50.i.
2015 / 11 / 28 ( Sat )
「ねえ、きみは……なんで……光って、るの」
 ごぼっと血を吐いた後、ジェルーゾが訊いた。ゲズゥの視界の中では、ミスリアは別段光を放ってはいなかった。或いは霊的な世界との距離が短い「混じり物」だからこそ、ジェルーゾには違って見えるのかもしれない。

「それは導くのが役目だから――」
 言い終わらずに、ミスリアはしばらく考え込んだ。
 ぐっと顔を上げた頃には少女の両手は黄金色の輝きを微かに帯びていた。
「手を繋いでもよろしいですか」
「て? いいよ……」
 興味津々にミスリアの手を凝視しながら、胴体だけの少年は片手を伸ばした。残る手は勿論、兄弟の亡骸を抱え込んでいる。

 繋いだ手の先が劇的に変化することは無かった。
 いくら「奇跡の力」でも重すぎる怪我を治せないように、胴体だけとなった人間を再生させるのは不可能なのだろう。
 金色の光の帯はふわふわと少年を包むだけだった。しかし少年は頬を緩める。

「あったかい。ね、ジェルーチ、あったかい…… ね………… 」
 それまで形を保っていたのが嘘のように、二人の少年は呆気なくその場に崩れた。
 もはや肉塊を含んだ血だまりでしかない。
 観衆が息を飲み、声をも出さずにミスリアの次の動きを見守る。そんな中、ゲズゥだけは傍まで近付いた。ぴちゃり、と一歩踏みしめる度に靴の裏から不快な音がする。

「彼の魂はどこに向かうのでしょうね。神々へと続く道に、ちゃんと辿り付けるとは思えません」
 掌に残った骨の破片を見つめる瞳は虚ろである。悲しみが押し殺され、諦観が滲み出ている瞳だった。
「気負うな。お前は、できるだけのことはやった」
 やや強引に肩を掴んで立たせた。尾を引く後味の悪さは仕方ないが、できることならゲズゥはミスリアをその場の毒に染まらせたくなかった。

「そう――だといいです」
「そうだ」
 続けて強引に身体の向きを変えさせる。
 断片的な会話が聞こえてきた。ヤン・ナラッサナとその息子だという化け物のいる方からだ。
 一度はリーデンの耳が解(と)いた言語。雰囲気でなんとか訳すと、こうなった――

「――女贔屓? わたくしがお前を跡目に選べなかったのはお前が未熟だったからです。いい加減、目を覚ましなさい」
『夢から……野望から、目を覚ますことほどつまらないものは無い!』

 憤怒の咆哮に翻訳は必要なかった。
 無用心に踏み込んでいたナラッサナに向けて、化け物の顎が迫る。融解せずに残った人間の部分の、黒ずんだ歯が女の顔に噛み付こうとしている。
 幾重もの悲鳴がこだました。
 だがその中に、ヤン・ナラッサナの断末魔は交じっていない。

 ――ごとり。
 ヤン・ナヴィの首が落ちた。
 そうなったまでの流れを、ゲズゥの視覚はしっかり捉えていた。オルトが地面の女に刺さっていた剣を抜いて、無駄を省いた動きで振るったのだ。
 この男、人が気付かぬ内に立ち回るところは変わっていないらしい。

 ふいにゲズゥの手からするりと温もりが抜けた。
 ミスリアがよろめきながらも自分の足で歩き出したのである。一直線に、新たに登場した生首に向かって。

『きさま……そんなものをおれに向けるな! やめろおおおおお』
 首が、かざされた少女の掌を世にも恐ろしいものであるかのように睨んでいた。
「すみません。止めることは、できません」
 聴いたことも無いような冷たい声だった。

『ぐっ……! 世界の正しい流れに祝福などされてたまるか。おれは、おれの生きたいように生きて、死にたいように死ぬ』
「貴方にとっての祝福かはわかりませんけど」
 返る声はやはり冷たい。

 ――果たしてそれは会話と呼べるような言葉の応酬であろうか。

『……なんだかな。悔しい話だ。この光を浴びると……』
「浴びると?」
『きぶんが……いい…………なつかしい……」

 ――びしゃん。
 それで終わりだった。ヤン・ナヴィという男の一生はそこで途絶えた。
 歪な固体が、穢れの池に還った。

「はじまりはあんなにも騒々しくて。大仰で、大切な時間だったのに……おわりは、こんなものなのですね」
 子を失った母が――血だまりに沈む澱のような、重苦しい息を吐いた。

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