11.b.
2012 / 04 / 01 ( Sun )
「結局その剣は、どうしてあんなところにあったんでしょう?」
林を通り抜けての教会への帰り道、ミスリア・ノイラートは先を歩く背の高い青年に問いかけた。来た時と同じようにして、彼は父親の形見だという曲がった形の大剣を背負っている。
「……元々一度は隠してあったんだろう」
ゲズゥは振り返ることなく淡々と答えた。
歩きながら、彼は自分の知っていることと推測を話し出した。ミスリアと並んで合わせるまではしなくとも、置いていかないように歩を緩めてくれる。
要約すると――まず、襲撃してきた人間は、村全体が呪われていると思い込んだのか、焼いて無くそうとした。価値のありそうな物も燃やし、残りは押収してどこかに処分した。
あの剣が残っていたということは、誰かが持っていかれないように隠したということになる。後に死人が魔物として蘇り、何を思ったのかそれを隠し場所から持ち出して柳の下に埋めたのだろう。
襲撃してきたのが誰なのかまでは、知っている風でありながらゲズゥは話さなかった。いつかは話してくださいとお願いしたら、気が向いたら、と返事があった。
「お母様は、どんなお方だったんですか?」
ふと訊ねてみた。
「……」
立ち止まり、思い出すように、ゲズゥは遠くを見つめる。
「……人や行事を仕切るのが得意で、協調性の無い俺はいつも怒られていた」
「しっかりした方でしたのね」
回想に見た彼女のイメージと一致している。
「一族に生まれたことを誇りに思え、負い目を感じるな、と。決して他人に軽んじられるな、とも教えられた」
再び前を向いて、ゲズゥは付け加えた。
――屈してはだめ。降ってはだめ。貴方の主は、貴方だけなのだから。自分の生きる道は自分で決めなさい。
母親との少ない思い出の中、そんな言葉をかけてもらったことがあったらしい。
(カッコいいお母様だわ……)
自分の母が穏やかな気質であるためか、新鮮に思えた。
「あの、『呪いの眼』の呪いって本当は何なんですか?」
ついでに、前々から気になっていた疑問を試しにきいてみることにした。
それから一分ほどの間があり、草を踏みしめる音だけが妙に大きく聴こえた。
「………………言いたくない」
無機質な声だった。
はい、とだけ呟いて、それきり、ミスリアは何も言わなかった。
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教会へと続く土手道が見えてきた頃、空が暗くなっていた。ここまで来れば後は教会の結界の中に入るだけなので、魔物に遭遇する心配は無い。
一階建ての建物には白に統一された外装と、紺色の屋根。尖塔の天辺に、教団の象徴である形が象られている。
教会の玄関の前に人影が二つあった。片方を認識して、ミスリアは手を振ろうとした。
「神父さ――むぐっ!?」
いきなり口を覆われ、腰をさらわれた。
視界がめまぐるしく移り変わり、気がつけば二つの人影を見下ろせるような場所に移動している。ギリギリ、彼らの会話を拾えそうな距離だった。目線と同じ高さに屋根がある。
(教会の後ろ横……樹の上?)
背中に押し当たる熱、腰に回った腕と、口を覆う手を照らし合わせれば、どう考えてもゲズゥの仕業である。どうやってミスリアを抱えて樹の上に跳び登れたのかまでは、考えても仕方ないだろう。
「よく見ろ」
彼は耳打ちでそう言った。
変に意識しないように、この状況のことを何とか頭の奥に追いやり、ミスリアは言われた通りにした。気持ちを落ち着けて目を凝らし、耳を澄ませた。
「――か、聴こえたような……」
濁った声は、どちらかといえば多分女性のものだった。角度が悪くてここからでは見えにくい。
「動物か何かでしょう」
こちらは神父アーヴォス。首だけを後ろに捻って、辺りを見回している。
「ならいいが。よもや『天下の大罪人』が潜んでいるなんてことはあるまいな」
「さて……彼らは午後からどこかへ出かけたようですが。忌み地の封印に異変を感じましたので、そちらに行っているのでしょう」
「くくっ、潜んでいても構わんぞ。捕らえて、殿下の前に投げ出してやるだけだ。私はあんなゴミクズなど怖くない」
「それもいいですね、セェレテ卿」
神父アーヴォスが一歩下がり、身体の向きを変えたので、こちらからは話し相手の姿が見えるようになった。
黒い鎧を身に纏い、金髪を三つ編みにまとめた若い女だった。
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