55.h.
2016 / 04 / 24 ( Sun ) どこぞに穴が空きそうなほどに強く睨まれた。 その割には、ゲズゥは自分が見られているとは感じなかった。灰銀色の眼差しはここではない遥か遠くの何かを視ている。息づかいから瞬きまでもが苦しげだ。シュエギは唇を開いて、声にならない声を発しようとしている―― 「動かないでください!」 慌ててミスリアが制止をかけた。奴の怪我した位置が、首の近くだったからだ。喉を裂くほど深くなくとも、いくらでも悪化のしようがある。 「な……んで――でぃ……」 よくわからない音を発した後、その男は気を失った。 間もなく黄金色の柔らかな光がパッと広がる。それは帯状になって傷を包み込む。 「えっと……運んでくれますか」 五分ほどでミスリアは聖気を閉じ、遠慮がちにゲズゥに訊ねた。 「ああ」 「お手数おかけします」 「別にお前の所為じゃない」 「わかってます。でもありがとうございます」 早速ゲズゥは倒れた男を肩に担いで馬車の中に運んだ。後はリーデンの従者の女が引き受けた。手際よく汚れを拭いてやったり、席から倒れないように固定して座らせたりしている。 ゲズゥは馬車から後退して踏み出た。入れ替わりにミスリアが乗り込んだ。 「あの、貴方の傷の具合は」 腰を下ろす前に少女は一度振り返った。 「もう塞がった」 実際はまだズキズキ痛むが、この程度の痛みは無視して済む話だ。 「兄さん、こっちお願いー」 リーデンが御者席から呼んでる。わかった、と返事をして、ゲズゥは馬車の戸を閉めた。 _______ その夜、野営地として選んだ水辺の周囲にはこれと言って危険が無かった。現れる魔物も雑魚ばかりで、ゲズゥ一人ですぐに片付いた。 剣を収めて野営地に戻ると、木に繋がれた馬車の傍ではミスリアが片手をかざしていた。尚も意識の戻らない男に聖気を当てているらしい。 「おかえり兄さん。ちょうどもう少しで焼き上がるよ」 リーデンと女が中サイズの鳥類を三羽、串に刺して炙っている。美味しそうな匂いとは形容し難いが、食えるのであれば文句を言うつもりはない。 「あ、ゲズゥ。どんな様子でしたか?」 かざした手をそのままに、ミスリアが顔を上げた。 「静かなものだ」 「よかった。それを聞いて安心しました」 ミスリアはほっとしたように頬を緩めた。それを受けて、多分ではあるが自らの頬もつられて緩んだ気がする。 ゲズゥは馬車の後方の荷物置き場への戸を開けて、大剣を鞘ごと肩から下ろした。小腹が空いたので夜食の鳥類の焼き加減を見に行こう、そう思って戸を閉めた時。 微かな呻き声がした。 「気が付きましたか」 「!?」 ミスリアの声で、男は勢いよく上体を起こした。肩までの長さの白髪が無造作に跳ね、かけられていたシーツが滑り落ちる。上半身が裸であるために皮膚に残った傷跡が露わになった。肩から腰上まで、背中に古い火傷の痕がある。 「気分はどうですか」 ミスリアがいつも通りの穏やかな声で問いかけた。男は答えない。ただ、仰天した表情で己を包む金色の光を凝視している。 ゲズゥはどこか冷え切った警戒心をもって観察し続けた。 「な、んだコレ――聖気か?」 奥歯を噛みしめ、カタカタと音を鳴らしながらも男が訴えかける。 「はい。危険なものではありません――」 「じゃあおまえは聖女……なのか?」 「え? はい」 ミスリアが眉根を寄せた。聖女という身分は以前からこの男に打ち明けてあるのだから、奴の動揺のし方をおかしいと感じたのだろう。 むしろ全てにおいて様子がおかしい。ゲズゥは腰に提げている短剣に片手をやった。 |
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