52.e.
2016 / 01 / 21 ( Thu )
 白髪の男を次に見かけたのは、ほとんど黎明に近い時刻だった。
 既出の魔物は狩り尽くされ、大抵の魔物狩り師が帰宅した後のことだった。一晩走れば一周できるような規模の町だ。出発地点に戻ったのと時を同じくして、その姿を目の端で捉えた。

 よもや今晩中に再会できるとは思っていなかったゲズゥ・スディルは、少なからず驚いた。男の動きは俊敏だ。付着している紫黒色の液体の量からして間違いなくずっと活動していただろうに、疲労は表れていない。
 ミスリアも男に気付き、声をかけようとしている。それをリーデンが制した。

「ちょっと、このまま様子見ようか」
 気付かれない程度に距離を保ったまま、観察する。
 白髪の男は眼前の標的の周囲を巡り、動きを封じる為に木の枝などを斬り落としている。隙を見て、異形のモノに棒状の武器を刺した。七フィート(約2.13メートル)にも及ぶ立派な槍――形状から判断して、グレイヴと呼ばれる代物だ。

 魔物は断末魔と体液を散らしながら倒れた。それを至近距離で浴びせられても、男は身じろぎひとつしなかった。
 セオリーでは複数人で臨むべき魔物狩りを、聖職者の支援もなしで一人でこなしている。大した者だとゲズゥは素直に評価した。

 当初の標的が動かなくなり、男はグレイヴを抜きにかかる。
 途端、地面から円錐のようなものが三、四つ飛び出した。男は取り囲まれていた。

「シュエギさん!」
 ミスリアがそう叫んで駆け出したのと同時に、円錐の異形は火を噴き出した。駆け出した少女に追いつくのは容易だった。炎に近付き過ぎないように、背中に庇う。
 男の姿が炎に掻き消される。

 鈍い衝突音がした。シュエギとやらが、メイスで円錐の魔物を殴り壊したのである。炎の向こうから現れた双眸は、激しい憎悪に彩られていた。
 そう観察する間にも、ゲズゥは背中の大剣を解放していた。

 びゅん、と速やかに片手で振り下ろす。壊された円錐が再度くっつこうとしていたところを、切り裂いて阻止した。足元の破片にまでいちいち人面が浮かんでいる。随分と気色悪いが、放っておいてもリーデンの飛び道具が地面に縫い付けてくれる。
 後はミスリアの祈りと聖気の活躍で、陽が昇るよりも先に、場の瘴気は鎮静された。

「でっかい剣だな。敵に懐に入られたらヤバイだろ。怖くないか?」
 白髪の男が真っ直ぐにこちらを見据えて話しかけてきた。昼間に会った時とどうも雰囲気が違うように感じられる。
「その時は生身で対応する」
「それもそうか。あんたはかっこいいな。俺は、普通に怖い」
 だから長槍と棍棒の両方を扱うのだろうか、などと疑問が過ぎった。

 男は今度こそグレイヴを取りに戻った。
 再び振り向いた頃には、昼間会った際のような生命力の弱い雰囲気に戻っていた。魔物相手に見せた鋭敏な反応速度はどこかへ消え去ったようだ。
 そして無表情で辺りを見回した後――

「あなた方もこの筋の人だったんですね」
 ――と言った。
「私は聖女ミスリア・ノイラート、こちらは護衛のスディル氏とユラス氏です」
「聖女さまですか。こんな汚い仕事に手を煩わせてしまってすみません」
「い、いえ。いつでも喜んでお力添えします」
 頭の下げ合いがまた始まった。

「私のことはシュエギと、呼んでいましたね」
「町人にそう呼ばれているのだと教えていただいたんです。もっと他に呼んで欲しければ――」
「構いませんよ。どんな風に呼ばれても、今の私には他人事です。記憶が無いんです。そう聞いたでしょう」
 なんとも覇気の無い具合に男が答える。ミスリアは返す言葉に窮したようだった。結局、本題に切り替えることにした。

「あの、不躾だとは思いますけど、お訊ねしたいことがあります」
「何でしょうか」
 男は無表情でミスリアの問いを受ける。
「今から言う三名のいずれかで構いません。ご存知ないでしょうか」
 単刀直入に、ミスリアは姉と護衛二人の名を挙げた。

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