52.c.
2016 / 01 / 19 ( Tue )
 名残惜しいような気持ちでその背中を見送っていたら、往来に面した雑貨屋から店主の女性が出てきた。
「お嬢さんたち、あの人のことは放っておきな」
「え? あ、こんにちは。うるさかったですか」
「別にそれはいいんだよ。あのね、あの人は特殊って言うか、事情アリなんだ」
 恰幅の良い、年配の女店主が「ここだけの話」をするように声をひそめた。

「精力的に魔物退治をしてくれるから有難いんだけど……ちょっと不気味なんだよねぇ」
「彼は魔物狩り師なのでしょうか。不気味、とは?」
 つられて小声で返す。
「記憶が無いってさ。自分がどこの何者だったのか、誰と関わって生きていたのか、どこで生まれたのかさえ、何も憶えてないって。得体が知れなくて、怖いんだよ。もしかしたら逃亡中の犯罪者かもしれないだろ? 今はいい人っぽいけど、本当に記憶喪失なのかもわからないからさ。何か企んでるかも」

「それは怪しいねー」
 リーデンが横から相槌を打った。女店主はぎょっと目を見開いて絶世の美青年を見上げる。
「そ、そう。怪しいんだよ」
 店主の言葉にうそ偽りは感じられない。あの男性が「大事なことが思い出せそうだった」と口走ったのも、記憶が無いからこその言動だと思えば辻褄が合う。

(でも……あの人は私を誰と間違えたの? まさか……)
 或いは彼はミスリアの探している答えのヒントを持っているのかもしれないと思うと、もう一度会って確かめたくなる。
(せっかくの忠告は有り難いけれど)
 いつの間にか世間話を交わしている店主とリーデンの間に踏み入った。

「あの! 危険は承知の上です。あの人とまた会うには何処へ行けばいいでしょうか。お願いします、教えて下さい」
 ミスリアよりいくらか背丈のある店主が、気圧されたように仰け反った。
「どこで寝泊まりしてるのかはわかんないけど、夜な夜な魔物退治をしてるらしいよ。一応、シュエギ、って呼ばれてる。この地の言葉で『泡沫』って意味だよ。他の人に聞き込むならそう言えばわかるんじゃないかい」
「僕らも夜な夜な魔物の出る場所へ出かければ会えるってことだね」
「まあね。でもあんたたちみたいな若い衆は、そんな危ない真似、よした方が――」

「ありがとうございます! では」
 それ以上踏み込まれないようにミスリアは女店主の言葉を強引に遮り、両手を掴んでぶんぶん振り上げる。彼女は怪訝そうな目をしたままとりあえず「いいってことよ」と挨拶を返した。

 そうしてその場を立ち去り、一同は食事処に入った。午後の予定を話し合う前に腹ごしらえをするのである。
 胃の容量が小さい女性の方が先に食べ終わったため、ミスリアは二人分の食器を給仕係に返しに行った。席に戻ると、リーデンとゲズゥがまだ野菜炒めを頬張る横で、イマリナが何かを話していた。手話が速くて何を言っているのかまではわからない。

「イマリナさんは何て?」
「ん。どうして魔物狩り師って職業があるのかって。傭兵も警備兵も聖職者も魔物退治するし、専門職として枠を作る必要はあるのか? って訊いてる」
 その疑問はもっともであった。戦闘能力と専門知識を有していれば、他と兼業でも良さそうなものだ。しかし実際はその枠が存在し、魔物狩り師連合という職業別組合(ギルド)も一般的に見られる。

「聖女さんはどうしてか知ってる?」
「はい。第一の理由は、生活リズムです」
 と、切り出す。他の三人は興味津々に静聴した。
「常勤の魔物狩り師は陽の出ていない間ほぼずっと活動していなければならないので、昼間に寝てるはずです。時々深夜に駆り出されるだけの立場の私たちと違って、毎夜待機していなければなりませんから」
「なるほどね」

「第二の理由は……なんと言えばいいのでしょうか。心の強靭さ、です。それこそ刹那の間に魔物に引き裂かれてしまいそうな距離でも、怯まないような精神力。元の素養以外には、魔物と相対した回数を積み上げることでしか、培われないものだと私は理解しています」
「そっかー。そういうのは兼業だったら色々と難しそうだねぇ。別の仕事やる為に現場からしばらく離れたら、感覚鈍りそうだし」

 とにかく異形と相対して生き延びることでしか精神力は鍛えられない。一方で、相対して生き延びたからといって心が折れないとも限らない。
 前衛を決して務めることのないミスリアにはその恐怖が想像できない。
 中でも、聖人・聖女の護衛という役割を毅然とこなす人たちを想う。たとえば、聖女レティカに楽しそうに付き添ったエンリオやレイ。たとえば、今目の前で麦粥を呑気に啜る兄弟。

(人選が良かったって思っていいのかな)
 そう思うとちょっと嬉しかったり安心したりもする。願わくば彼らの負担が少しでも減るように――
 ふと視線を感じて顔を上げた。隣のゲズゥがじっとこちらを見ていた。コンタクトという代物によって、今は両目とも黒い。
 どうかしましたか、と首を傾げながら問うと、一言の返事があった。

「予定」
「あ、そうですね」
「そうそう、聖地が近くにあるわけじゃないんでしょ。そろそろ何の為にこの町に来たのか教えてよ。どんな目的でも僕らは付き従うけど、流石に某組織の近くだしさ、気になるよね」
 向かいのリーデンが頬杖ついて言った。最後の指摘に、ミスリアは苦笑で応じる。

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