度も繰り出している欠伸を更にもうひとつ吐き出すだけである。
 かくいうカイルサィートとて心の準備はできていたつもりだが、胃の奥から拭い去れない不安感が昇ってくる。

「判決を言い渡す。これまで犯した罪から、聖獣復活に向けての働きを差し引いて――」
 シャスヴォル国の使いが声を張り上げた。彼の後ろでは、覆面の人物と正装をした教皇猊下も控えている。
「罪人ゲズゥ・スディル、『遮断独房』にて十五年の懲役を処する」
 法廷にどよめきが走った。
 確か「遮断独房」とは、この国ウフレ=ザンダとディーナジャーヤ帝国でしか使用されていない稀な刑法である。

 その独房は、それなりに歩き回れる程度に広く、厠も備えている。
 問題は名にある通りの「遮断」。音も光も届かない地下の独房にて、食事を与えられる頻度は一日に一度だけ。看守以外の人間と関わることは許されない。

「十五年だなどと、ご冗談を……」
 誰かが皮肉を込めて囁いた。
 外部からの刺激を得られないと、人間は容易く発狂するという。長年の独房生活で衰弱死するよりも早く、孤独に耐え切れなくて自害する囚人の方が圧倒的に多い。
(元々は焼身刑を科せられていたのを思えば、マシかもしれないけど)
 十五年間暗闇の中で我慢すれば、出所した暁には晴れて普通の生活を送れる。しかしそうなると我慢を強いられるのは本人だけではない。

「待ってください」
 また新たなどよめきが上がる。こんな時に誰が異を唱えたのかなど、確認するまでもなかった。
「何でしょうか、聖女ミスリア。発言を許します」
 穏やかに答えたのは教皇猊下だ。
 客席から、白ずくめの少女が立ち上がる。部屋中の注目を一身に集めたまま、通路の階段を下りて行った。法廷の中心、つまりは罪人のすぐ隣まで歩くと、丁寧に一礼した。
 
「ありがとうございます。猊下、頂点(ケデク)さま、並びにシャスヴォル国の大使さま。この者の刑について、私から提案がございます」
「申せ」
 と、覆面の人物が取り合った。
 まだスカートの両端を持ち上げて顔を下げていた体勢から、ミスリアはスッと両手を握り合わせて背筋を伸ばした。隣のゲズゥが、無表情で彼女を見下ろしている。

「ゲズゥ・スディルの刑罰を、私にも負担させてください」
 その日一番のどよめきが沸き起こった。皆が一斉に意見を唱え、私語があちこちで発生している。
 カイルサィートは特に驚いていなかった。友人の決断は、前もって相談を受けたので聞いている。それよりも当事者であるはずなのに何も聞かされていない青年の様子が気になった。そのゲズゥはと言えば、一度目を瞠ってから、物言いたげに目を細めている。

「そんなこと……貴女の一存で決められない! ましてや世界を救った大聖女さまを牢に入れるなど前代未聞だ! 
「私が世界を救ったと言うのなら、彼も同じです」
「聖女と罪人で比べるな! 自分が何を言っているのかわかって――」
「お待ちなさい」
 怒鳴る大使を、猊下がそっと肩に手を置いて制した。反対側の肩にも、覆面の人物の手が置かれた。

「罪人の刑罰を親類などが共に受けるのは、例の無い事態ではない。保釈金の代わりに家族の者を勾留させる場合もある」
「そ、それは短期懲役の話だろう! 遮断独房で十五年だぞ!?」
 覆面の人物は、ふむ、と何かを吟味するように何度か頷いてみせた。

「そうだな、二人で分担するなら半分ずつでひとり七年半になるが、小さき聖女の持つ徳を考えると、ひとり五年――いや三年か。当然、独房は別々だ」
「ご考慮下さってありがとうございます、頂点さま」

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