51.c.
2015 / 12 / 17 ( Thu )
「いいか、町ってのは村と違って複雑だし、似たような建物がぎっしり並んでる」
「はい。初めて見た時は本当に開いた口が塞がりませんでした」
「だから路は景色じゃなくて名前で識別する方が確実なんだ」
「そう――なのですか?」
 青年が力説する中、少女はどんどん不思議そうな表情をしている。

「今までどうやって旅してきたんだ」
「町に着くまでは案内の方が居ました」
「案内役……」
 これで合点がいった。そして、もう雇わないのか、と問う。この田舎娘は単独で旅をさせてはいけない気がする。

「連合にさえ辿り着ければ、そちらに頼もうと思っていまして」
「あー、なるほど。しっかし遅ぇ時間に行くんだな。とっくに日も落ちてるから、みんな任務で出回ってると思うぜ」
「もう少し早く行くつもりだったんです。道に迷っている間に二時間が過ぎてました」
「――どんだけ迷ってんだよ! 人に訊けよ!? この町そんなに広くねーぞ!」

「訊きましたよ。それでも何故か着けなくて」
 少女がのんびり笑う傍ら、ポットローストが給仕係によって運ばれてきた。芳醇な香りがもわっと鼻先に伸び、青年は一瞬吐き気を催した。
 少女はいただきますと言って早速バッファロー肉の塊に切り込んでいる。

「ん~、美味しいですね。これまで食べたことがなかったのが悔やまれます」
 一口目の後に感想が挙がる。
「そいつぁよかったな。別に俺に報告しなくていいから」
 青年は口と鼻を手で覆い、仰け反りながらその様を眺めた。

(にしてもコイツ、肝が据わってんのか頭がおめでたいのか。二時間さまようって相当だぞ)
 焦りもせずにただのほほんと飯を食いに来ている辺り、後者だろうか。単に、連合への依頼内容が火急のものじゃないのかもしれない。
「……こっから連合拠点までの行き方を教える。気合いで覚えろ」
「本当ですか! 助かります」
 咀嚼していた分をごっくんと飲み込んでから、少女は明るく返事をした。

「食べながら聞け」
「はい。ありがとうございます、親切な方。このお礼は必ず――」
「いやいや、礼はいらんって。あんたはちゃんと着くことだけ考えてろ」
 これ以上関わってたまるか――と早々にその流れをぶった切る。少女は不服そうに口の端を下げたが、結局頷いた。
 そうして青年は懇切丁寧に、なるべく噛み砕いて、行くべき道順を伝えた。

_______

 さて――座っていた間は平気だったものの、いざ歩こうとすると急激に気分が悪くなる夜もある。それが酒を飲みすぎた直後とあらば尚更だ。
 酒場を立ち去ってしばらく歩いた頃、青年は路地裏に入って排水溝の前に立った。溝の向こうの建物に片手を付き、もう片方の手で解かれつつある髪を押さえ、胃の中身を排水路に逃がす。

(サイアクだ)
 喉からは空気が圧縮される音が漏れる。口や鼻の中には酸味が粘り付き、目からは熱い涙が溢れた。
 だがこの行為は最終的には気分を良くしてくれるものだと、彼は経験から知っていた。
(あーもー、何もかも最悪だ)
 呼吸の合間に人生に対する憂いがどっと蘇るが、とりあえず雑念を捨てて吐くのに集中した。ここで手を抜けば、二日酔いで明日は移動どころではなくなる。
 やがて胃が空となり、青年は咳き込んだ。

「――はやく金目のものを出せやい」
 ぼんやりとしていた頭と聴覚が、その時はっきりと一つの不穏な台詞を拾った。
 時と場所を思えば、真夜中の路地裏である。他人を襲う輩の一人や二人など別段珍しくもなんともない。彼自身、排水溝目当てでなければ一人で訪れたりしない区域だ。
 聴かなかったことにして、青年は人の気配のする方から背を向けた。だが次の一歩を踏み出すには至らなかった。

「貴方がたはお金に困っているのですか?」
 カツアゲされていながらそんな緊迫感を全く感じさせない、どこかで聴いたような若い女の声がした。それはつい先刻、酒場で別れたはずのあの少女の澄んだ声であった。

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